第17話 限りなく黒に近い白
「本物ってどう言う意味ですか?この前の龍神祭りは偽物って事ですか?」
「そうじゃないのよ井上君。あなた達の知ってる『龍神祭り』とは根本的に違うの。
この前行われた学園祭は『龍神祭り』私が言っているのは『龍神祀り』」
そう言いながら先生は飲み物の敷かれたコースターにその文字を書いて見せ、更には意外なことを口にした。
「これは古くは『鮫人祀り』とも呼ばれているもっと宗教的な意味合いのあるお祀りのことなのよ」
——『鮫人祀り』——
俺と井上の間に衝撃が走った。龍神神社の御神体がどこかの時点で鮫人から龍神、にすり替えられたと言う仮説を立てていた井上の目が大きく見開いた。
「鮫人って、人魚のことですよね…!
それは、どう言う祀りなんですか…?」
食らいつく井上に緑川先生はたじろいだ。
「いえ…いえね、私も詳しくは知らないのよ?
ただ何年かに一度、島の何処かで古くからの島民達だけで密かに行われている鎮めの儀式があるらしいと言う事だけで…。
無論、私は祀りに参加したこともなければ見たこともないし、だいたい余所から来た人間はその存在すら知らないと思う」
その話を腕組みをしながら聞いていたママが納得げに頷いた。
「ああ、そう言うの私は何となく分かる気がするわ。
島に暮らしてると肌で感じる時があるの。昔からここに住んでる島民と、他所からの移住者の間に距離を感じると言うか壁を感じる時があるのよね。
皆表向きは同じ島民のように見えても、その実情は新旧真っ二つ。そんな風に感じる事があるわ」
「ええ、その感覚は正しいと思う。
学園内でも他所から赴任してきた普通科の先生たちと、島の出身者で固められている雅楽科の先生たち。
学園は真っ二つに分かれているのよ」
学園に在籍していながら俺たちは教師間にそんな目に見えない境界がある事など何も知らなかったのだ。
「でも先生は他所から来られたのに雅楽科の先生じゃないですか」
俺の問いに先生が苦笑いした。
「私はイレギュラーな存在だったのよ。
私も最初は普通科の教師として学園に来たのだけれど、当時雅楽科では人手が足りなくて、私が神楽を習っていた経験があると言ったら、急遽雅楽科に配属されたの。
今年の学園祭の巫女舞の指導を終えた時点で普通科に戻されるはずだった。
当然神社は宮司を始め
そんな閉鎖的なコミニュティーの中に海堂君は五島家の一員として迎えられた。それだけでも彼が特別な少年だと言うことは分かるわよね?」
この時誰もが考えたのは、やはり海堂は限りなく学園や神社側に近い、『敵側』の人間なのでは無いだろうかと言う事だった。
ますます音無は険しい表情になりながら緑川先生に詰め寄った。
「ならば、あの海堂少年と言うのは、龍神神社にとって何だと言うのですか!」
「…前に学園長が言っているのをこっそり漏れ聞いたことがある。
本当はきっとこれだって私が知ってはいけない事なのよ」
「鎮めの儀式…?それは何ですか?鎮めると言う事はその対象があるって事ですよねえ?
それはいったいどんなものなんですか?」
「ごめんなさい。私が知っているのはこれだけなのよ」
音無だけではなく俺も井上もその話に集中していたその時、裏口を叩く小さな音が聞こえた。
コンコンコン…
俺たちの中に緊張が走り、互いの見交わす顔が強張った。
「誰かしら…。裏口から来る人なんてあまりいないのに…」
ママは怪訝そうな顔をしてドアを見つめた。
ここは音無や俺たちにとってアジトも同然の場所だ。ここが見つかってしまったら何もかもが水泡に帰するのだ。
「皆んなカウンターの向こうに隠れて…。私が出るわ」
そう言うとママは気合いを入れるように髪をキュッと一つに束ねた。
トントントン…。
再び小さく三回、ノックの音がした。
ママは裏口のドアノブに手をかけながら扉の向こうの何者かに問いかけた。
「……はい、どなた?
ごめんなさいね、お店まだ開けてないんだけど」
「……あ、あの、僕です。海堂です…」
遠慮がちに聞こえたドア越しの声は、今しがた噂をしていた海堂本人の声だった。
皆が無言でザワついたのは言うまでもなかった。
(どうするの?!開けて良いの?!)
まだドアノブに手をかけたままのママが悲痛な顔で俺たちに助けを求めて来た。
今の時点では、海堂が敵か味方か分からない。だが限りなく黒なのではないか?
カウンターから出てきた音無が口を真一文字にして「入れるな」と首を横に振ると、すかさず井上が小声で待ったをかけた。
「待って下さい!
今日僕らが来たのは死人の出たすぐ後に祠が建立されているのでは無いかと言う情報を音無さんに知らせる為でした。
でも、その事を僕らに教えてくれたのは他ならぬ海堂君なんですよ。
僕は彼を敵だとはどうしても思えない」
だが緑川先生は不安そうな顔をしていた。
「…やっぱり海堂君を仲間にしたのは危険な事だったんじゃないの?」
方向性が中々定まらない。これ以上海堂を待たせれば不信感を抱かれる。
ママは困り果てた顔でさっきからドアノブを握りしめて窮していた。
(〜〜どうするのよ〜!)
「今更だ。もし彼が敵だとしたら今更もう遅いと俺は思います」
居ても立っても居られなかなった俺は、ママに代わってドアを開け放っていた。
これが吉と出るのか凶と出るのか。もしも凶ならば、軽率だったでは済まされないぞと思いながらも。
「海堂…。今日は来られないはずじゃあなかったのか」
「あ、瀬尾先輩。遅くなりました。天羽様の都合で急遽授業が無くなって…」
そう言って、疑いをかけられている事など知らない海堂は、罪のない瞳で俺を真っ直ぐ見つめて立っていた。
きっと何か誤解があるんだ。海堂は俺たちを欺いているわけじゃない。
井上ではなくとも、俺ですらそう思えるほど、海堂の風情は純真そのものだったのだのだ。
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