第10話 髭面の男

 海堂の住まいが龍神神社の下宮げくうと言うことは、やはり学園長や宮司達と親戚関係にあるのだろうか。


「あのさ、お前学園長の親戚って話は本当なんだな」


その質問に、海堂は酷く答えづらそうに頷いた。


「遠い親戚らしいです」

「…らしい?それはどういう事だい?」

「母が亡くなった時、初めてボクも親戚がいることを知ったんです。

鮫人島の龍神神社下宮の宮司で天羽様あもうさまと言う方がボクの遠縁で二十歳までの身元引受人だって事を…」


 そう、下宮の宮司ならばそれは恐らく学園長の五島一族の血縁なのだろう。

 龍神神社や龍神学園は五島家の同族経営だ。この下宮の宮司や海堂も五島家の人間という事なのだ。


「その天羽ってヤツはお前の味方なのか、それとも敵なのか」


 俺の唐突な質問に海堂は一瞬キョトンとした顔をした。


「え?」

「さっきお前言ってだろうが。俺が自分の敵か味方か分からなかったって」

「ぁ、…そう、でしたね。

…分かりません。でも、学園長は…多分…。ボクの敵…」


 『敵』と言う海堂の言葉に俺の心臓が脈打った。

 咄嗟に脳裏を掠めたのは、立ち聞きがバレた時、俺たちを見た時のゾッとするような薄寒い視線だった。

 佐々木を殺したのは、あの学園長なんじゃないのか?

 

 あの時感じた違和感が訳もなくオレにそう囁くのだった。


「敵とは、どう言う意味なの?」


 井上がその意味を問うた時だった。静けさ漂う境内に玉砂利を踏む足音が響いて俺達は咄嗟に口を噤んだ。


「遅うございましたね、周様」


 しゃがれた女の呟くような声が境内の中から聞こえ、白い巫女装束の女がすうっと薄暗がりの中から現れた。


東雲しののめさん、た、ただいま帰りました!」


 そう答える海堂は、明らかに他人行儀だ。どこかオドオド見えるのは彼がこの家にまだ慣れていないせいだろうか。


「先ほどから帰りが遅いと天羽様が心配されておりました。

其方の方々はお友達ですか?」


 その女は無表情でジロリと俺達に視線を寄越した。


「あ、ぶ、部活の先輩方です…。遅くなったので送っていただきました」



「ーー東雲」


 その時、明かりのついた社務所の小窓からこちらを見ている人影がある事に気がついた。東雲よりも更に年老いた女の声だった。


「天羽様、周様がお帰りになりました」


 そう東雲が返答した相手は薄暗がりの中じっとこちらを見ている。

 遠目に見る下宮げくうの宮司、天羽と言うのは男ではなく老婆だったのだ。

 体格は良いが小柄で背中が丸く、声音や醸す雰囲気に不思議な威厳を放つ印象的な老婆だった。


「送ってくれたのか、礼を言う。もう寮の門限を過ぎておるぞ。お前達も早く帰りなさい」


 それだけ言うと天羽は海堂に声をかける事なく社屋の中へと消えた。

 海堂の言う敵か味方からない。確かにそんな雰囲気の人間だった。

 いったい海堂の言う敵とか味方とか、何の事を言っているのだろうか。


「寮生は門限があるんですよね。遠回りさせてしまってすみませんでした。気をつけて帰って下さい」

「海堂君。…君、大丈夫なの?」


 この家の漂う雰囲気の悪さに井上は不安を覚えたのか海堂を気遣ったが、海堂は儚げな笑みを浮かべて頷いた。

 だがこんな顔をされたら余計に大丈夫だとは思えなくなる。そんな風に笑う海堂にあざとさを感じる。

 それは俺の一方的な感覚なのは分かっているのだが、何故だか俺はそんな事が無性に苛立った。


「じゃあ、何かあったら僕等を訪ねてきてくれ。西校舎一階の階段下がFA研の部室だから。大抵放課後はそこにいる」


フン、井上め、やけにコイツに優しいじゃないか。


 多分、この時の俺は面白くない顔をしていたに違いない。

 そう言って別れようとした時だった。不意に眩いフラッシュが焚かれ、連写モードのシャッター音が俺達に浴びせられた。


何だ?!

マスコミ?!


 佐々木が危険な時に、夢中でシャッターを切っていた不躾極まりないマスコミ連中の事が脳裏を過る。

 咄嗟に頭に血が上った俺が怒鳴ろうとした時だった。先に東雲が迫力満点の声を張り上げた。


「何をするんですか!あなた!止めなさい!」


 だが相手はお構いなしに、執拗に俺達を撮って来る。

 どんな風体なのか見てやろうにも、フラッシュに目が眩んでよく見えない。

 そんな状況の中、男の声だけが一方的に話しかけてくる。


「君、巫女舞を踊った海堂周君だろう?ちょっと話を聞かせてくれないかな」


 そう言いながらも写真の男は遠巻きに場所を変えつつ海堂にシャッターを切った。


「誰か!早くこの男を摘み出して!伊勢!宮下!」


 東雲が声を荒げると同時に社務所から高箒たかぼうきを振り翳したかんなぎ姿の男達二人が玉砂利を蹴散らしながら走ってきた。


「コラー!お前何をしているんだ!今この島は入島禁止になっているはずだぞ!早く出ていきなさい!」


 写真の男は振り回される箒をのらりくらりと交わしながら境内の中を逃げ回りながらも俺達を撮る事を止めなかった。

 だがこの時俺達は初めて知ったのだ。この島が今入島禁止になっていた事を。

 そして同時に学園によって俺達は知らず知らずに情報統制されているのではないかと言う疑問が湧いたのだ。


「伊勢!早く駐在を呼んで来てー!」


 交番はこの神社の都合良く斜向かいにある。伊勢と呼ばれた巫が交番に走って行こうとしていた時、ちょうど騒ぎを聞きつけた駐在が駆け付けて来たのだ。


「またお前か!何度言ったら分かるんだ!どうやってこの島に渡って来たんだお前は!」


 駐在は男を取り押さえながら俺達に声をかけて来た。


「皆さん大丈夫ですか?!」


 駐在の問いに、東雲がつっけんどんに言い返した。


「ああ大丈夫だから、早くその男を摘み出して!

ささ、周様!物騒ですから中に入りましょう!」

「え?あ、はい…っ」


 海堂は何か言いたそうな視線をよこしたが、あれよと言う間に東雲と巫達に抱えられるようにして社務所の方へと連れて行かれてしまった。

 一方駐在に捕まった男はと言えば、首根っこを乱暴に掴まれながら外へと引き摺られて行こうとしていた。


「ほら!とっとと敷地内から出ろ!」

「いたたた!痛いぜおっさん!ハイハイ出ていきますってば!手を離してくれよ!」


 文句を言いながらせき立てられて行く男はヨレヨレのジャケットにボサボサ頭の無精髭。立派なのはカメラだけと言う風袋だった。

 俺はそんな男と目が合った。


「あっ!オタクらも龍神学園の生徒さんなんだろう?ちょっと話が聞きたいなあ!佐々木君のね、死因のことなんだけど…」





今、なんて…?



 不意をついて飛び込んできた言葉だった。











 


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