第29話 鎧を脱ぐ時

ここは六本木の某ホテル。

45Fのレストランで食事中のカップル。


モデル風の女性とオヤジ。

親子のようで年の差カップルのようで

なんとなく、ハズ〇ルーペのCMのよう。


2人は親子ではない。門野と栞だった。


初めて会ったにしては2人はスムーズな会話だった。

何度もラインで話をしているし初対面には思えない。


ただ、門野は栞の美しさには驚いた。

ロビーで初めて会った時は後ずさりしたくらいだった。

栞のほうも長身でイケオジの門野に驚いた。

これは悦っちゃんが惚れるはずだわ。

こんなの私の客には居なかったと思った。


酒の力も借りて栞はいつもより饒舌だった。

ひさしぶりに素で話をすることができた。


門野はこの時点で知らない話だが栞は元ホステス。

会話もスムーズに運ぶし、男の扱いには慣れていた。


知らない人は夜職の女性を見下しバカにするが

一流のホステスは政治経済からスポーツまで

半端なサラリーマンが太刀打ちできないくらい学んでいる。

ニュースキャスター並みの知識を持つ。


もちろん、栞は一流の女だった。


門野は栞に魅了された。

美しさもさることながら人としての魅力に惹かれた。


そこでよけいに不思議に思う。

なんでオレみたいなオヤジといるんだろう?

初めてロビーで会った時から驚いたが

こんな美人がどうして独りなんだろう?


なにげに聞いてみた。


「ねえ?栞ちゃん?なんでオレと会ってくれたんだ?」


自分に自信がない門野はどうしても

こういう質問をしてみる。


「あの初めての電話の時よ」


「え?あの、ケンカの時かい?」


「あの時さ、門野さん私に謝った時よ

 あの時、姿見えてないのに頭下げたでしょ?

 誠実な人だと思ったの、だから会いたかった」


「え?なんでわかったんだ?」


「けっこう伝わるものなのよ、声とかね

 それくらいわかるわよ」


「じゃあ逆になんで私に会おうって思ったの?」


「オレ、君のように鎧着てる人、気になるから」


「よろい?」


門野は言う。

普通、人はON、OFFがあるという。

でも君はずっと鎧を着たままONのままだと。


栞は口から心臓が飛び出るくらいに驚いた。

私をここまで見抜いた人は初めてだ。

あの電話で感じたのだろうか?

今日、この1時間でそう読んだのだろうか?


栞は誰かに理解して欲しいと思った事が一度もない。

あまりに独りで生きすぎたため、共感された事がないのだ。

門野が愛に飢えた人なら栞は愛をあきらめた人だった。


ディナーは1時間半ほどで終わった。

時間はまだ9時前。


30Fのバーに行こうという事になった。


そこは全体的にブルーの空間だった。

なんとなく海の底を思わせるバーだった。

窓際のカウンターに腰掛ける。


栞はマンハッタン。今日の服装にピッタリだ。

あまり酒に強くない門野はジンジャエールにした。


正面は全面ガラス張り。

足元には東京の街並みがどこまでも散らばっている。


ふと栞は尋ねた。


「ねえ?1995年、何してた?」


なんでこんな質問をしたんだろう?

この雰囲気に酔ったのかしら?


もちろん赤の他人にこんな話をするのは

初めてだった。


「平成7年だよね?オレ神戸に居た」


栞はまた飛び上がるほど驚いた。

門野は当時、会社の大阪支社に出向していた。

彼が大学時代関西に居たという事からだった。


「あの時、オレ、震災のボランティアで神戸にね。

 取引先も当時被災してる人多かったから。

 え?で、なんで?」


「私たち会ってたかもよ?」


「ええっ?栞ちゃん、まだ子どもだろ?」


今度は門野が飛び上がった。

思わずつまんだチョコを皿に戻した。


門野が神戸に居た。

それを聞いた瞬間、聞いて欲しいと思った。


いままで独りで生きてきたこと。

その美しさから虐められ避けられた事。

自分の愛する人がことごとく消えた事。


そして今。独りだという事。


「私、生まれ神戸なのよ。ねえ?

 今から言う話、作り話って事で聞いてくれる?」


美しいきらめく街を見下ろしながら

栞は初めて自らを語りだした。


栞は弱みを見せたくなかった。

常に独りで周りからの攻撃に備えなければならない。

味方は居ない。だからこそ絶対に弱みは見せない。


なのにこんな自分語りはあり得なかった。

でも話す事でなんとなく肩の荷が降りる気がした。


すべてを話した。


美しい夜景に、色あせたプリクラと雅おじさんが浮かんだ。


堪えきれずに涙がこぼれる。


門野はすべてを聞いたあとこう言った。


「なんでオレの前で鎧を脱いでくれたんだい?」


「なんでだろ?」


涙がこぼれないように上を向く。

その瞬間に真珠のような涙がこぼれた。


「門野さんは嘘つかないから。

 適当に慰めとか言わないから…かな?」


「オレ思うんだけど…」


「さっき、自分と関わったら不幸になるとか

 言ってたけどさ。それ偏見だと思うよ」


「ご両親も叔父さんも、君の幸せが見たいと思う。

 生きていてよかったと君が人生を振り返る事が

 今まで君を支えた人への恩返しだと思うんだ」


「ご両親は君を孤独にするために

 悲しませるために生んだんじゃないと思うよ」


そういうと門野はトイレに立った。


それは栞がふたたび鎧を着るために

門野がわざと作った時間だった。




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