第22話 散らばる謎の行方

もう終わりだ…。


 俺たちはフランケンの恐ろしい眼差しの前で蛇に睨まれた蛙のようになす術もなく縮こまっていた。


 このまま学園長に突き出されて佐々木の事も連続殺人のことも全部うやむやで終わるのか?

それだけで済めば良いが、もしかしたら俺たちだってタダじゃ済まないかもしれない。


 そんな事が猛スピードで頭の中を駆け巡っていた。

 だが驚いたことに、至近距離で視線が合ったにも関わらず、フランケンは俺たちを黙殺したのだ。


「どうしたんだ?」


学園長がこちらに来ようとした時だった。まるで何も無かったような落ち着き払った声でフランケンはこう言った。


「何もありませんでした。なに、小ネズミでもいたんでしょう」


 そう言い終えた後、フランケンの瞳と顎先が俺たちに「早く向こうへ行け!」と言っているように見えた。

 身動き一つできない俺の耳の奥では心臓の音がうるさく鳴り響いていたが、立ち去って行ったフランケンと学園長の交す奇妙な会話がその耳の奥で聞こえた。


「明日、下宮へ行く」

「ではいよいよ周様の…」

「ああ…」



周のなんだ?


 声も漏らせぬ状況下、咄嗟に見交わした俺と井上の目と目が、そんな会話をしていた気がする。



 あの後、どうやってそこを離れたのか覚えていない。

気がつけば、無我夢中で二人とも一目散に寮への道を駆け下っていたのだった。

 逃げ帰った部屋の中で俺たちは息を切らせながら、しばらく明かりもつけずに部屋の隅っこに固まって座っていた。

 俺は何から話せばいいのかと思いながらも、結局一番先に口から出たのはこのことだった。


 「なあ井上、俺たちフランケンに気づかれたよな…!」

「ああ、気づかれた…当然気づかれたと思う!」

「ならなんで知らないふりをしたんだ?」

「…そんなの僕が知るものか!」

「フランケンが俺たちを庇う理由なんてあると思うか?」

「分からない、分からないけど、庇われたなんて余計に怖過ぎる!あいつの考えてることがまるで分からない!」

「俺、ちょっと思いついたんだけど…。

一つだけ、理由があるとすれば、それは…。フランケンは味方だって事なんじゃね?」


 そう言いながらも俺はそんな事ってあるだろうかと思っていた。

 いつも学園長にべったりで誰よりも忠犬なあのフランケンが?


「あり得ない」


 二人とも同時に首を横に振っていた。


「それにあの場所はいったい何だと思う。この時代に五芒星の結界ってナニ!

分からないことが多すぎるだろ」

「…でも、僕が一番気にかかるのは最後に聞いたフランケンの一言だよ。君も聞いたろう?『ではいよいよ周様の…』って。海堂君の身に何か危険が迫っているんじゃないのかな」


 学園長は下宮に明日行くと言っていた。と言うことはフランケンも当然ついてくる。

 あの時のヤツの眼差しを思い出すとまだ生々しい恐怖が込み上げたが、同時に海堂が佐々木のように血を吐いて倒れる シーンが頭の中にチラついて仕方なかった。

 危機が迫っている予感に急かされるように、俺達は翌朝早くには海堂に会うべく寮を抜け出していた。


 下宮に着いた頃はようやく空が白々として来た頃だと言うのに、すでに境内では清掃をする巫女達が忙しく立ち働いていた。


「しまった!

そうか下宮も神社だもんな。朝早いなんて決まってる」


 この時間なら誰にも見つからずに海堂に会えると思った自分たちの浅はかさに俺は舌打ちした。


「おい、井上お前海堂の部屋どこだか知ってるんだろう?」

「え、え、なんでボクが知ってるって…」

「この前海堂と長々と話をしたんだろう?お伽話の日だよ」

「あ、ああそうか…」


 海堂の話になると、途端にドギマギし出す井上がいつになく可愛い。


 俺達は正面の鳥居ではなく、ひと気の少ない手水舎の裏からこっそりと侵入した。


 井上が言うには本殿の脇にある社務所の二階が海堂の部屋らしい。

 俺達は本殿の裏手を突っ切って社務所へと行くことにした。忍足で歩いていると、本殿の中からは雅楽の調べが漏れ聞こえてきた。

 それと同時にあの東雲と言う巫女の声が聞こえて俺達はギクリと足を止めた。


「はい!周様。そこはもっと後ろに下がって。はい、一とニと三で大きく回ってトン!…そうです!」


 雅楽の稽古だろうか、見れば本殿の明かり取りの障子がほんの少しだけ開いていて、俺達は身を低くしてそこから中を覗き込んだ。

 本殿の広い畳の上では狩衣姿の凛々しい海堂が神楽を舞っていた。

雅な音律に合わせて流麗に舞う海堂は、指先まで神経が行き届き、張り詰めた細い弦のようで、相変わらず眩しいほど美しかった。

 そしてそれを正座で見つめていたのは、学園長と天羽様。そして海堂と同じくらいの年頃の三人の少女達だった。

 少女達は皆育ちのいいお嬢さんという印象で、海堂を見つめる眼差しがキラキラと輝いて見えた。

 一通り舞い終った海堂を学園長が側へと呼び寄せると少女達の前に座らせた。

 「挨拶をしなさい」と促された海堂は、戸惑いながら小さな声で「海堂周です」とだけ言って、頭を下げた。その表情は何処か浮かない。

 すると三人の少女達は揃って三指をつき、「宜しくお願いします」と恭しく頭を下げたのだ。

 それはまるで殿様とそれにかしずく腰元を想起させ、俺の目には何故か奇妙な光景に映ったのだった。

 いったいこの少女達は何なのだろうか。巫女見習いの少女達だろうか。

 これがフランケンの言っていた「いよいよですね」なのか?

 その言葉に何か恐ろしい企みがあると思ったのは俺達の見当違いな邪推だったのだろうか。

 穴の開くほど海堂を凝視していたのが伝わったのか、頭を上げた海堂が障子の隙間から覗き見ていた俺達にふと気がついたのだ。

 俺が咄嗟に手招きをすると、海堂の目は一気に驚きに変わり、瞳が忙しなくチラチラと俺たちと学園長とを行き来する。明らかに慌てている様子だった。


「あ、あのっ、すみません。ボクちょっとお手洗いに行きたくて…」


 海堂にしてみれば恐らくこの場では勇気のいる発言だったろう。

 裏返った声でそう言うと海堂は落ち着きなく立ち上がり、少女達のくすくす笑いを一身に浴びながら、あたふたと本殿から外へと飛び出していた。

 間も無く息を切らせて海堂がここに現れるだろう。

 勿論、海堂の身を案ずる気持ちでここに来たのは確かだが、学園側に近い彼が、何か一つでも知っているのではないか、この散らばった謎を少しでも解いてくれるのではないかと言う、淡い期待を待ってここに来たのもまた本当の気持ちだった。なのにここへ来てまた新たな謎が一つ増えてしまったのだった。




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