第7話 襲来(勇)
「この剣を売ってくれ。金ならいくらでもあるぞ、父上の処に!」
「帰れ」
店主イスルギは素っ気なく言って背を向けた。
しかもだ、クーリンから剣を取り上げると丁寧に布で拭いだしたではないか。それも清めるかのように、とても丁寧にだ。
麗しき乙女に対する態度としては極めて無礼で、かつ不当な扱いである。
「ちょっと待て、なんで売ってくれないん!?」
「自分の稼いだ金で買え」
「むっ、それは確かに正論」
「ほら早く帰れ、魔除けの粉を撒くぞ」
「そういう扱いはよくないぞ。そんな事をされたら、我はきっと泣く。そうしたら、この店の前で大きな声で泣いてしまうに違いない。ここの店主がいかに冷たいか、一生懸命訴えてしまうだろう」
「……分かった、お茶の一杯だけ飲んでいけ」
店主を脅迫したクーリンはにんまりと笑った。
ここで出される飲み物はとても美味しい。それこそ王宮で出される、どんな飲み物よりもだ。
「あっ、茶菓子も頼むぞよ」
言いながら、いそいそと大テーブルの席に腰掛けた。
クーリンはこの国の姫である。
上に姉二人という末姫で、父王は元より皆から可愛がられていた。しかも全員が過保護であるため、始終クーリンを構ってくれる。
とてもありがたい――が、しかし。
そろそろクーリンもお年頃。近頃、それが煩わしくもなってきていた。
だから時折王宮を抜けだし、この勇者用品店にやってくるのだ。ここの店主や店員はとても面白く、クーリンが姫だと知っても態度を変えない。少々失礼だが普通に扱ってくれる。
それが、とても楽しく嬉しいのだった。
椅子に座って足をぶらぶら。
「とーにーかーくー、我は勇者になって来たのだ。だから客として扱って欲しい」
父王とイスルギは何故か顔見知り。
お忍びで出かけた父王に連れられ店に来て、クーリンはすっかりこの店が気に入っていた。店で売られる旅や冒険の道具、見知らぬ地の地図。どれもこれも、わくわくする。
でも、店主は勇者用品店だからと売ってくれなかった。
故にクーリンはなって来たのだ――勇者に。
「売れー、装備を売ってくれー」
不満と文句の声をあげるがイスルギには相手にされない。親切なヤサカがお茶のお代わりをくれるので、ひとまずそれを口にして我慢をする。
「我が儘を言うな。そもそも装備を買う必要はないだろう」
クーリンの装備を見ながらイスルギは言った。
確かにその通りで、クーリンは王宮で我が儘を言って用意して貰った真新しい鎧とマントを身に着けている。
どれも王家御用達職人が用意した逸品だ。
「いや、よく見てくれ。剣がないだろう、それでは困ってしまう」
残念なことに、剣は危ないから駄目と言われている。
父王は元より姉たちもそう言って取り合ってくれない、母には迫力のある笑顔を向けられて即座に撤退してきた。
「両親の許可を貰ってから買いに来い」
「うむ、真っ当な意見だな。だが許可してくれないので、実に困ってる」
「良い解決策を教えてやろう。それは諦めるという事だ」
「それは素晴らしい名案だ。我の気持ちを無視している以外は」
クーリンは大テーブルに顎をつけ、上目遣いで恨めしげな顔をした。
しかしイスルギは涼しい顔でお茶を飲んでいる。その所作は姉たちどころか、行儀作法に厳しい母にすら匹敵する優雅さだ。なお父は見習えない。
本当に一介の店主とは思えない。
「はい、どうぞ。お待たせしました」
ヤサカの声に目を向けると、白い皿の上にパウンドケーキの姿が。クーリンは即座に身を起こす。
「やっ、待っておったぞ」
たちまちクーリンは笑顔になる。ここのケーキは凄く美味しいのだ。
しっとりとした食感、甘い味わいのパウンドケーキ。さらに口の中で干し葡萄の風味が広がり何とも言えない美味しさがある。勿体ないので、少しずつちまちま食べていく。
これを一国の姫とは誰も思うまい。
「それで? どうして勇者になってまで剣が欲しいのですか?」
「よくぞ聞いてくれた、ヤサカよ。其方は優しいな、店主と違って」
このヤサカはイスルギと違って意地悪は言わず、親切で優しく気が回る。素晴らしい人だ。
「我は金を稼ぎたいのだ」
「お金を? それはまたどうしてです?」
「うむ、実は上の姉上に縁談が来ておってな。まだ本決まりでなくって、調整されておるところだがな。でも我は姉上に何か贈って差し上げたいと思ったのだ」
「その贈り物を買うお金が欲しいのですね」
「うむ!」
クーリンは堂々と頷いてみせた。
しかしヤサカは困った顔になって隣に視線を向けた。そのイスルギは眉間を押さえ深々と息を吐いているが、何故だか急に悩んでいるような様子だ。
「どうした、なんぞ頭でも痛いんか?」
「そうではない。いいか、国と国が水面下で折衝している事を迂闊に外で喋るな」
「なして?」
