第27話 一つの謎は解けたけど
「ほら!さっさと出ろ!」
まるで罪人のように俺達はびしょ濡れズボンに毛布を引っかけただけの姿で漁師小屋から引き摺り出された。
海岸はすっかり暗くなっていて、小屋の周りを遠巻きに何人かの村人達が心配そうにこちらの様子を伺っていた。
「村の方々が学校に連絡してくださったんだ!
使っていない漁師小屋にうちの学生達が入り込んでいるらしいってな!
来てみたらやっぱりお前らか!」
「ち、違うんです!これは、」
「海で溺れた」そう弁解しかけた海堂を俺は咄嗟に小突いて口を噤ませた。
俺達が鯨光芒を探っているとフランケンにいま知られる訳にはいかなかったのだ。
「す、すみませんでした!ついハメを外して遊びすぎて波に濡れて。
それでその…、小屋にストーブがあったので…つい」
俺が事を荒立てると思ったのか井上が真っ先に俺を押し退け前に進み出ると、直ぐさま反省している
慌てて俺も反省するふりで、形骸的にすいませんと頭を下げた。
「無人の漁師小屋で火遊びするとか小学生並みの了見だな情けない!
いや小学生以下だ!高校生にもなってやっちゃいけない無い事の判別くらいつくだろう普通は!」
そんなの俺たちだって分かってるさ!緊急事態だったんだよ!
言いたい放題言われて悔しいが、ここははぐっと堪えるしかないのだ。
「最近、何かしでかすのは決まってお前らだな!手を焼かせやがって!
さあ、早くとっとと車に乗れ!」
海祇学園の職員であり寮の監督官の立場では、悪戯をした生徒を叱るのは当然としても、フランケンの場合その中に教育的指導とは違う、なんとも言いようのない殺気を感じる。
俺達は海岸に横付けされた学園のロゴ入りのバンへと追い立てられた。
眩いヘッドライトに目を細めながらあたふたと俺達は後部座席へと三人並びて乗り込んだ。
フランケンは通報した島民達に謝辞を言うためにまだ車に乗り込んではこない。
その僅かな隙に井上がこっそりと海堂に耳打ちをした。
「今回の事、君は何も知らないし、フランケンに色々と聞かれたらありのままに言えばいいよ」
「えっ、でも…」
戸惑いながら俺を見た海堂に俺もそうだと頷いた。
「お前は俺たちの巻き添えを喰らっただけだからな気にするな」
フロントガラスの向こうに見えるフランケンは実に愛想良く腰が低い様子でペコペコと頭を下げていた。
それを見ると、少しは反省する気持ちにもなったが、踵を返して車に戻って来るヤツの顔を見たらそんな気持ちも吹き飛ぶような恐ろしい形相をしていたのだ。
普段から厳つい御面相がまるで鬼だ。
フランケンはそんな顔で居並ぶ俺たちをひと睨みすると乱暴に車を発進させたのだ。
車内は重苦しい空気に包まれながら、海堂を送り届けるために下宮へと向かっていた。
飛び去る車窓、タイヤの振動音。緊張感だけが漂う車内でフランケンの声が低く響いた。
「お前ら、何を企んでるか知らんが大概にしておけ。
これ以上ハンパに首を突っ込むと、次はお前らも佐々木の二の前になるぞ。
……分かったな」
その声は意外にも静かで低く噛んで含めるような言い方だった。
嵐のように怒鳴られるよりも、俺はかえって身の毛がよだった。
これは注意喚起に見せかけた恫喝だ!
暗にこれ以上探ると佐々木のようにお前らも殺すぞと言う脅し文句なのだ。
彼は学園長の犬と言われる男だ。きっと今までも学園長に命じられるまま何人もの人間をその手に掛けたのだ。
あの沢山の祠が不意に俺の脳裏を掠めた。
そう、確証はないがきっと佐々木も…!
そんな男と俺達は今この瞬間、同じ空間を共にしているのだ!
井上を見れば膝に視線を落としたまま微動だにしない。彼もその言葉の意味に気づいているのだ。
俺は背中に脂汗が滴るのを感じた。
下宮へ行く僅かな時間が途方もなく長く果てしなく感じたが、程なくして車は下宮へと到着した。
「お前らはここで大人しく待っていろ。天羽様にご挨拶して来る。降りろ海堂」
「あ、は、はい…。あの、先輩方、おやすみなさい」
そう言って海堂は頭を下げながら、フランケンに見えないようにこっそりと、たたまれたメモを俺の手に押し付けて来た。
何だ?と海堂を見ると、海堂は意味ありげな眼差しで微かに頷き返す。
「何してる、早く行くぞ」
そうフランケンに急かされ二人の姿は社務所へと消えて行った。
フランケンがいなくなると車内に充満していた緊張感からしばし解放されてほっとした。
「…それ、なに?」
井上が俺の手元を覗き込む。
「何だろうな…」
去り際、意味ありげに押し付けられたそのメモを開き俺達は二人で覗き込んだ。
『鮫人祀り 11/12 鯨光芒の先にて奉納舞』
細い走り書きでそう書かれた文字に俺達は目が吸い寄せられた。
「鯨光芒の先だって?!」
どう言う事だろう?俺は海堂には鯨光芒の話はしていないはずだ。
「井上、お前海堂に鯨光芒の事…」
「話してない」
「じゃあ何で海堂が知ってるんだ?」
しばらくの間二人とも考え込んでいたが、井上がいち早く納得したような晴れやかな顔で俺を見た。
「そうか…分かったよ!
天羽様の言った『潮干する時、鯨光芒の睨む先に口あり』の意味が…!」
「うん、俺も分かった。
大潮の日の干潮の時に、鯨岩の見つめる先に道が現れる。その道を辿ればそこが恐らく鮫人祀りが行われる場所だ。
そういう事なんだろ?」
そして十一月十二日、鮫人祀りのその日に海堂が御神体に神楽を奉納する日なのだ。
食堂のおばちゃんから偶然潮流の話を聞き、そして埠頭にいた不思議な老人から鯨光芒が何かと言う事を教えてもらった。そして最後は海堂のこのメモが俺達にこの結論へと導いた。
「言葉の謎は解けたけど、天羽様は何でこんなまどろっこしいヒントを出してまで俺達を鮫人祀りに導きたかったのかな」
「まだ分からない。
でも古参の島民だけが知る秘祭だ。本当は誰にも知られちゃいけないはずなのに、天羽はこんなまどろっこしいやり方で僕らにヒントをくれた。
そこに行けば何かは掴めるはずだ」
「ああ、そうだな。
とにかく今はここに書かれた十一月二十日の鮫人祀りだ」
「きっと踊り手の海堂君にもこの場所は明かされていない。
知っていればこのメモにその場所が詳しく書かれている筈だ」
その時、俺の脳裏をふと嫌な考えが掠めた。
「…まさかとは思うが、海堂は儀式の生贄とかじゃないだろうな」
俺の恐ろしい思いつきに井上の瞳に咄嗟に焦りの色が浮かぶ。
「…まさか!そんな事は…」
そう、無い筈だ。海堂は唯一の人魚の子孫だ。
人魚の血筋が脈々と続いている事の証でもあり、唯一人魚の御霊を鎮めることのできる存在なのだ。彼を生贄になどするはずが無い。
いや、だからこそ、その命を以って鎮めるのでは無いのか?
だがそんな事をすれば血脈は途絶えてしまう。
頭の中を錯綜するこれらの疑問は本当に『鮫人祀り』の日には決する事になるのだろうか。
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