第6話 気付き(魔)

「行かれますか?」

 ヤサカの問いにイスルギは頷いた。

 剣豪勇者スラストがデスナイトを討ち取ったという噂を聞いてのことだ。

「ああ、確認せねばいかんな」

「そうですね。ゴースト程度しか出ない場所にデスナイトが誕生するなど、普通ではありえませんもの」

 非業の死を遂げた騎士がいたとして、そこに必要なだけの魔力と呪いと地形的条件が揃わねばデスナイトには転生しない。

 それが揃っていない廃城で、デスナイトが現れるはずがなかった。

 だから最初は単なる噂か間違いなのだろう思っていた。

 しかし、実際に剣豪勇者スラストがデスナイトを討ち取っている。つまり本来現れない場所にデスナイトが出現したという事になる。

 たとえるなら雨の降らない地に湖が出現したようなもの。水の中で火が燃えたようなもの。

 何かの異常があった考えるのが妥当だろう。

「仮にデスナイトが出ようと、スラスト殿なら倒せると思ったがな。思った通りで良かった。だが、それで終わりではない」

「では直ぐに閉店準備をして――」

「いや、その必要は無い。留守番を頼む」

 イスルギが断るとヤサカは軽く頬を膨らませた。

 どうやら一緒に行けず拗ねたらしい。

 並の魔王に匹敵するヴァンパイアの真祖だが、こうした子供じみたところがある。

「いいです、いいです。私はお店の掃除をしてますから」

 ぱたぱたと辺りにハタキをかけている。拗ねると掃除を始めるのもいつもの事。

 イスルギは苦笑しつつ古城のある場所を思い浮かべ、近くの街の特産品が何だったかを考える。お土産の一つ二つも用意した方が良さそうだ。

 魔法を構築、座標を確認し魔力を高速展開、跳躍。

「いってらっしゃいませ」

 ヤサカが見送ってくれた。


 廃城と言っても種類がある。

 攻め滅ぼされ焼け落ちるなどして元の原形を留めていないもの、または単に使用されなくなり撤去費用もかかるので放置されているもの。

 デスナイトに転生する騎士がいたのなら、前者でなければいけない。

 だが目の前にある廃城は、古びてこそいるが原形を留めている。戦火に焼かれた形跡もなく、手入れさえすればまだ使用できそうなぐらいだった。

「明らかにおかしいな」

 自分の頬を指で叩きつつイスルギは辺りを見回した。

 だが、その表情が鋭く険しくなる――自分のすぐ側に転移してくる何者かの存在を感じたのだ。

 しかし、まだ稚拙な魔法構成。

 警戒する必要はないと分かって肩の力を抜くと、空間が揺らぎ相手の姿が現れる。金色の髪に赤いリボンをつけた法衣姿の少女は知り合いだった。

「クシナ? どうしてここに?」

「ヤサカに言われた」

「ああ、ヤサカが行けと言ったのか」

「ん」

 クシナは頷いた。

 基本無口な少女はアークデーモン一族の才英で、普段は魔王城にいる。将来は――しかし百年以上後だろうが――魔王配下の幹部になるはずだ。

 だからヤサカは経験をつませるため、クシナを寄越したに違いない。

 つまり子守をせねばいけないのだが。

「まあいい、大人しくするようにな」

「ういっ」

 返事をしながら少し手を挙げている。嬉しそうな様子を見ると、研鑽のためよりはお出かけを喜んでいる様子だ。

 まあ仕方がない、とイスルギは微笑した。

 城というものの構造は概ね似た感じになる。

 だから勇者が魔王城に来た時の参考になればと、辺りを見回しては頷く。もちろん目的は勇者が入りやすくなるようにだ。

「門が大きすぎれば開けるのは大変。横に小門を設けておくのは良い考えだ」

 曲がりくねった通路も、死角が出来るような出っ張りも勇者の立場で考えれば良くない。出来るだけ安全に、勇者が玉座の間まで行けるようにするにはどうすべきか。

 これが悩ましい。

 ただし近すぎるのも良くない。

 何故なら近すぎると、部下たちに反対されるのだ。

 以前に閃いて、門の次に玉座の間を置こうと幹部会議で提案したことがある。

 その時は魔王軍幹部の誰からも、賛成意見はもとより反対意見すら出なかった。発言そのものが無かった事にされ、無視されてしまったのだ。


「いっそ魔王城を郊外に建てるのも良いな」

「ん?」

「乱暴な勇者が来れば、城下に住まう者共に被害が出てしまう。それであれば郊外にあった方が良かろうと思うのだがな」

「ふむふむ」

「しかしヤサカも爺やも他の連中も。皆反対するのだが、クシナはどう思う?」

「んー?」

 クシナは小首を傾げながら見上げてくる。

 だからイスルギは構わず続ける。

「ああ、いっそ魔王だけが待機する闘技場も良いな。俺が一人で待機して勇者の挑戦を受け付けるのだ。それであれば、他に被害も出まい」

「それだめ」

「どうしてだ?」

「寂しいから」

 ちょっと不満そうに頬を膨らませている。

 そういえばと思い出すのは、勇者用品店を始めるにあたり一番苦労した事がクシナを宥めることだった。あの時は幹部総出で宥め、それ以外の魔族が城外に避難したぐらいの騒動だった。

