第29話 御神体の正体

 怪しい二人組と目が合った途端、俺と井上は物陰に引き込まれた。


「お前ら!あんな目立つ場所に居たら学園長に見つかるぞ!」

「音無さん?!…ママも…!」


 そう、怪しい二人組は音無とピンクヴィーナスのママだったのだ。

 

「驚いたな、何でお前らここにいるんだ?!」

「驚いたのは僕らの方ですよ!音無さんこそ何でここにいるんですか!」


 音無と連絡が途絶えて三ヶ月以上経つ。彼らの動向は気になっていたがドタバタ続きで連絡できず、音無の方もあの時海堂を相当警戒していた事もあり、あそこで縁が切れだとしても仕方無いと思っていた。

 まさかここで会うとは思ってもいなかった。


「お前らは「鮫人祀り」を見に来たのか?良く来られたな」


『鮫人祀り』を見にきたのか?だって?今夜ここにいるのはそれ以外無いだろうに。しかも良く来られたなって自分たちだって来たくせに…。


 俺は音無の質問に妙な違和感を覚えて逆に尋ねてみた。


「音無さん達だって『鮫人祀り』を見に来たんだろう?そっちこそどうやってこの場所の事を?

ここは簡単に来られるような所じゃ無いだろ?」


「いやぁそれが…」などと困惑した顔の音無の横からママがすかさず話をぶっ込んできた。


「私達、今夜『鮫人祀り』がここで行われるなんて知らなかったのよ!島の秘祭が見られるなんてラッキーだったわ❣️」

「はぁ?ラッキーだわ?」


 ここに来るのに苦労した身にしてみたらママの態度も言い草も面白く無かった。いつも穏やかな井上すらも言葉が荒くなっていた。


「それ、どういうことですか?!『鮫人祀り』目当てじゃ無いっていったいどう言う事ですか?!

僕ら全然話が見えないんですが!」


 ますます混迷を深め、当惑した俺達に音無が慌てて説明を補足した。


「ああすまんすまん、分かりづらくて。

オレ達は『鮫人祀り』を見に来たと言うわけじゃなくてだな、ママの恋人が亡くなる朝の散歩コースをもう一度くまなく検証していたんだよ。

そしたら学園の裏山に意味不明の謎の電気ケーブルを見つけてね、それを追って来たら偶然ここに出て来ちまったんだって訳なんだ」

「謎の…電気ケーブル…?」

「そう、君達は知ってるか?学園の裏山に妙な電気ケーブルが引き込まれているのを」


 そこで俺と井上ははったと顔を見合わせ同時に声を上げていた。


「黒い墓石の下!」

「そう!それだ!

あの気味の悪い黒い石の事、お前らも知ってたのか?!」

「知ってるも何も、あの黒い石の下に電気ケーブルが引き込まれてる事も知ってるし、あの下に地下に行く階段がある事も僕ら知ってますよ!

それがまさかこの場所に繋がっているんですか?!」

「そうそうそうなのよ!」


 まるで井戸端会議でもするかのようなノリで、はしゃいだ様子のママが身を乗り出してきた。


「あなた達もおかしいと思わなかった?

あんな鯨の狛犬くらいしかないような場所によ?

電気なんて必要あると思う?しかも結構な電力量だったわ!

事件と繋がりがあるかもって思って石の周りを調べてたらビックリよ!あの石、動くじゃない!

好奇心に負けてそこから入って来ちゃったのよ!」

「入って来ちゃったのよって簡単に言うけどさ、あの通路は学園長も使う通路なんだぜ?危ないって思わなかったのか?」

「だからだよ、瀬尾くん」


 音無の手がずしりと俺の肩を掴み真剣な眼差しで俺を見た。


「だからこそなんだ。だからこそ、ここには絶対に事件に関わる何かが隠されてる!そうでなきゃオレは腑に落ちない!」


 音無がそう言い切った時、今まで静かに奏でられていた雅楽の音色が熱を帯びたものに変わった。



ひゅーーー!

