第5話 気付き(勇)
――さて、どうするかな。
久しぶりに訪れた勇者用品店。店内に漂う独特の空気を感じ、それに身を委ねながら、スラストは腕組みをした。
スラストが利用するこの店は、何とも言えない空気感があった。
陳列されている品々は、いずれも何かしらの逸品であると感じられる。
もちろんスラストには鑑定などできやしない。
それでも品々の放つ気とでもいうのだろうか、一流の職人が精魂込めて作り込み鍛えた気配だけは感じられるのだ。
「店主よ、邪魔をするぞ」
軽く一礼をしながらスラストは、大柄さを感じさせない静かな動きで店の中程まで進む。防具は身に着けず、腰元には反りのある剣を一振りという軽装だ。
「ああ久しぶり。元気そうで何よりだ」
店主のイスルギが穏やかな笑みをみせる。
気配の中に隠しきれない強者の圧を感じ、スラストの背筋はビリビリくるのだ。一見して静かな佇まいの店主に見えるが、どこにも隙はない。
このまま斬りかかったとしても容易く躱されるに違いない。
「そちらも、変わらぬようだ」
「それは長命種であるしな」
のほほんと言う店主。
スラストがこの店に通い始めてから、かれこれ数十年。しかし店主の姿は殆ど変わっていない。長命種なので当然の事だった。
だが、その意味でスラストは言ったのではない。
初めて会ったとき店主に感じた油断のなさ、それが変わらないという意味で言ったのだ。
――ほんと、こいつ何者なんだろうな?
店主の背筋が伸びるような気配を浴び、これに及ぼうと必死になって修行を重ね数十年。数多のモンスターを斬って斬って倒し、剣豪と呼ばれるようになっても、まだ到底及ぶ気になれない。
店の入り口付近の日射しが当たる窓近くにある剣を一瞥して奥に行く。なかなかの剣だが、どうにも剣に拒否されている気がしたので興味はない。
なによりスラストには、愛用のサムライソードがある。
腰に差したサムライソードを鞘ごと抜き、そのまま店主イスルギに差し出す。
「少し手入れを頼みたい」
「ほう、何か大きな仕事でも?」
「西の廃城でゴースト退治をな。ただ、聞いた話ではデスナイトが出るらしい。万全の状態で挑みたい」
「ああ、デスナイトか」
デスナイトは優れた騎士が非業の死を遂げ、闇落ちして誕生するモンスターだ。元からの実力に加え闇の力も宿り、非常に強大な存在になって手が付けられない。
スラストのように、勇者の中でも上位の者でなければ相手にもならないだろう。
「では、少し拝見させて貰おう」
慣れた様子でイスルギがサムライソードを抜くのだが、スラストはその仕草を食い入るように見つめた。
前は分からなかった、だが今は分かる。
イスルギのサムライソードを抜く仕草には、気負いも躊躇いもない。最初から最後まで一定の速度で、するすると抜かれる。抜くのではなく、抜かせている動き。
これを参考にすれば、今までよりも瞬き一つ分は早く抜刀できそうな気がした。
剣をつぶさに見つめていたイスルギが顔を上げる。
「また上達したようだ、それもかなり」
「どうしてそう思う?」
「刀身にある細かい傷、その全てがこの辺りに集中している」
イスルギが指を広げ、その範囲を示してみせる。サムライソードの先から掌一つ置いた辺り。威力がのりやすく斬りやすい場所だ。
激しい斬り合いの中で、この部分だけで斬るには相当な熟練が必要となる。
「それでいて、刃こぼれもなく鈍ってもいない。無理をせず戦っている証拠だ。実に素晴らしい。これなら、軽く砥石を当てるだけで構わんだろう。直ぐに終わる」
言ってイスルギが店の奥に引っ込んでいく。
近場の研ぎ師の場所に行ったそうだが、それにしてはイスルギの気配が一瞬で消えた事が気になった。
だが、そんな考えも一瞬で消える。
ふわりとした気配と共に、勇者用品店の従業員ヤサカが奥から姿を現したのだ。
「いらっしゃいませ、お久しぶりですねスラスト様。ご無事で何よりです」
たちまちスラストは相好を崩した。
この初恋の相手も長命種で、その美しい姿が少しも変わらず――否、ますます美しくなっている事が嬉しい。
「ああ、ヤサカ殿も変わりなく。相変わらず美しい」
「そんなお上手を」
「いやいや、本当の事だ。各地をどれだけ巡ろうと、ヤサカ殿のように美しい方を見た事はない」
「そんなに褒められてしまうと、なんだか嬉しいですね」
口元に手をやり優しく笑うヤサカだが、しかしやはりこちらも隙がない。
気配を抑えているが、その抑えたものの向こうに恐ろしい何かがある。スラストにとって、やはりそのピリピリした感覚が心地よかった。
勧められるままに椅子に腰掛け、この勇者用品店の独特な雰囲気に浸る。
研ぎ澄まされた剣、鋭い槍、力を宿した斧。詳しくは分からない逸品たちの放つ気を浴びれば、身も心も引き締まっていく。デスナイトとの戦いを前に、己を研ぎ澄ませて――。
「どうぞ」
すっ、ヤサカがお茶を差し出してくれた。
あまりにもさり気ない動きで、むしろ逆に気付かずスラストは驚いたぐらいだ。
「お、おうっ」
「そんなに気を張りつめてはダメですよ。もっと肩の力を抜きましょう」
「むう、しかしな」
「いつも平常心、ありのままでいる事が大事だと思いますよ」
「ありのままか……」
ヤサカの用意してくれたのは、蜂蜜を多めに溶いてくれた紅茶だ。熱からず温からず、甘くて優しい味わい。僅かなジンジャーが全体を引き締めてくれている。
それを飲むと身体の芯から温まり解されていく。
――なるほど。
確かにヤサカの言う通りだ。
気を張ってピリピリしていた自分の身体は、確かに固くなって強ばっていた。これでは戦う前から疲れ、十全の力は出せないところだった。
スラストは目を閉じ気を抜いてみる。
逸品たちの放つ気に対抗するのではなく、そこに浸りまじり、自分もまたその一つになってみることにした。
店に他にも客が訪れ、何かを買っては出て行く。
喋ったり笑ったりの声を聞きながら、あるがままに佇む。全てを受け入れ、たゆたい、それでいて流されず心はここにある。
スラストは目を開けた。
店の奥にイスルギの気配を感じたのだ。
「待たせた。やはり軽く砥石をあてるだけで終わったが、研いだ者も感心していた」
愛用のサムライソードを鞘ごと渡される。
鞘と柄を持ち鯉口をきる。刀身が現れた途端に軽く息を呑むのは、その見事な研ぎ上がりに驚かされたのだ。
ぬぬぬと鞘の中を滑って出てくる姿は、確かに愛用のサムライソードだが、同時に別物のように見事だ。素晴らしい品は姿も美しい。使い込んで表面が曇り、多くあった擦れや小疵が全て消えている。
もちろん研げば研ぐほど刀身は削れて減るものだが、それを全く感じさせない。
「おおうっ、これは見事な研ぎあがり」
刃はどこまでも鋭く、研ぎ澄まされている。
この澄んだ刀身を見ていると心の中が静まっていく。
サムライソードはサムライソード、それを使うスラストあってのもの。ならば己の身体も、それを動かす心あってのもの。
――ああ、そうか。
スラストの中に何かが閃く。
この勇者用品店に来てイスルギと相対し、茶を飲みヤサカと話し店の雰囲気に浸って、研ぎ上がったサムライソードを目にした事で、何か気付きが生じていた。
それはまだ言葉にならない何かだ。
しかしスラストは自分が新たな何かを掴みつつあると気付いていた。
カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。
外に出たスラストは大きく息を吸って吐き歩きだす。
大通りに出て雑踏の中を誰にも気にされる事なく、人の動きの中を流れるがまま、しかし目的を持った足取りで進んでいく。
そして数日後。
剣豪勇者スラストが西の古城でデスナイトを討ち取ったという話が大きな話題となって王国を駆け巡った。
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