 最近はクシナを宥めるのに苦労していると爺やもぼやいていた。

 ヤサカがクシナを送り込んだ理由も、それが理由の一つかもしれない。そんな事を思いながら歩き出す。

 そして直ぐに気づいた。

 この廃城の中には、今なおゴーストが彷徨っている。しかしモンスターとさえ呼べない程度の存在だ。本能の赴くまま魔力を求め、魔王イスルギにまで襲い掛かろうとする始末。

 気分を害したクシナの一睨みで、次々と霧散するが、また直ぐ次が来る。


「やはりおかしいな」

 勇者スラストが来てから、それほど時が経っていない。

 それであるのに、ゴーストの数が多すぎる。

 もちろん、戦士系で一番見込みがあって真面目なスラストである。手を抜いていい加減な事をしたとも思えない。

 間違いなくここには何かある。

「とはいえ、良く分からんな……」

 ついに玉座の間まで来てしまった。

 だがここまで特段に何かおかしな物もなければ、そうした気配もない。いるのは存在が希薄なゴーストばかり。

 建物にも痛んだ様子はなく、資材が積んで封鎖されている程度の状態。

 しかしクシナは何かを感じた様子で辺りを見回した。

「んー?」

 広間の中央に小走りで駆けていく。

 そして石畳みを引っ繰り返す。ひと抱えもある石材を華奢な腕で軽々持ち上げるのは、やはりアークデーモンならではだ。

 何にせよ宙を舞う石材が壁に穴を開け窓を破壊した。

「うい、あった」

 クシナが見つけたのは、小さな白い壺だ。

 厳重に封印はされているが、そこには禍々しい怨嗟が感じられた。イスルギも探索と調査は出来るが、術理に通じたクシナには及ばない。きっとイスルギだけでは見つけられなかっただろう。

 受け取ったそれを調べる。

 封印はされているが、少しずつ怨嗟が漏れるようにされている。

 これがここにあればデスナイトが誕生するのも当然だった。

「偉いでしょ?」

 袖を引かれるのは褒めて欲しいからだろう。

「ああ、よくやった」

「んー」

 頭を撫でてやれば、にへっとクシナが笑ってみせた。


 小さな白い壺には怨嗟が詰まっている。

 誰がどうやったかは不明だが、ここに非業の死を遂げた騎士の魂が封印されているようだ。放っておけば、いずれまたデスナイトが誕生するだろう。

「……浄化してやるか」

 魔王は魔の力を持ち魔を統べる王であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 王として弱き者や不遇な者を助けてやるのは当然だった。それに将来の魔王軍幹部への指導もしてやりたい。

「クシナよ見ておくと良い、こういうやり方もあるのだとな」

 言ってイスルギは半眼となって集中。

 怨嗟もまた魔の系統の力であるが、それに魔王の力をぶつけてやる。毒を以て毒を制するとはいうが、より強い力の前に弱い力はかき消されるしかない。

 来る途中、クシナが一睨みでゴーストを霧散させていた方法の高度なものだ。

 白壺に宿っていた怨嗟は軒並み弾き飛ばされる。それだけなら、ただ単なる力業であるが、実際にはそうではない。

 壺に封印されていた騎士の魂は少しも傷ついていなかった。

 緻密な魔力の操作と力加減。まさに絶技とも言える。

「うわっ……」

 クシナは驚愕の眼差しで、壺から解放された騎士の魂を見つめた。

「さあ、行くべき場所へ行くといい。願わくば次に生まれ変わった時は勇者になり、俺に挑んで来るといい」

 騎士の魂は光の粒子となって立ち昇っていく。

 これで、この城にデスナイトが出現することもないだろう。か弱いゴーストたちが騒ぎたてることもないはずだ。

 白壺は壺で、売り物になりそうだ。

「しかし誰がこんなことをしたのか……」

 考えながらイスルギはクシナを伴い、勇者用品店へと転移した。


 しかしヤサカの不満そうな顔で土産を買い忘れた事に気付き、慌ててもう一度出かける羽目になった。

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