第27話 約束


悦子と別れた傷心の門野だったが

毎日、普通に仕事をし、普通に暮らしていた。


門野自身、自分で気づかない別れのショックが

所々言動には表れてはいたが、誰にも気づかれなかった。


大体、社内では門野はおとなしい部長さんであったし

この年代の男というのは友人も少ない

仕事上の付き合いはあるが基本は孤独なのだ。

門野のショックに気づく者は一人も居なかった。


そんな静かな独りの夜。


スマホが震える。


「もしもし?私に報告なしか?

 あれだけ世話してやったのにさぁ~」


栞からだった。


「なんだよ?急に」


「悦っちゃんと会ったのよお。

 で、別れたっていうからさあ~」


「うん、お別れするってこの前言ったじゃん?」


「ベトナム行くんだって?」


「ああ、ありゃ嘘さ、行かないよ」


栞は驚いた。


そこまで考えてこの人は引くんだ。

悦子に悲しみも後悔も何も背負わせないための努力。


ホステス時代、多くのサラリーマンを見てきた。

正直、深い仲になった男もいた。

でも、ここまで自分を捨てる男は見た事がない。


「でも悦っちゃんの事は好きだったんでしょ?」


「そりゃ、好きだったさ。でも、前も言ったかな?

 オレじゃあダメなんだよ。年も年だしさ」


「またそれなの?」


「うん、遠慮して、で、結局、寅さんなんだよなあ」


「寅さんって、あれは映画じゃない?

 悦っちゃんから別れを切り出されたならわかるけど」


「いや、あの子はそんな事言えないよ。 

 たぶんオレに恩義も感じてるからね。

 オレが彼氏だ~なんて居座るのもかわいそうさ」


「門野さんはそれでいいならいいけどさ

 でも、悦っちゃんが彼と別れたら復縁する?」


「別れたら終わりさ。未練がましいの嫌いなんだ」


栞は今まで未練がましい男は嫌になるほど出会った。

男女の仲で、男の方がしつこく未練がましい。

そう栞は考えていたので、門野の言葉は新鮮だった。


「でもさ、栞ちゃん」


「ん?」


「オレは悦っちゃんと別れたけど

 君はこれからも仲良くして見守ってやれよ」


「あ~私も悦っちゃんとはお別れしたのよ」


「え?なんで?」


栞は先日悦子と最後のごはんに行った事を伝えた。


「正直、私たち、店で仲良くなったでしょ?

 お互い傷の舐め合いみたいな所もあったんだよね

 でももう辞めたんだしね、関係もリセットよ」


「店辞めたって友達でいられるだろ?」


「ん~そういう考えもあるけどさ。

 あの子には彼がいて幸せのまっ最中じゃん?

 別に私なんか居なくてもいいかな?ていうか」


「本音言うとさ、私は独りじゃん、嫉妬もあるしね」


「まあ惚気聞くのも嫌だよな?」


「ていうか、あの子の事だし私に気をつかうよ。

 今まで通りごはん行くとかさ、難しくなると思うの。

 たぶんそうなるよ、私も気つかうしさ、お互いに」


門野は思った。

すこしな所があるけど

栞は繊細で優しい子なんじゃないかな?

たぶんオレに言われたら激怒するだろうけど。


「栞ちゃんもがんばって彼氏探せよ」


「私?ダメだよ~こんな気性だしさ」


「でも独りでいつまでもなあ、まだ若いんだし」


「門野さんこそがんばれよ、独りは寂しいでしょ?」


そう言って栞は笑った。

 

「ん~でもこればかりは、相手いないとな」


しんみりと本音が出た。


「じゃあ、私がつき合ってあげようか?」


「バカ言ってんじゃないよ!」


あら?こいつ怒るんだ?と栞は思った。


「たしかに独りで寂しいけど、その穴埋めに

 栞ちゃんにアタックなんて、そんな失礼な。

 君は代用品じゃない、そこまでバカじゃないよ」


「へえ~?そういう男って結構多いよ

 寂しさ紛らわすために誰でもいい。みたいな。

 門野さん、偉いね!」


栞は門野の男気を見た。

というか、昭和の男のかわいい強がりを

かっこいいなと感じた。


「まあでも君にもいろいろ世話になったよね。

 悦っちゃんの事調べてもらったりさ。

 オレ、ほんと助かったよ、感謝してます」


「いや、そんなのいいのよ。

 それこそさ、これだけ話していてさ

 私たちもう友達じゃん?気にしなくていいよ」


「いやいや、ほんと、感謝してるよ」


栞はそれを聞いて思った。


「ねえ!門野さん?」


「そんなに言うならさ、ごはんご馳走してよ!」


「え?」


「最近東京には来てないの?

 来た時でいいからさ、お礼にごはんおごってよ」


「別にいいけど…いいのかい?オレとで?」


「何言ってんの?私たちもうラインの友達じゃん」


「まあそう言われたらうれしいけど

 じゃあ、栞ちゃんの都合のいい日教えてくれたら

 オレ、それに合わせるよ」


「私いつでもいいよ?」


「え?でも昼御飯でしょ?オレ昼だと…」


「あ~夜だよ!実は私も引退して

 今ね、昼の仕事してんのよ」


「おお、そうなんだ。それはおめでとうだな。

 じゃあ栞ちゃんの就職祝いのディナーって事にするか?」


「おお、いいね~じゃあさ、悦っちゃんと行った所より

 高級な所へ連れて行ってよ。いいホテルのレストラン」


「どこか行きたい所とかあるのかい?」


「私そんなのわかんないよ、おまかせするわ」


「わかったじゃあ、オレ考えるよ

 またラインで連絡するから、相談しよう」


「了解! 門野さまご指名ありがとうございます~」


「バカ、辞めたんだろ?変な事ゆうなよ」


「ワハハ。楽しみにしてるよ」


そう言うと栞は楽しそうに笑った。








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