第21話 深緑に聳える黒い何か
久しぶりに二人で訪れた鯨の祠は随分と様変わりしていた。
この前来た時には萌える
俺達は鯨の前に立つと、其々に気になった場所を眺め回した。
「だいたいこの祠のどの辺りで人魂が見えたって言うんだろうな」
流石に毎朝巫女達が参拝するだけあって、祠の周りや参道は綺麗に手入れされ、掃除も行き届いている。ちょっと見ただけでは不審な箇所は何処にも見当たらない。
俺達はニ周巡って鯨の前に戻ってきた。
「なあ、そもそも人魂って言うのは何なんだ?」
そう言うと、井上は呆気に取られた顔をして吹き出した。
「ははっ、瀬尾!
それが分かったら苦労はないさ!
ただ昔は人を燃やして埋葬する際に燃え残ったリンが空中に漂う現象だと言われていた。
でも最近では電磁波によるプラズマ現象だと言う説が有力らしいけど、それだって科学的にちゃんと証明された訳ではないんだよ」
「へえ?プラズマって事は電気とか電磁場とかそういうもんが関係してるって事か?」
「そうだね、君の言うように、プラズマは電磁場に影響される。
そして人間には生体電位や脳波など電気的なエネルギーが存在する事は証明されている。
その人魂自体も人から生じた物ならば、何らかの電気的エネルギーを発しているのかもしれない。そう仮定するならば、人魂現象も絶対無いとは言い切れない」
「まあ、ちょっとロマンに欠けるけど、リンの燃えカスよりは遥かに良いな」
そんな事を言いながら、俺はふと鯨の向いている方角が気に掛かった。
「なあ、ちょっと聞いて良いか?狛犬の視線って、決まった方角を見ていたりするものか?」
「ん?…何か気になるのか?」
「いや、この鯨の視線って宗教的な意味でもあるのかと思って…」
俺はホラと、鯨の視線の先を指し示した。
だがそこは一際緑が深い場所で、じっと目を凝らしても暗闇の先は何があるのか見通せない。
「宗教的な意味なんて無いと思うけど、見に行ってみる?」
俺達が吸い寄せられるように茂みへと歩いて行くと、遠くからでは分からなかったが、折り重なる木々の隙間に真っ黒い壁のようなものが現れた。
「何だ?アレは…壁…?」
俺達が近づいていくと、それは高さが2メートル、幅と奥行きが1メートルほどの真っ黒な壁というより立方体をした物体だった。言い変えるなら馬鹿でかい墓石とでも言うのだろうか。その表面は真っ黒で御影石のように見えた。
「こんな物が視界を塞いでいたんだから、向こうが見通せないのも当然だな」
そう言って俺はその表面に触れてみた。それはひんやりとしていてやはり墓石に触れているような感触だった。
だが驚いたことに、その表面にはびっしりと漢字や見たことのない呪文のような物が彫られていたのだ。
俺はそれを追いかけるように恐る恐る指先で辿ってみた。
ところが俺の指先はある図形の上で止まってしまったのだ。
ある図形。それは五角形の星形をした図形だった。見たことのある図形だった。
俺はそれを見た瞬間、ぞわりと全身に鳥肌が立った。
「…い、井上、このマークは五芒星ってヤツじゃ無いのか…?」
五芒星は陰陽道におけるあらゆるものの魔除けや魔封じ、強力な結界を敷く時などにに用いられ、かの有名な陰陽師、安倍晴明の家紋でもある。
陰陽道は神道とも深い繋がりがあるとは言え、こんな場所に五芒星がある事自体がただならない。
「そうだな、それに二重のしめ縄が巻いてあるところを見ると強力な何かを封じているように見える」
井上が巻いてあるしめ縄を指で撫でた時だった。ブーンと言う低い唸りと共に、しめ縄に吊るされていた
「わっ!」
井上と俺は驚いて後ずさった。
それは何かのスイッチでも入ったような低いモーター音で、その電気振動現象はは暫く続くとピタリと止んでしまったのだ。
「なあ、井上。生徒達の言っていた生暖かい風の正体はこれじゃないか?
この振動が空気を伝わって鼓膜や皮膚に何らかの刺激を伝えたとは考えられないか?」
「ああそうだな、それこそが電磁波である証拠だ。
波の音が聞こえたと言うのは電磁波のノイズとも考えられるね。
この馬鹿でかい墓石の下に大量の電気を必要とする何かがあるんじゃないのかな」
自分たちの新しい推論に興奮していた俺達は、急いで足元に無造作に伸びていた下草を分け、周囲の砂を払うとコンクリートの土台らしきものが現れた。
更に驚いた事にはその黒い物体を動かした形跡があるのだ。
コンクリートの土台を横にずらしたような引きずったような跡がくっきりと残っていたのである。
「これは怪しすぎるだろう。こんな奥まった場所に隠すようにこんな物があるなんて…!」
「もっと周りを綺麗にしてみよう!この下には絶対何かあるよ!」
そう言って俺達が身を屈めた時だった。何者かの足音が二つ、こちらに近づいて来る気配がした。
俺達は咄嗟に近くの大木の幹へと身を隠した。
「近頃変わった事はないか。例の生徒の一件もあるし、何故か嫌な予感がしてならん」
何処かで聞き覚えのある声に、俺達は目を見合わせた。
「龍神祀りも近い事だ。くれぐれもあんな事が起きないようにしないとな」
「はい、承知しております」
何か意味深な会話だった。例の生徒とは佐々木の事だろうか。あんな事とは毒殺のことか?
しかもそれを話しているのは学園長とフランケンだったのだ。
二人は話しながら例の物体の前へとやって来ると、フランケンは辺りを警戒しながら巻いてあるしめ縄を解いた。
何をしようとしているのか、俺達は息を殺し固唾を飲んで二人を見守った。
やがてフランケンは足元で何かしたかと思うと己の肩をその物体に押し当ててゆっくり、ゆっくりと重そうにそいつをずらし始めたのだ。
ジリジリとコンクリートの上を少しづつ何かが滑る重たい音が聞こえ、俺はあの物体をどうやって動かしているのか見ようと少しだけ身体を動かした。
その時だ、つま先に触れていた小石が僅かに転がった。
その音は降りしきる蝉の声にかき消されるはずと思ったのに、フランケンはハッと俺達の隠れている方を鋭く睨んだのだ。
「誰かいるのか!」
俺達はますます隠れている幹に身を縮こませた。
見えているはずがない!
見えているはずがない!
そう唱えたが、フランケンがこちらへとやって来る足音が大きくなっていく。
「どうしたんだ!」
「学園長、少々お待ちを。
ちょっと見てまいります」
その野太い声に俺達は額だけではなく全身に嫌な汗が流れ、固く目を瞑って耐えていた。
フランケンの気配が近づいて来る。一歩、二歩、三歩…。
来る…!
来る…!!
来る!!!
そして数秒の沈黙。
俺達は確実にフランケンにバレたと思ったのに、声をかけて来る様子がない。
助かったのか?
俺達が恐る恐る上げた視線の先にいたのは、木の傍らに立ってじっとこちらを覗き込んでいるフランケンの二つの殺気を帯びた目だったのだ。
悲鳴ひとつも上げられない。
俺達は今にも口から飛び出しそうな心臓を必死で手で押さえ込んでいたのだった。
「不破、どうした」
園長はフランケンの事を不破と呼んだ。
緊張感漲る中で、唯一それだけが俺の頭の中に残ったのだった。
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