第26話 2人の未来

悦子は毎日なんとなく不安定な日々を過ごしていた。


仕事も順調で会社でも喜んでもらえている。

部署は離れているけど、平沢君という彼も居る。


でも、門野と栞という心の支えが去った。

この事は平沢君には言えない。

きっと彼は私のためにまた気を回すだろう。

心配はかけられない。


悦子は今までに多くの人に迷惑をかけてきた。

少しでもその罪を減らしたいと考えていた。


そんなある夜。


平沢と電話デートだった。

彼との会話はラインで1時間くらい

話をしただろうか。


じゃあ、おやすみ。と電話を切る。

スマホの画面を見て悦子は血の気が引いた。


着信 真美まみ


妹から着信。メッセージもある。

スマホをテーブルに置いて話をしていて

気が付かなかったのだ。


なんで今頃…


久しぶりにフラバする。

病院のエントランス。

顔に突き刺さるスニーカー。

止まらない血。

見上げた時の真美の眼差し。


怖い。

手が震える。


スマホがうまく操作できない。


ラインには


お姉ちゃん、元気?

話中みたいだったから。

少し話せる?12時まで待ってる。


まともな文面にホッとする。

でも怖い、電話しなければならない。

どうしよう。


少し考えた末、電話した。


真美は泣いていた。

最初の言葉は、お姉ちゃんごめんね。だった。


悦子は驚いた。

それこそ、「殺してやる」くらい

言ってくるかもしれないと身構えていた。


真美は実家の近況を報告した。


母は少し手が不自由なままだが元気。

父はあいかわらず。

そして自分は来年春結婚予定。


母が言ったと言う。


「結婚するなら、お姉ちゃんに謝りなさい。

 悦子に(結婚式に)出てもらうのよ」と。


悦子は涙が止まらなかった。


許してもらえた。私はまだ家族なんだ。

故郷を追われた時、二度と家族と会う事はない。

そう覚悟していた。

忘れようと思い続けた家族。

その家族は悦子を待っていてくれた。


「真美。迷惑かけてごめんね」


「おねえちゃーん」


泣きながら姉妹はその絆を確かめあった。

憎しみの雨は一瞬にして止む。

悦子は良い意味で血のつながりの恐ろしさを感じた。


悦子が出て3年余り、引っ越さずに町で暮らした。

徐々にだが、近所の人々と橋本家との関係は正常化する。

時代の流れで人権意識が高くなっていった事

TVなどで差別問題も取り上げられる事も多い。

人々も排他的な言動は慎むようになっていた。


真美もなんとか地元の企業で就職できた。

悦子との事はあったが、不起訴にもなったし

家族内の事なので周囲もケンカだと理解したようだ。


その後真美は高校の幼馴染と結婚話がもちあがる。


「来年の春なの、うん、○○会館でするの。

 お姉ちゃん、出て!帰ってきて!」


「うん、ありがとう」


「お姉ちゃんは今どうしてるの?」


悦子の事が気になっているのだろう。

真美もあの日から悦子がどこで何をしていたのか?

まったく知らなかったのだ。


「今ね、また東京に戻ってるの」


今は普通に働いているし何も後ろめたい事はない。

仕事はビルメンテナンスの会社だ。

よかった。辞めていて…

そう思うと同時に門野が浮かんだ。



門野さんが私を愛してくれなかったら

転職の後押しをしてくれていなかったら。

私は故郷へ帰ることは拒んだかもしれない。

今更ながら、助けられたのだと実感する。


仕事の説明を真美にしながらまた涙が溢れる。


真美も自分が怪我をさせて追い出した姉が

ちゃんと仕事をしていることで救われたと思った。

うれしくなって、話を中々止めない。


「ねえ?おねえちゃん?私、結婚するけど

 おねえちゃんはイイ人いるの?」


心配半分興味半分聞いてきた。


「うん、年下なんだけどね

 真美より1つ下の人、でも頼りがいあるの」


そう言いながら平沢が浮かぶ。

元カノや死んだ人の幸せを祈りながら働く人。

カラオケボックスで泣きながら私を抱きしめた人。

懸命に生きる彼を思うと、また涙が溢れてくる。


悦子は泣いているのを悟られまいと話す。

当然平沢の事を詳しく言う事はなかったが

真美に結婚するの?と聞かれてドキっとした。


まだ彼と付き合って半年ほどだ。

でももう自分も31歳。

当然結婚を考えてもいい頃だ。


でもどうなんだろう?

平沢君自身はその気なのかしら?

まだプロポーズもされてないけど

もし、そうなったとして…

彼のご両親は認めてくれるだろうか?


私のすべては隠す?話す?

彼の気性なら、すべてを両親に伝えて

結婚すると言うだろう。

もし反対されたら?


平沢君はおとなしいし、気性も荒くはないが

恐ろしいほど芯が強く頑固だ。

一緒に働いてそのへんはちゃんと把握している。


もし、結婚という話になってご両親と揉めたら…


真美からの突然の結婚報告。

その流れで平沢の事をしゃべった悦子。


電話を切ったあと、悦子は自分の結婚を考えた。


平沢君との未来。

栞に言われた、結婚しろと。

でなきゃ門野さんが可愛そう。


そうだ、門野さんも私の幸せを祈ってくれている。

それこそ、私を支えてくれた彼に申し訳ない。


突然かかってきた真美の電話。

関係が修復できた事がうれしくてしかたない。


でも私の未来も考えないと…


悦子は平沢との未来を描かなくてはと思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る