第28話 思いもよらない海中神社
鮫人祀りの当日を迎えるまで、フランケンから目をつけられていた俺たちはことさら慎重に目立たぬよう息をひそめて学園生活を送った。
その間、海堂からの連絡も途絶え互いに全く接触が取れなくなっていた。
海堂は本当に大丈夫なのだろうか。一抹の不安はあるがどんな事が行われるのか分からない以上、その祀りを「見る」と言う事が俺達の最大のミッションだ。
【本日は大潮流が起こるため、著しく海面の水位が変動します。
生徒の皆さんは危険ですので海には近づかないでください。
それに伴って明日の正午までは外出禁止になります】
この日、こんな校内放送が何度か流れたが、本当のところ生徒の身を案じていると言うよりは、鮫人祀りを秘密裏に行うための学園側の方便なのだと言う事を、俺達はもう知っている。
他の生徒達のように無条件に信じていられた頃が随分と昔の事のように思える。
島の新聞によればこの日の干潮は午後十一時十三分。
島の地形と相まって一年間の干潮の中でも最も水位が低くなると言う。
昼間は祀りの事で頭がいっぱいで授業に身が入らず、食事も緊張のためあまり喉を通らなかった俺達だったが、消灯を迎えた二十二時になるとまるで夜行生物のように目と頭が冴え渡った。
「よし、行こう!」
気合いを入れた俺は妙にハイテンションで気持ちが昂って仕方なかった。
お互い地味な私服にパーカーを羽織り、何があっても良いようにサバイバルに必要な最小限のものだけを詰め込んだ小さな肩掛け鞄を斜めに掛けて、こっそりと部屋を抜け出した。
いつもはフランケンが一人で寮を見回っているのだが、今夜は教師が三人体制で見回っていた。
それからしても今日という日を相当警戒している事がうかがえた。
それらを何とか掻い潜り、俺達は無事に寮を抜け出していた。
外は月すら出ていない真っ暗闇だったが、その分星が明るかった。
夜というのは静かなものだがこの夜は特別神妙な空気を孕んだ不思議な夜だった。
寮から離れ安全圏に出ると、小さな懐中電灯一つを灯し、俺達は鯨光芒が起こる鮫人海岸へと夢中で走っていた。
たどり着いた海岸は、大干潮と言うだけあって随分と海水が引いていた。
遠浅になった浜辺には所々に松明が立てられ、普段は海に没している岩が剥き出しにニョキニョキと隆起している。
その光景はどこか知らない惑星にでも来たようなSFチックな風景を思わせた。
そんな場所に沢山の島民達が集まり、干潟になった海岸をゾロゾロと二列になって海の方角へと歩く姿は今から集団自殺でもする人々のようでもあり奇妙さを覚えた。
そこに祭りの賑わいはなく、皆口を閉じ、頭には目深に白い頭巾をかぶっていた。
そんなものを持っていなかった俺達は慌ててパーカーのフードをかぶった。
これで誤魔化せるのだろうかと内心ハラハラしながら俺達は身を縮こませながら島民達の列に紛れ込んだ。
そのまま鯨岩に向かって黙々と歩いていたが、鯨岩の所まで来た時、目の前に広がる不思議な光景を目の当たりにした。
『鯨の睨む先に口あり』その言葉通り一本の光の道がすっかり水が引き、剥き出しになった岸壁の辺りまで伸びていた。
それは正しく鯨光芒という名前に相応しい一筋の光の道だった。
「蛍石だ…。これはフローライトだ!暗闇でも光る鉱石だよ。
まさかあの波の下にこんな道が隠されていたなんて!」
フローライトが写り込んだ眼鏡の奥で井上の瞳が興奮に輝いているのが分かった。
まるで神社の参道のようなその道は、切り立った岸壁まで続いており、その岸壁には縦長の亀裂のような洞穴の口がぽっかりと開いていた。
その洞穴の中からは煌々とした光が漏れ、その入り口には大きな朱塗りの鳥居が威風堂々と立っていた。
島民達は次々と鳥居をくぐり洞穴の中へと吸い込まれていく。その光景は俺には初詣を連想させた。
「あれ、井上…、この岸壁は…もしや、あの場所じゃ無いのか?」
その断崖絶壁を仰ぎ見た時、俺も井上もそこがどこだか気がついた。
「ああ、僕も分かったよ。この岸壁は多分あそこだ」
そう、ここは俺たちが良く知る場所だったのだ。学園の裏道を上がり切った所にあるあの岸壁だ。
いつだったかこの断崖絶壁の上で波飛沫を浴びるのも構わず二人座って話をした。
「この断崖絶壁の下は波が荒くて普段から誰も近づかないんだってさ」。その時井上がそう俺に教えてくれた。
まさかその断崖絶壁の下に神社が隠されていたなんてあの時は思いもしなかった。
ここは普段は海の中にあり、一年に一度、大干潮の日だけ現れる海中神社なのだ。
この島の秘祭『鮫人祀り』が行われる古参の島民達だけが知る秘密の場所なのだ。
そしてここにはきっと本当の龍神神社、いや鮫人神社の御神体が祀られており、更にはこの一連の事件に関してきっと何か大きなヒントが隠されている筈なのだ。
二つの謎の答えが今夜いっぺんに分かるかもしれない。そう思うだけで好奇心が未知の恐怖を凌駕していた。
俺達は島民達に紛れるように松明が炊かれて明るい洞穴の中へと足を踏み入れていた。
絶壁の中に建てられている神社だけあって天井は高く、目の前は玉砂利を敷き詰めた広々とした境内が広がっていた。
一つだけ神社と違っていたのは、境内の奥に海水を湛えた泉が広がっている事だ。
その泉は黒々としていて水深ががかなり深い事を示していた。
そしてその泉に掛かる橋には舞台が設えてあり、その上では龍神の衣装を身に纏った華奢な少年が手に鈴を持ち、一人懸命に神楽を舞っていた。
天井に吸い込まれて行きそうな笙の音色に合わせ、指先にまで神経を行き渡らせた壮麗な舞は、彼一人で舞っていながら広い舞台が狭く感じるほど迫力を帯びていた。
あの時、あの学園祭で海堂を初めて見た時の衝撃のままに、俺達の視線の少し上で海堂が凛々しく舞っていたのだった。
「井上、見ろ!海堂だ!」
「ああ、良かった無事だ」
興奮と安堵の気持ちを抑えながら周りを見ると、境内では島民達が跪き熱心に手を合わせ始めた。
俺達も一番後列に並び同じように跪くと拝むフリで周りを観察した。
舞台の袖で雅楽の演奏をしているのはいずれも顔を見たことのある雅楽科のベテラン教師達。
そこに龍神神社の神主や禰宜、古参の巫女達もが一堂に介して一斉に
それは正しくこの大きな洞が御神体の祀られている神社の大本殿なのだと思える荘厳な眺めだった。
俺たちが周りに気を取られていたその時、不意に隣に強引に割り込んでくる二人組があった。
何だこいつら!
パーカーの隙間から睨むと向こうもこちらを覗き込んでいた。
目が合った瞬間俺は驚いて思わず声が漏れていた。
「…えぇ…っ…?」
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