第12話 毒の正体
「もしもし?
もしもーし!あれえ?切っちゃったのかしら」
絶句したまま二の句が告げられなかった俺は、女の声に我に返って受話器を握り直した。
「あのっ、そちらは…音無圭一郎さんと言う方の…」
「ああ、な〜んだ、圭さんに用事なの?ちょっと待ってね。
圭さん!ほら、あんたに電話!全くもう、うちの店 はあんたの電話ボックスじゃ無いんだからね!」
「そう固いこと言うなって、良いから早く貸せ」
電話の向こうの声は丸聞こえだ。どうやらこの電話の持ち主はこの男のものでは無いようだった。
「はいはいはいはい、もしもーし!ははっ!本当に電話くれたんだな!ええと、なに君って呼べば良いのかな?」
この音無圭一郎と言う男、第一印象のラフな姿と同じく喋り方も実にラフだった。
「あの、俺は瀬尾と言います。あの時もう一人いた眼鏡は井上と言って、二人とも佐々木の友人です!
あの、それで…。音無さんは佐々木の死因を知っている人ですか?」
俺が単刀直入に聞くと、相手も呆気ないほどに直ぐに答えてくれた。
「そうだ。毒殺だ」
『毒殺だ』その言葉を聞いた途端、絶望的な気持ちになりながらも、ようやく俺の中で何かがストンと腑に落ちた。
心の片隅では知りたく無いと言う気持ちと同時にずっと誰かに決定的に毒殺だと肯定して欲しかった。
「俺は何年か前からこの島について調べていてね、そんな時に佐々木君があんなことになったろう?
あの死に方だ、当然毒殺と公表されると思いきや、一向にハッキリとした事が上がってこない。
おかしいと思ってね。俺なりのルートを使って調べてみたんだが…。
学校内では一体どう言うことになってるんだい?
学校側は取材拒否を続けているし、マスコミ関係者は島にも近づけない。
いま学校の中の様子がどうなっているか知りたいんだよ、俺は!
とにかく一度会えないか?詳しいことはそこで話そうや」
横で受話器から漏れ聞える声を一緒に聞いていた井上が、たまらず受話器を俺から奪い取った。
「何処ですか?!何処に行けば貴方に会えますか!」
「…君が井上君か?」
「そうです、井上です!」
「俺は商店街の中にあるスナック『ピンクヴィーナス』に厄介になってる。裏口を開けておくから用心して来い。学校に知られるとお互いに面倒だ」
音無と言う男にどんな思惑があるにしろ、互いの利害が一致している以上、俺達は指定された場所に行くしか無いと思った。
佐々木の死に巻き込まれた形になった海堂も連れて行くべきだと考えた俺達は、フランケンが非番の日を狙って三人でスナック『ピンクヴィーナス』へ行くことになった。
その店はすぐに見つかった。
僅か200mで終わってしまうような商店街の外れにあるその店は、間口の狭いドアが一枚と悪趣味なステンドグラスの飾り窓が一つあるだけの、地方には有りがちな安っぽい外観の店だった。
「瀬尾、本当にここで良いのかな」
開店前でまだ看板に明かりも灯っていない店は一見するともう潰れてしまったように生気が感じられない。
だが立て看板にはアールデコ調の文字で間違いなく『Pink💋Venus』と言う文字が踊っていた。
「間違いないようだぜ?
裏口から来いって言ってたな」
「店の裏って…ここ…ですか?」
恐々と海堂が指をさした先には店の脇に走る細長い路地、というより猫道ほどの隙間だった。
その先に目を凝らすとまるでホラーゲームのダンジョンのようだ。奥へと続く暗闇の先にフワフワと明滅している微かな明かりが見える。
三人のゴクリと生唾を飲みむ音が聞こえた気がした。
お互い顔を見合わせ頷いてから暗がりに足を踏み入れた。
明滅する蛍光灯を目指して行くと、傾きかけたボロボロのドアの前に出た。躊躇しながらも俺はドアをノックしてみたが誰も出てくる気配がない。
「留守…なのか?」
何度かノックを繰り返し、不安に駆られた頃ようやく中からドアが開いた。
「は〜い、お待たせ!
あら、可愛い男の子達ね。いらっしゃい。圭さんのお客さんね?中へどうぞ」
出て来たのはあの聞き覚えのある酒焼けした声の女。いや、男だろうか?背が高く肩幅も広い性別不明な人間だった。
「おう、来たか!入れよ。まだ店やってないから遠慮せず」
「遠慮せずってねえ、アンタが言うか!ここ私の店なんだけど!」
要するに、この人はこの店のママと言うことなのだろう。
そのママを押し除けるように咥え煙草の音無が顔を出した。
取り敢えず俺達は薄暗く、ムーディーな店内へと通された。外観と同じく安っぽい壁紙に安っぽいシャンデリア。
狭いカウンターの後ろにはズラリと酒のボトルの並んていて狭いフロアに置かれたカラオケがいっそうフロアを狭く見せていた。
勧められるまま俺達は使い込まれた皮のソファへと腰掛けた。
初めて目にする大人の世界に三人とも訳もなく緊張していた。
「はい、お酒と言うわけにはいかないからあなた達はジュースね」
そう言って、ママは店の名入りのコースターにいそいそとジュースを置いた。
「悪いけどママは奥に行っててくれ。この子達と話があるから」
間借りしている割には偉そうな物言いで音無はママを奥へと追い払った。
ママはそんな音無にプリプリと怒りながらも俺達には愛想を振り撒いて奥へと引っ込んで行った。
「君も来たんだね海堂君」
「あの音無さん。今日は海堂君の撮影はしないで下さい」
井上が音無に釘を刺すと、音無はバツがが悪そうに頭を掻いた。
「いやあ、この前は失礼したね海堂君。つい麗しの男巫女を目の前にしてにライターの血が騒いじまってね。
約束しよう、今日は撮影も録音もしない」
そう言うと、手にしていたカメラをテーブルの上にゴトリと置いた。
「さて、何から話そうか。
…そうだな、まずは毒殺が分かった経緯から話そうか」
そう言うと、音無は目の前の子供に憚る事もなく咥え煙草の煙を吐き出しながら話し始めた。
「まずは、佐々木君の死因だが、彼は経口毒ではなく、経皮毒で亡くなったらしい。
要するに口からではなく皮膚から入り込んだ毒で亡くなったと言うわけだな。
そしてその毒の名前を『
佐々木君の指先や爪からその鱗毒が検出されていた」
そう言うと音無は一枚の遺体検案書らしきものをペラリとテーブルの上へと置いた。
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