第16話 本物の龍神祀り?

 其々が置いた石が無くなっていれば「ピンクヴィーナス」で会おうと言う約束の元、神楽の課外授業があるとかで来られなかった海堂を残し、この日は俺と井上の二人で「ピンクヴィーナス」に再訪していた。

 相変わらず寂れた雰囲気の漂う商店街だが、俺達は最新の注意を払ってこっそりと裏口から中へと入った。


「あら、いらっしゃい。中でお待ちかねよ」


 ママに促されて中へと入った店内は紫煙に煙り、その中でソファに座る音無と、差し向かいに座る何者かの頭が見えた。


「来ましたよ」


 音無に促されるとその人は立ち上がり、ゆっくりと俺達に振り向いた。


「…お久しぶりね」


 その声に聞き覚えがあったが、一瞬誰だか分からなかった。


「え…っ。

み、緑川先生?!」


 答えを躊躇するほど先生の容貌は変わっていた。

 腰まであった長い髪はバッサリとショートになり、薔薇色をしていた頬は痩せこけ、落ち窪んだ目元は疲れが滲んでいた。

 あの溌剌とした姿からはほど遠く、「お元気でしたか?」と聞くのさえはばかられ、代わりに俺は「どうしたんですか?!」と口走っていた。


「ちょっとね、色々とあって…」


 そう口ごもる彼女の代わりに音無が答えた。


「学園側に狙われたんだよ。いや、殺されかけたと言うべきかな」


「ええ?!それはどう言うことですか?!」


 咄嗟に俺が叫ぶと先生は、これまでに何があったのか話し始めた。


「学園を辞めた次の日には私、郷里に帰るつもりで船着場に行ったのよ。

あなた達も知っての通り本土と鮫人島は定期便のクルーザーが一日に五往復しているわ。でも…

この日もう一隻小型のクルーザーが私を待ってたの。

私を労うために学園が用意してくれたんだってクルーザーの船長が言ったんだけど、おかしいと思わない?

辞めていく、しかも辞めさせられた人間に学園がそんな事をするかしら…。

佐々木君の事や海堂君の事もあったから、不審に思ってその申し出を丁重にお断りしていつもの定期便に乗ったんだけど…」


 段々と話すのがしんどそうな緑川先生に代わって音無が先を続けた。


「船を降りた先生は電車に乗り換えようと駅に向かったんだが、そこでホームから線路に誰かに突き落とされたんだと。

運良く電車とホームのわずかな隙間に命を救われ軽い擦り傷で済んだものの、下手をすれば本当に死んでいた」


 その時の恐怖を思い出したのか、先生は立っている事ができずにソファへとへたり込んでしまった。


「あの時、確かに誰かが私を突き飛ばしたんです。でも、誰もそれを証明できなかった。

防犯カメラにも映っていなかったし、目撃者もいなくて…。その後は警察に事情だけ話して帰されたの。

その直後から誰かにつけられている気がして…それで私が振り向いた時、あの人が立っていたんです。

あの用務員で、男子寮の監督官の…」


 その時、俺の頭の中にはあるイメージが浮かんだ。

 陰気で灰色の作業服を着た大男が人混みの中、頭一つ頭抜けて立っている姿が!


「フランケン!」

「そう、そうなの。あの人が立っていたのよ。

私は怖くなって実家に帰らずにずっとあちこちのビジネス旅館やラブホテルなんかに転々と泊まり歩いていたのよ」

「お陰で俺は苦労しましたよ!

手に入れたアナタの写真一枚で探すのは実に骨が折れました。

緑川先生、アナタに会えたのは奇跡でした。偶然、俺の本土での定宿に先生が泊まっていたなんてね!」


 そんな話を聞かされてもにわかに俺に実感が湧かなかった。サスペンスドラマじゃあるまいし、そんな事をするものだろうか?やはり先生の勘違いなんじゃ無いだろうか?

 そう思ったら俺は聞かずにいられなかった。


「でも、でもですよ?仮にそれが本当だとしたら、命を狙われるような秘密を先生は知っているって事になるんですか?

先生はこの事件の何を知っているんですか?」


「……海堂君の事よ。

多分。彼の事を私は知り過ぎたんだと思う」


「え?」


ドクン。


 その時、俺の心臓の音が聞こえた気がした。



「え…それはどう言う事ですか?」


ドクン。


「彼は学園にとって…いえ、龍神神社にとって必要な人間なのよ。だけど…」


ドクン。


「生かさず、殺さず。

あの子について、学園長にそう言われたの」


『生かさず、殺さず…?』

それはいったいどう言う意味だ?

 俺の脈動する体の中で、何かがザワザワと騒めいた。

 最初は疑った事もあったが、今となっては俺の中の海堂は、「仲間」であり、「敵」では無いはずだ。

 今更彼を疑った事はなかったのに、先生の発言が俺の気持ちを一瞬だけひずませた。


「ええ?!それはどう言う事だ?!

君達!あの海堂君って子は敵側の人間だったのか?!

もしかして学園側のスパイか?!

だとしたら俺達は終わるぞ!五年間の潜伏生活が、パァになるんだぞ!」

「そんな事ありません!彼だって怯えてたし、学園の事を怪しんで探っていたんですよ!彼は僕らの仲間ですよ!そんな事は…」


 音無は髪を掻きむしりながら叫び、井上はしきりにに海堂を庇い、そして緑川先生は、思いがけず海堂と言う名前を聞いて慌てていた。


「ちょっと待って、井上君。海堂君が仲間ってどう言う事なの?私はあの時、海堂君を深掘りするなって言ったのよ?」


 井上と音無、そして緑川先生の其々の焦りが入り乱れていたが、少なくともここにいる皆んなに動揺が広がった事は確かだった。


「そう言えば今日は海堂君はどうしたんだ?」


 音無は気持ちを落ち着かせながらも海堂がここにいない事に気がついた。


「彼は今日、神楽の特別授業があるって…」


 そう言いかけた井上に、緑川先生が話をかぶせて来た。


「特別授業…?

ソレよ!彼は多分今頃龍神祀りのお稽古をしているんだわ!」


『本物の龍神祀り…?』



それはいったいどう言う事なんだ?!


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