「下手な噂が流れてはどうなる? 話が立ち消えるどころか、この国はその程度の情報管理もできないのかと永遠に馬鹿にされるぞ」
「……先程の話は、ここでしかしておらん。よって、問題ない」
「大ありだ。馬鹿者」
「馬鹿者は酷い」
しかし一転して、クーリンは気を引き締めた。
「それはともかくな、我は姉上に何か贈りたい。自分の力で用意した品を。これまで良くして貰った恩返しをしたいのだ。剣を手に入れモンスターを倒す。我にはそれぐらいしかお金を稼ぐ方法がない」
実際、他に方法がないのは事実。
これは末姫だからというだけではない。クーリンのような成人として認められる前の者が、まともにお金を稼ごうとするなら勇者になるしかない。上手く稼げるかは別として。
ヤサカが困ったような顔で悩み、隣のイスルギに目を向ける。
二人の間で何か無言による意志疎通が行われているが、まるで父王と母がよくやるやり取りに似ているとクーリンは思った。
「仕方がない」
「おおっ! 剣を売ってくれるのか」
「それは売らん。だが代わりに、店の手伝いをさせてやる」
「えー? 我は手っ取り早く稼ぎたいぞ――いや冗談だ」
イスルギの目付きが険しくなり、クーリンは大慌てで手を振り否定しておいた。ちょっと恐かったのだ。
「近場への配達、お得意様勇者への品の運搬でもさせるか」
「店の前の掃除とか花壇の手入れも良いですね」
「商業ギルドへの書類運びは……いや、止そう。大事な書類は不安すぎる」
「商品の蔵出しとかはどうでしょうか? 虫干しを予定していますし」
「ありだな」
ちゃくちゃくとクーリンの仕事が決まっていく。
だが、肝心の贈り物が決まっておらず必要な金額もわからない。
その事を告げると、イスルギは平然と頷いた。
「安心するといい、ちょうど最近珍しいモンスター素材が手に入った。編んで紐にして手首に巻き付けるお守りになる火喰鳥の毛だ。仕事を手伝えば譲ってやろう」
「えー、なんか安っぽそう」
クーリンは不満そう言うが、他に方法もなければ良い品もない。だから渋々妥協することにした。
安心したクーリンは笑って食べて飲んで、楽しい時間を過ごした。
そして気付けばウトウトとして、心地よさに誘われ大テーブルに突っ伏し寝入ってしまった。それは肩に布をかけられても気づかないぐらいだ。
カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。
「邪魔するぞ」
店にやって来たのは初老の男ハーニヤスは頭を掻き掻き店内を見回した。大テーブルに突っ伏し眠りこける娘の姿を見つけ苦笑気味に笑った。
「すまんな、回収に来た。クーリンがまた迷惑をかけてしまった」
「全く……誰かさんの若い頃にそっくりだ」
「うっ? そ、そうか? 我はもっとこう……物分かりが良くなかったか?」
「都合よく記憶を改竄するな。まさしく、この調子だ」
そう言いながらイスルギは肩を竦め、店の端の方に行く。一応はクーリンを起こさないようにという気遣いである。
「それで王とは恐れ入る」
「いやいや、イスルギには言われたくはない。自分の国を放って、こんなところで店をやっているような魔王には」
「安心しろ。魔王というものは、元来そういうものだ」
「羨ましいぞ……」
人の国と魔族の国と、それぞれを治める王は互いに笑い合う。もちろん、それだけではなく長い付き合いだ。まだ若かったハーニヤスが王宮を飛びだし勇者になった頃からのだ。
「ああ、娘さんが嫁ぎそうな話らしいな。決まりそうなのか?」
「まだ本決まりではないが、ほぼほぼ決まりだ」
「それは一足先におめでとうと言っておこう」
「ありがとう。さて、それでは連れて帰るかな」
クーリンが担ぎ上げられるが、全く起きる気配もない。すっかり寝入ってしまっていた。一人で王宮を飛びだし勇者になって店を訪れるまで、それはクーリンにとって大冒険だったのだろう。
「ああ、待て。クーリンはしばらく店の手伝いをして貰う」
「構わんが、いいのか?」
「しかたあるまい、嫁ぐ姉に贈り物をしたいそうだから。俺からの贈り物も兼ねて、火喰鳥の毛を用意しておく」
「ほう! あの火喰鳥のか! ありがたい」
火喰鳥の毛は非常に強い守りの力を持ち、持ち主を守るのだ。しかも滅多なことでは手に入らない貴重品でもある。贈り物としては最上の部類だろう。
「気にするな。それにしても、良い娘に育ったじゃないか」
「もちろん、どの子も自慢さ」
ハーニヤスは笑って、娘を肩に担いで店から出て行った。店内は静かで、ヤサカが食器を片付ける音が響く。
先程までの賑やかさが少し懐かしいような気がした。
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