第11話 ピンクヴィーナス??
「黙れ!こいつ!早く来んか!」
今、聞き捨てならない言葉を聞かなかったか?佐々木の…なんて?
初めてちゃんと大人の口から佐々木の「死因」と言う言葉を聞いた気がした。
それは今、最も俺達が知りたい事だ。俺の足が勝手にふらふらとその男に引き寄せられたその時、どん!と警棒を握った警官の拳に俺の胸は押し返された。
「寮に今直ぐに帰りなさい!これ以上駄々をこねると学校に連絡して迎えにきてもらうことになるぞ!」
「あの、でも今…彼が重大な事を…」
「いいから帰りなさい!」
駐在は全く耳を貸そうとはしないどころか、今度は警棒を振り回して俺たちを追い払おうとしたのである。
「ほらほら!帰った帰った!」
「待って下さい!僕ら彼の話が聞きたいんです!少しだけ…」
「ダメだ!子供には関係無い!」
カチンと来た。子供だから何だと言うのだ。今この島で佐々木の死は何よりも優先すべき事件なのではないのか?
死因を知っていそうなこの男の話を聞く事と、俺達を追い払う事のどちらを優先すべきか、この駐在は分かってないのだろうか。俺は頑なに耳を貸さないこの駐在に不審感を覚えた。
「ちょっとちょっと、お巡りさん、彼等だってこう言ってるんだし、待って下さいよ」
「お前も黙れ!話がしたけりゃ駐在所で聞く!とっとと歩け!」
そう言うと、駐在は男の首根っこを押さえたまま振り回すように駐在所へとせき立てた。
「行くよ、行きますってば!痛いなあもうっ!」
「ちょっと待って下さい!お巡りさん!」
なおも俺達が追いかけようとした時だった。引きずられて行く男が駐在の目を盗んで「待て」と俺達に手で合図した気がした。
そしてジャケットのポケットから何か小さな紙切れをわざと足元へと落とし、そのまま大人しく駐在所へと引きずられて行ってしまったのだった。
彼が去った後、直ぐさま俺達はその紙切れを拾い上げた。それは一枚の名刺だった。
・月刊「Saturday」
・東信日報編集部
フリーライター
音無 圭一郎
そう書かれてあったが、その裏には表に書かれてあったのとは違う、この島の市外局番から始まる電話番号が殴り書きされていた。
それを目にした俺はますます駐在に腹が立った。
「ちくしょう、折角死因が分かるとこだったのに駐在の野郎!わざと俺達を遠ざけたとしか思えねえ!」
「ああ不自然だった。うっかり駐在は馬鹿なんじゃないかって思ったけどそうじゃない。
この男の話を僕らには聞かせたく無かったんじゃないのか?」
そう思うと俺達は背筋に寒い物を感じて顔を見合わせた。
夕暮れの鳩羽色の空はいつしか夜空へと移ろいでいた。
もはやここまで来たら慌ててももう遅い。俺達は小言とペナルティを覚悟で明かりもまばらな寮への道を帰路に着いていた。
「なあ、井上。あの男も俺たちと同じように、決め手に欠けているんじゃ無いのか?だから一介の高校生なんかと接触を図ろうとした」
「…うん、だとしても、彼の話を聞いてみたいね。早く帰ってこの番号に電話してみないとね」
確実にこれは佐々木の不審死の突破口になる。そう確信した俺達の足は自然と早足になっていた。
門限破りは三回重なると一ヶ月の外出禁止になる事になっていた。それは覚悟の上だったし、寮長のお小言にも慣れていた。
だが、この日寮の門前に待ち構えていたのは寮長では無く、監督官のフランケンだった。
「三十分の門限破りだな。五分や十分ならいざ知らず三十分となるとうっかりでは済まされん。遅れた理由は何だ」
フランケンはいつもの仏頂面に輪をかけた不機嫌な顔で俺達をジロリと睨んだ。
だから俺は言ってやったのだ。またしても七割の嘘に三割の真実を混ぜて。
「暴漢に襲われましたー。落とし物のお礼に海堂君を訪ねて下宮に行ったところ、そこで変なおっさんに出会して一悶着ありましてぇ…」
「デタラメを言うな、この島でそんなはずがないだろう」
フランケンは胡散臭そうな目で俺達を睨みつけた。だがここで怯む訳にはいかない。
「え?何故そんなはずが無いって、そんなにも確信もって言えるんですか?
今この島が入島禁止になっているから余所者は居ないと思ってるんですか?」
生徒達には何も知らされていなかった入島禁止の事を俺達は知っている。そう匂わせた途端、フランケンのこめかみがピクピクと引き攣るのが分かった。
「本当です。駐在所に聞けば暴漢の事が本当だと分かると思いますよ?」
俺の隣で井上までもがそうしれっと言い返したのを見て俺は目を丸くした。同時に込み上げる笑いを抑えるのに苦労した。
七割の嘘を堂々とついた俺も俺だが井上も負けず劣らずの図太い肝っ玉だと感心した。
あの状況では確かに暴漢に襲われたと言っても嘘にはならない。駐在に聞いたところで違いますとは言えないはずだ。
「後で本当に確認の電話を入れるからな、デタラメだと分かったらお前達は一発退場、三回も待たずに外出禁止だ!」
それしか言えなかったのだろう。捨て台詞を吐いてフランケンは去っていった。きっとこの話は学園長には筒抜けになるのだろう。
その日の夕食も終わり、生徒達が食堂から自室へと引き上げるのを待って、俺達は10円玉をしこたま握りしめピンク色の公衆電話から例の番号へと電話をかけてみた。
二人とも固唾を飲んで呼び出し音が鳴るのを聞いていた。二十回も鳴らしただろうか、ようやく相手と繋がった。
「あのっ、もしもし。さっきの龍神学園の生徒です」
俺が、受話器に齧り付くと電話の向こうは拍子抜けするほど賑やかな音楽とタンバリンの音が聞こえ、素人の歌う下手くそな歌が受話器から吹き出して来て面食らった。
完全に間違えたのかと思った。「失礼しました!」そう言って俺が慌てて切ろうとした時だ。受話器の向こうから声がした。
「は〜い、おまたせぇ〜!スナック・ピンクヴィーナスでぇ〜す!」
それはさっきの男とは似ても似つかない、酒焼けした女のバカに陽気な声だった。
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