第14話 海堂の大手柄
こんな話の流れになるとはここに来るまで思っても見なかった。だが信じ難い話も、これまでの出来事を思うと自然と納得出来たし、彼らが出まかせを言っているようには思えなかった。
いや、寧ろ大人に協力者が欲しいとさえ思っていた俺たちにとって渡りに船のような二人だった。
俺達はこんな凄い話と引き換えにするには気恥ずかしかったが、死ぬ前の佐々木の様子や、生徒達には詳しい事は何も聞かされなかった事、緑川と言う雅楽科の先生が、学園長と揉めた次の日に辞めさせられた話などをした。
「そうか、その緑川先生という人はきっと事件についてもう少し詳しい事を知っているかもしれないな。
俺が接触してみよう」
音無がそう言うと俺達は力強く頷いていた。俺達も正しくそこが気になっていたからだ。
その他にも色々と聞きたい事や話し足りない事もあったが、そろそろ門限が迫る時刻になっていた。
さりげなく井上が腕時計を気にする素振りを見せると、察した音無が最後にこう提案してきた。
「俺達は学園の外の事を、君らは引き続き学園の内部を探ってくれ。
そしてまたこの店で落ち合って状況を擦り合わせよう」
そう言う音無の肩越しにママが少し不安げな顔を覗かせた。
「アンタ達、くれぐれも危ない真似はしちゃダメよ、情報よりもアンタ達の安全の方が大事なんだからね」
別れ際にママがそう言って俺達を気遣ってくれたが、音無の目は少しくらい危険を犯しても情報が欲しい。そう言っているように思えた。
こうして音無とのファーストコンタクトは一時間半で終わりを告げ、またあのボロい裏口から外へと俺達は外はと吐き出された。
暗い路地を一歩出ればさすが夏の太陽はまだ世界を明るく照らし出していた。
だが可笑しな感覚だった。頭の中と目の前の風景が繋がらない。
買い物カゴを下げた女の自転車が目の前を通り過ぎ、仕事帰りの疲れた顔の男や日焼けした漁師が通りを行き交っている。
まるで俺達は白日夢でも見ていたような気分だった。不思議な国のアリスのように、今まで俺達は別世界にいたのではなかろうか。そんな心持ちだった。
俺達はしばらく黙って歩き、やがて別れ道に来ると井上が徐に口を開いた。
「…さて、僕らは寮に戻るけど、海堂君は一人で帰れるかい?大丈夫?」
そんな事を言う井上に海堂は少しおかしそうに笑った。
「井上先輩は心配性ですね、僕は子供では無いので大丈夫です」
「いや、そう言う意味ではなくて…。
ここに来てから君はずっと顔色が優れなかったから」
そう言うと、嘘をつけない海堂の瞳が微かに揺れ動いた。だが次の瞬間、海堂は殊更に笑顔を作って「大丈夫ですから」と言ってペコリと頭を下げ、下宮へと帰って行った。
去って行く海堂の後ろ姿を井上は長い事見つめていた。
「……なあ、さっきもお前、海堂の事を気にしてたな」
「え…?
そう言うお前だって気にしてたじゃ無いか」
「俺は…」
俺はアイツを気にしているお前が気になっただけだ。
そう言いたかったが何故か言葉にはならなかった。
「彼は僕らにまだ話していない事があると思うぜ?
それが何か気になったんだ」
「…確かにな。
俺もあいつはまだ何か重大なことを隠してる気がするぜ」
そうじゃ無い。
そのことよりも俺は…。
勿論事件のことが大半を占めてはいたが、同時に友と美しく未だに謎めいた所のある下級生の事が気になって仕方がなかった。
彼は本当に何者なのか、時々海堂を見つめている井上は、彼のことを本当はどう思っているのだろうか。
そして何故二人のことがこんなにも俺は気になるのか、あの十七歳の夏、俺の中では処理しきれない沢山のことで頭がはち切れそうになっていた。
◆◆◆
『高天原に神留まり坐す〜〜
皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を神集へに集へ給ひ〜〜……』
朝六時、龍神神社はこの祝詞の唱和の声で朝の目覚めを告げる。
これは大祓詞 《おおはらえことば 》という祝詞で、巫女や禰宜達が本殿に一堂に会して行う朝の祈りの唱和だ。
その声が掃除が行き届いた社殿や、平らに敷かれた真っ白な玉砂利や、青々と茂る緑の中を清々しく駆け巡り清めて行く。
それが終わると大方は神社の清掃などに従事し、一部の巫女達は島に点在する沢山の祠に参って
俺達は寮に入った日から、その声を聞きながら朝を迎える。
だが、今はそんな神社の顔が全く違うものに見える。この精錬潔白で無垢な顔の下にはどんな禍々しい顔が隠されているのだろうか。
だが今日がどんな目だろうと授業は淡々と行われ、一日が過ぎて行くのだ。
俺達はこれから自分たちが何をすべきか話し合うために放課後の部室で昨日の事を議論していた。
「昨日、ママの恋人が言っていた『面白い場所を見つけた』って話、覚えてるかい?
あれ、佐々木君が言っていた僕に聞かせたいスクープと同じものじゃ無いかって思うんだよ」
昨夜一晩頭の中で考えたであろう事を井上が言いかけた時だった。部室のドアを忙しなくノックする音がした。
「先輩!井上先輩!瀬尾先輩!僕です!僕海堂です!」
それは切羽詰まった海堂の声だった。
慌てて俺が部室のドアを開けると息を切らせた海堂が部室に飛び込んできた。
「あのっ、あの…、今朝、祠が一つ新しく立てられたの知ってますか?」
それが海堂の第一声だった。訳がわからない。
取り敢えず俺達は海堂を部室に招き入れ椅子に落ち着かせた。
「祠が何だって?落ち着いて喋ってみろ」
俺が紙コップに入れた茶を勧めると海堂は一気に飲み干した。
「今朝、巫女達と島の周りの祠に祈祷しに行った時、新しい祠が一つ建立された事に気がついたんです。
それで何気に建立した年を見た時に気がついたんです。
新しく立てた祠は佐々木先輩のために作られたんじゃ無いかって。
それで近くのまだ新しそうな祠も見て回ったら、五年前にも立てられた祠があって、多分それがママの恋人の祠なんじゃないかと…。
要するに、要するにこの島にある祠は死んだ人間の数だけ立っているんじゃ無いかと思うんです!」
そう一気に捲し立てた海堂の言葉に俺達はゾッと鳥肌がだった。
「そんな…、だってこの島には結構な数の祠が立ってるんだぜ?そんだけの人が殺されたって言うのか?」
流石の井上も冷静さを失っていた。
「これは調べてみる価値はありそうじゃ無いか瀬尾!
何年に何人死んだのか分かれば、何故死んだのかその年に何があったのか調べられるかもしれない!それが突破口に繋がるかもしれないぞ!」
初めて手掛かりを得た。これがどう繋がるのか今はまだ分からないが、気がついた海堂の大手柄だった。
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