第4話 面倒事がやって来た(魔)

 勇者用品店イスルギのドアに営業終了を知らせる札を掛け、店主のイスルギは裏通りを歩きだす。隣には自然とヤサカが並んだ。

 似合いの二人が裏通りを歩きだせば、直ぐに近所の店から挨拶の声がかかる。

 そちらに手を挙げ応えてみせながら、イスルギは小さく唸った。

「勇者狩りか……」

「どのような意図でしょうか、まさか魔族の者が?」

「少なくとも俺の配下ではないはずだ」

 魔王に従う存在――それは魔物だけでなく人も含まれる――が魔族と呼ばれる。

 そして魔族と勇者は互いに敵対もしくは反発している。ただ近年は、魔王の一柱イスルギの方針によって人と魔族の衝突はかなり抑えられていた。

 そして大半の魔族は、ごく普通の人間と同じ。

 泣いたり笑ったり喜んだり、家族がいて友がいて、仕事をしながら家庭を大事にして日々を暮らしている。

 つまり、わざわざ人間の国に趣いて勇者を狩ろうとする必要がない。

「そう言えば、勇者フィーナも怪我をしておりましたね。ひょっとして……」

「うむ、そうかもしれない」

 イスルギも同感だった。

 勇者フィーナは初心者の頃から知っている。まだ若いが実力は確か、明るく元気だが無茶をするタイプではない。ここ最近の実績から考えても、そう簡単に大きな怪我をするとは思えなかった。

 ならば勇者狩りに遭ったと考える方が妥当だろう。


 外出した理由は、もちろん勇者狩りの対応のためだ。

 本来であれば、こうした調査対応は勇者ギルドが対応すべき案件かもしれない。しかし、勇者ギルドの腰は重い。

 基本的に自己責任という方針。

 さらに勇者など掃いて捨てるほどいるので、もっと大事になるまで動かないのだ。

 だからこそルシアンが、ああして話を持って来たと言える。

 城門を出て耕作地の柵沿いに進み郊外に赴く。木々が少しずつ増え林となって、やがて森になった。そして人の往来は減り、いかにもの雰囲気がしだす。

 つまり良からぬ存在が現れそうな雰囲気という意味でだ。

「この辺りが被害の多い場所か」

「ルシアン殿の話では、一人で行動している者が襲われているそうですね」

「そうだな。手っ取り早く解決するなら、襲われるのが一番だな」

「畏まりました、それでは私は少し失礼いたします」

 ヤサカの姿が一瞬で消える。

 魔王の側近にして副官であるヤサカはヴァンパイア、それも強大な力を持つ真祖と呼ばれる特殊個体。転移の魔法も片手間で使えるため、別の場所に移動したのであった。

 実際の処、ヤサカは魔王を名乗れる程の力を持っている。

 ただし魔王を名乗り独立するよう勧めると非常に不機嫌になるので、余計な事は言わない方が良いのだが。


 すたすた森の小路を進んでいくイスルギは、勇者を示す徽章を身に付けている。

 この徽章は勇者しか身に付けてはいけないものだ。

 もし偽装のため身に付ければ、たちどころに光の神の加護を失うだろう。だから誰もやらない。しかしイスルギは魔王、元から光の神の加護はないので関係なかった。

「あとは勇者狩りの連中が引っかかるかどうかだな」

 黙々と森の中を歩いて行けば、いかにもクエストを受けて移動する初心者勇者と言った様子だ。鋭い眼光を隠す為に、うつむき加減に歩いていれば、まるで薄暗い森に怯えているようにも見えるだろう。

 歩いたのは、それほど大した距離でもなかった。

「なんだ、心配するまでもなかったな」

 イスルギは苦笑気味に呟く。

 辺りに漂う殺気が――馬鹿馬鹿しいほど稚拙なものだが――漂っている。足を止めれば、木々の間から男三人が姿を現す。にやついた顔だ。

「よう、あんた勇者だな?」

 男の一人が言った。

「何の用かな、先を急いでいるんだが」

「そう言うなって、俺等も勇者なんだよ」

 別の男が笑いながら近づいて、抜き放った短剣を突き込んできた。こういうやり方で、今までやって来たのだろう。どちらにせよ、あまり品質の良くない短剣だとイスルギは思った。