  ドドドドドン!

 シャーン…!


 一際高らかに天をつんざくような雅楽の調べに俺達の声は上手い事かき消されていた。

 音無は物陰から境内を警戒しながら続けた。


「実はな、オレ達がここに潜入したのは今日が二度目なんだよ」

「二回目ぇ?!」

「しーっ、瀬尾!声でかいよ」


 思わず声を上げた俺を井上が嗜めた。今更とも思ったが、再び俺たちは身を屈め声を顰めた。


「それで音無さん。二度も潜入して結局その電力が何に使われていたのか分かったんですか?」

「ああ、何と無くな。

この境内の奥には何かの保管庫がある。恐らくそこの空調設備に電力を使っているんじゃ無いかと思う」

「保管庫ってなんだ?」

「それは分からん、銀行の金庫のような厳重な扉があって中には入れなかった。

それと…、泥と沢山のお札で封印された変な壁があった。

中に何があるかは分からなかったが、その壁の下に鼠や虫の死骸が沢山落ちていてな、気味が悪くて迂闊に手を触れられなかった。だか、一応その壁の泥のサンプルは取って来たぞ」

「さすが音無さん周到ですね」

「事件を追ってて勘が働くようになったんだよ。何が事件のヒントになるか分からないからな」


 その時一際笙の音色が高く澄み渡り、天に向かって真っ直ぐに吸い込まれていくように響き渡った。

 それに合わせてここに集う宮司や巫女達全員で上ける祝詞のりとの唱和が辺り全体に響き渡った。

 海堂の手に握られている鈴が激しく震え、才気溢れる海堂の舞も迫力を帯びて来る。

 いよいよ儀式は最高潮に達しようとしていた。

 だが不思議たことに熱気を帯びているはずの境内の空気はそれと真逆に冷え初めていた。


「ねえ、何だか寒くなぁい?」


 ママの言葉に改めて境内境内を見渡すと、俺達はある事に気がついた。

 神楽の舞台より一際高い位置に人の身の丈程もある巨大な神棚がつしらえられてあり、その扉が少しづつゆっくりと開き始めているのが見えた。

 その扉の隙間からうっすらと白い冷気のような物が漏れ出しているのが見えた。

 やがて宮司の『ご開帳〜〜〜!』と言う声が長く尾を引き、それと共に扉は厳かに左右に開かれた。



「おおお…!!」



 その瞬間、この洞穴全体に島民達のどよめきが自然発生的に湧き起こった。


「…!!」


 そこに現れたものに俺も井上も、音無もママも絶句し、ふらりと皆んな立ち上がっていた。


「何だアレは…!」


 音無の目がソレに釘付けになっていた。


「…綺麗…」


 ママは魅入られたように呆然となっている。


「井上!…あれ、あれは…!」


 目の前のものが信じられない。俺は助けを求めるように井上に振り返ると井上の目は大きく見開かれ興奮にキラキラと輝き、その口元はうっすらと微笑みすら浮かべていた。

 恋焦がれた人にやっと出会えた。そんな恍惚とした表情だった。


「瀬尾…!御神体だよ。あれが龍神いや、鮫人神社の本当の御神体なんだ…!」


 俺はもう一度神棚を見上げた。

 ガラスケースに入れられたそれは生きてはいない。

だが、まるで生きているように瑞々しく美しい。


青白い蜜蝋の肌。

優美な曲線を描く尾鰭。

玉蟲色に光り輝く鱗。

白銀の絹糸と見まごう髪。

白目の無い漆黒の眼差し。

それは海堂によく似た麗しい面差しだった。


 海で溺れたあの時に俺達は会っている。あの姿とそっくりの生き物が俺の周りを泳いでいた。


あれは間違いなく人魚だ!お伽話の生き物は本当に存在していたのか?!

 

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