第25話 傷・栞の場合
栞は1990年生まれ。
プリクラは4歳の時のものだ。
両親、2歳下の妹、
その頃、栞が大好きだった遊びは
納戸に自分の部屋を作ることだった。
半軒(約90㎝)ほどの小さな扉付の納戸。
そこにぬいぐるみやおもちゃを詰め込み
茜と一緒に中に入ってよく遊んでいた。
妹の茜は母親と寝ていたが
栞は週に何回かここで寝る事を許された。
そんなある日。
1995年(平成7年)1月 午前5時46分。
ドカーン
爆音と地響き。大地に突き上げられた。
栞の家は木造家屋、2階が倒壊した。
納戸の狭さとぬいぐるみが栞を守った。
栞はぬいぐるみを抱き泣いていた。
瓦礫の中、その声に気づいた
消防隊員が彼女を助けた。
あの未曽有の大震災で
栞の両親と妹が命を落とした。
納戸にいた栞だけが助かった。
栞には当時の記憶があまり無い。
気が付けば親戚をたらい回しにされていた。
この境遇を理解できたのは5年生の頃だった。
地震で両親と妹が亡くなったから
私は親戚に引き取られている。
最終的には、父の兄、
雅也は当時49歳。バブル崩壊で彼が経営していた
工務店が経営不振となり嫁と離婚。
子どももいなかったため栞一人くらいなら養えた。
栞は中学生になる。
雅也は弟の面影を持つ美しい姪を
我が子のように大切に育てた。
そんな中、栞が中学2年生の時
学校の文化祭のイベントでミスコンが行われた。
栞は上級生を差し置き、ぶっちぎりで優勝。
みごとミス〇〇中学の初代となった。
2年生に飛び切り美人が居る。
学校では話題になり栞のファンクラブまでできた。
小さな町で一躍有名人となった。
その騒ぎもいつしか静かになった頃
学校の女子の中で栞の噂が立ち始める。
あの子、震災孤児なんだって
独身の叔父さんと2人暮らしだって
両親もみんな死んだのに
あの子だけが生き残ったんだって
ヤバいんじゃない?
雰囲気、怖いよね?
貞子みたいじゃん?
当時あったホラー映画の主人公だ。
栞は美しく長い髪をしていたためだ。
徐々に仲のイイ友達が距離を置き始める。
苛めではないが独りになる事が増えた。
このような噂が流れたのも美しい栞に対する
一部の生徒の嫉妬からだろう。
高校は地元の公立校。
栞はその美しさからすぐに注目を浴びる。
だが、同じ中学を卒業した生徒から
また例の噂が広まる。
キレイだけど…呪われる。
あの子に近づくと不幸になるなどと噂された。
栞には陰の雰囲気がつきまとう。
自分は震災孤児の生き残りだ
そう思い込んできたせいかもしれない。
また高校でも孤立した。
辛かった。
でも叔父に心配はかけられない。
3年間、じっと耐えた。
高校を出て就職。
地元の小さなデパートに就職する。
仕事に慣れた頃、周りの女性社員から苛めが始まる。
何をしてもキレイだと思って調子に乗っていると揶揄される。
その美しさへの嫉妬が始まった。また職場で孤立する。
栞は自分がこんな思いをするのは
自業自得だと考えるようになった。
自分だけ生き残ったんだ。
天罰が当たるのは当然。
そんな折も折。
栞が23歳の時、雅也が病に倒れる。
私に関わった人は不幸になる。
栞はこのころから真剣にそう考えるようになった。
妹のように思っていた悦子と離れたのも
自分が関わると彼と上手く行かなくなるかも?
そう思い自らウソまでついて別れたのだった。
栞は5年務めたデパートを辞め転職する。
転職先はクラブのホステス。
叔父の入院費のためだった。
栞は一発で採用される。
だが夜の世界も厳しいものだった。
先輩ホステスの苛めに円形脱毛症となり
ウィッグを着けて出勤した。
だが栞は思った。
こんなもの、何ともないわ。
5歳から辛酸は舐めてきた。
栞は強かった。
その強さに惹かれ多くの客が栞を指名する。
2年後、№1ホステスとなる。
これで叔父さんを支えていける。
栞は思った。両親は守れなかったけど
叔父さんは私が守る。
育ててもらった恩は忘れない。
雅也は叔父であり父親だった。
それから3年が経った。
真面目な仕事ぶりを買われ
オーナーは栞にママとして店を任せたいと
暖簾分けの話まで持ち上がった。
だが…
雅也は闘病の末亡くなる。
「長く生きて迷惑かけてごめん」
最後の言葉だったと看護士から聞いた。
栞の手元には雅也の貯金が少しと
彼が大事にしていた腕時計が残った。
栞は生きる気力を無くした。
店を辞め、引きこもる。
ろくに食事も取らず何日も過ごす。
不思議にお腹も減らなかった。
このまま衰弱死がしたかった。
お父さん、お母さんに会いたい。
だが、ふと、思い起こした。
自殺した者は地獄へ行くとどこかで聞いた事がある。
お父さんもお母さんも茜も叔父さんも天国にいるはず。
もう1度みんなに会いたい。
なんとか生きて天国で会おう。
形見の時計を着けてみた。
叔父さんが浮かぶ。
そうだ、死ぬのは簡単だけど
私を育ててくれた叔父さんに申し訳ない。
死ねない…絶対に。
「私、生きるよ」
栞は棒のように細くなった左手の時計に
しがみついて泣いた。
* * *
色あせたプリクラを指でなぞる。
「お父さん、お母さん、茜、
そう言いながらスマホケースを閉じる。
寝る前のルーティーンだった。
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