「よっしゃ、簡単だねえ」

 にやついた顔はもう消えている。

 威嚇と嘲りの顔で笑い声をあげ、周りを囲んで大声をあげ、馴れ馴れしく肩に手を回してきたりと好き放題だ。


「死ぬ前に頂くものを頂こうぜ!」

「ぐずぐずすんなって、死んだら消えちまうんだ」

「ついでに切り刻んでもいいか?」

 騒ぎ声を聞いて、イスルギは概ねの事情を察した。

 勇者が無辜の人間を殺せば、勇者の加護を失う。しかし勇者が勇者を殺しても勇者の加護は失われないのだ。なぜなら勇者は復活するので。

 故に、勇者である男たちは勇者を狩っているという事だ。

 イスルギは少し迷ったが、まず話を聞くことにした。

 こいつらが勇者狩りの犯人で間違いないが、間違っていたら面倒である。

 念の為だ。

「最近この辺りで勇者が襲われていると聞いていた。それは、お前たちの仕業か」

 短剣の一撃を受けながら平然としているイスルギに、男たちは戸惑い気味だ。

「質問に答えろ」

 途端に男たちの顔が恐怖に染まる。

 それは短剣の先が溶けた様に崩れているからでもあり、またイスルギが僅かに放つ魔王の気配を感じたからでもあった。

「そ、そうだ……」

「勇者が勇者を狩って金稼ぎか? お前らが立ち向かうべきは魔王だろうに」

「魔王だなんて、俺等が戦う必要ないから」

 男たちの目は心底恐怖に染まっていた。それでもイスルギの気に当てられ、問われるがままに答える。

 これは勇者だが勇者ではない。

 どこまでも失望するしかなかった。

「……なるほど勇者か。勇者、勇者ね」

 イスルギは深く息を吐き、指を鳴らした。

 その場から人の姿が消え失せ、森の中に静寂が戻った。


 石材を用いた壁や床。

 冷たく静かな室内を、燭台に灯る魔法の光が静かに照らす。

 景色が森の中から、突然そんな場所に変われば人は誰しも驚き混乱するだろう。そして男たちには、自分たちが転移の魔法によって未知の場所に送り込まれたと、瞬時に理解するだけの知識も想像力もない。

「なんだ、ここは……」

「ようこそ魔王城へ、勇者の皆さん」

「は? 魔王城ってそんな馬鹿な……」

 呟く男は自分にそれを告げた相手を見つめる。

 とても美しい女だ。

 白い髪に澄んだ青の瞳、身に付けた鎧は白く清らかで美しい。優しく微笑む様子は穏やかに見えるが、同時に寒気のするような威圧感もあった。

 さらに男達が辺りを見回せば、壁際にずらりと並ぶ魔物の姿が確認できる。

 どの魔物も、これまで見た事がないぐらいの迫力があった。だが、それだけであれば男たちはまだ判断力を保てていただろう。

「さて……」

 穏やかだが力強い声。

 それを聞いた瞬間に男たちは心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。

「勇者が勇者を狩るとは、実にくだらないとは思わないか?」

 美しい女が一歩退くと、壇上に座具があり男が一人腰掛けている姿が目に入る。男は物憂げな様子で頬杖をつき、手を口元にやって憂う様子を見せていた。

「勇者の刃は、この私――魔王に向けられるべきものだ」

「ま、魔王……!?」

「しかし、お前たちは勇者でありながら勇者に刃を向けた。それは、この俺が享受すべき権利を横取りしているに等しい」

「なんで魔王!? 魔王がどうして」

 男が呟くと、白い髪の美しい女が軽く床を踏みならした。

「無礼です。様をつけなさい、魔王様と」

 冷え冷えとした怒りの声に男たちは震え上がって首を竦めるしかなかった。


「敬意のない者に呼ばれてもな。まあいい。衛兵どもよ、そいつらを拘束しろ」

 魔王の言葉に壁際の魔族が、わらわらと動く。男たちを拘束し、さらに革紐で猿ぐつわをして手足を縛っていく。

 困惑する男たちは、くぐもった声で呻くのみだ。

「お前たちは勇者に相応しくない」

「――っ! ――ぅ!」

「勇者は殺してもリスポーンするだけ。故にお前らの心を折る、勇者である事を後悔するまでな。連れて行け、拷問部屋にな」

 その宣告に男たちは極限にまで目を見開き、必死に身を捩らせる。だが兵士たちは躊躇なく担ぎ上げ、足を揃え拷問部屋へと運搬を開始した。

「イスルギ様、どれぐらい拷問を加えます。百年です? 二百年です?」

「まさか、それほどは持つまい。心折れて勇者の加護を返上させたくなるだけで十分だ。あいつらは勇者に相応しくない」

 勇者の風上にも置けない勇者だったが、それでも勇者だ。そしてイスルギには、過度に相手を痛めつける趣味はない。

「お優しいことです」

 ヤサカが微笑んでいると、壁際に控えていた老人が進み出た。

「魔王様、お話し中に失礼いたしますぞ」

 それまで壁際に控えていた老人が進み出る。

 アンデッド特有の青白い肌に、床を擦りそうなローブ姿。途端にイスルギもヤサカも何とも言えない顔になる。強いて言うなら苦手な相手に遭った時の顔だろう。

「お戻りになられましたので、このまま政務を行って下され」

「……店の経営が忙しいのだが」

「魔王領の経営の方が重要でございましょう!」

「そこは爺やに任せている」

「任せている、ではございません!」

 憤る老人のと狼狽えるイスルギの姿に、ヤサカは口元を押さえ小さく笑っている。ただし、ジロリと睨まれると慌てて咳払いをして取り繕う。

 このエルダーリッチの爺やは怒るとけっこう恐いのだ。

 だがもう遅い。

「ヤサカ様もヤサカ様ですぞ。さあさあ、今日はお二人ともたっぷりと働いて頂きましょうか。ああ、言っておきますが転移の魔法は使えませぬぞ。城の魔道士全員で結界を張っておりますからな。きりきり働いて頂きましょうか」

 面倒事がやって来た。

 イスルギとヤサカは揃って額に手をやり呻きをあげた。 

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