第15話 五十三基の祠と命
井上は以前学園の七不思議の話をしながら見せてくれた例の地図を机の上に広げた。
初めて見せられた時には気が付かなかったが、そこには沢山の青い点印がマーカーで書き込まれていた。
「まさか学園祭の不発弾がここで役に立つとはね。この地図も無駄にならなかったな」
「これは何ですか?」
初めて目にした海堂は地図を眺めてから不思議そうな眼差しを井上に向けた。
「この青い点は全部島にある祠の位置だ。全部で五十二基ある」
「五十二?!尋常な数じゃないな…!本当にこれだけの人間が殺されたのか?!」
俺が声を上げている横から海堂が細い指先を伸ばし、その地図上の一点を指し示した。
「五十三基です。ここに新しい祠が立てられましたから。そしてこの一番近くにあるこの祠が、五年前に立てられた物でした」
それを聞くと井上はすかさず示されたその場所に新たな点を書き加えた。
誰が何のためにこんなに沢山の祠を建立したのか。以前、井上は盛んにそれを俺に言っていた気がする。
入学当初から彼が一人でせっせと学園と神社、更に島の事を調べ回っていたのを俺は知っている。
その当時は正直井上がやっている事の意味や意義が分からなかったし、彼自身も漠然と調べていたにすぎなかったのだろう。
だが思わぬ形でそれが役に立とうとしているのだ。
いや、そうでは無い。井上は当初からこの島の奇妙さに薄々気がついていた。
「しかし井上、この全部の祠の建立年月日を調べるなんて骨が折れるぞ」
「だから、手分けして調べるためにこの地図を広げたのさ」
そういうと、井上は鉛筆書きで島を三分割にしながら俺たちに視線を送った。
「分担して調べよう。学園内は瀬尾君が、学園の周辺の山側は僕が。そして、海堂君は
三人で行動するのは危険だからね、僕らが学園側に目をつけられればきっと音無さんにも危険が及ぶ。ここは慎重に調べよう」
井上は冷静沈着で洞察力や決断力に長けていた。先見性があり、柔らかい物腰に見合わず素早く判断し、少しの躊躇もない。
井上は同級生ながら俺には学ぶところが沢山ある人間だった。いつか大人になった時、こんな男になれたなら…。その時の俺は心から彼を羨望していたのだ。
俺達はそれぞれに二日かけて祠を調べ、再び部室に情報を持ち寄った。
地図の祠の印の横に建立された日付を書き込んで行き、それを年表に起こしてみると突出して建立した数が多い年がある事が分かった。
井上が一つ一つ地図の場所を指て示しながら読んでいく。
「まずはこの辺りだ。一番古い祠は慶応元年にいっぺんに二十五基もの祠が
「慶応元年って何時代だ?」
歴史が苦手な俺には恥ずかしながらさっぱりだったが、すかさず海堂が答えた。
「僕知ってます。明治が目前に迫った江戸の末期です。この前歴史で丁度習いました」
「そう、君の言う通り江戸時代だ。その次に古かったのは明治四年に七基。
そこからだいぶ空いて昭和二十年にも一度に十五基の祠が建立された」
「それなら俺も知ってるぜ?昭和二十年といえば東京大空襲のあった年だ。俺のオヤジがそんな事を言っていた」
海堂と張り合うつもりはなかったが、先輩としてここを答えられた事は、俺のささやかな自尊心を保った気分だった。
井上は俺を見て頷き、さらに続けた。
「次いで昭和三十年には三基建立された。これは僕が知ってるよ。
この年は神社の敷地内に龍神学園が建設された年だ。
それから昭和四十一年と昭和五十年に其々一基。
そして問題はこの平成五年の祠だ。これは海堂君が確認していたママの恋人が亡くなった年に建立されていて月日も一致している。
そしてこれが平成十年。つまり今年、佐々木の死んだ後に立てられた一番新しい祠だよ」
井上が読み上げ終えた後、暫く俺達は黙りこくった。
この数字が何を意味しているのか其々の頭の中で悶々と考え込んでいたが、少し重い空気の中で俺が口火を切った。
「この二十五基が最初の祠だとすると、この慶応元年にこの島に何か大きな変事があったってことだろう?役所に行けば何があったか分かるんじゃ無いか?」
俺がそう言った時、「実は…」と井上が話しを続けた。
「…実は僕もそう考えて、役場の記録を調べに行ったんだけど…。
慶応元年の記録だけがすっぽり抜けてたんだ。その後の年代も調べてみたけどその他の祠が立てられた年の記録が歯抜けになっていて全く分からなかったんだ」
どう言う事だろうか?
それを聞いた俺と海堂は思わず目を見合わせた。
「そんな事…、おかしいですよ。
だってそんなの…ますます怪しくありませんか?」
「お前、役場の人に詳しい事を聞いてみなかったのか?」
俺がたたみ掛けると井上は難しい顔をして首を横に振った。
「聞こうと思ったさ。けどやめた。
…ママの言葉を思い出してしまってね」
「ああ、島の人達に見張られてる気がするって、アレか?」
「うん…。考えすぎかもしれないけれど、あの言葉を聞いてから何だか島民全ての視線が気になってしまう。俺達の行動全部を見張られているような気がしてならないんだ」
それは井上だけではない。確かに俺もそうだった。
給食のおばちゃんの視線や売店のおばちゃんの笑顔ですら不自然に感じてしまう。
皆んなママの言葉の呪縛に囚われて考えすぎているのだろうか。
不意に思い出したように海堂が呟いた。
「あの時の駐在さんも何だか変だった…」
いったい誰が味方で誰が敵なのか分からない。あの時そう言って怯えていた海堂の気持ちが今更ながら俺にも分かった気がした。
「インターネットで調べてみるのは?」
海堂の一言で俺と井上がハッと顔を見合わせた。
この当時、インターネットはこんなに世の中に氾濫していたわけではなく、一般への普及は1990年代の後半になってからの話だ。
パソコンがあり、それを操作できる人なり環境が無ければ、携帯電話すら持っていない学生の僕らにはネット検索は特別なものだったのだ。
「これこそ音無さんにお願いすれば良いんじゃないか?
学園の外の事は調べてくれると言っていたし、パソコン環境だってこの学園よりはマシなはずだ」
音無と別れる時、俺達はちょっとした取り決めをした。
それは俺達が音無に会いたいと思った時には龍神神社の鳥居の足元に、音無しが俺達に会いたいと思った時には下宮の鳥居の足元に、其々に特徴的な三角形の黒い石を置いておく、と言うシンプルな決め事だった。
今ならばスマホをお互いに持っていれば、こんな事などしなくても済む。
食堂のピンク電話は筒抜けだし、外から掛かってくる電話は必ず取次がある。
危険を避けるためとは言え、何ともまどろっこしい時代だったのだ。
だが、この時はこんなアナログな方法しか俺達は思いつかなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます