第24話 家族

電車が来た。

上り下りとほとんど同時だった。

栞が乗ったはずの電車が行く。

家路を急ぐ人がわらわらと降りて来た。


いぶかし気にチラと悦子という

障害物を見て、皆が通り過ぎる。

傍目には人を待っているように見えるが

悦子は電話ボックスの前で泣いていた。


故郷を追われ、風俗嬢となった。

栞という心の支えに巡り会えた。

門野という客が悦子に寄り添った。

彼に導かれ引退をする。

仕事を変わり、平沢という男の子が

また悦子の心を抱きしめた。


でも上京して、最も悦子を守り

支えたのは栞だったのだ。


ひょっとしたらこの別れは

故郷よりも、門野よりも

ショックだったかもしれない。




悦子は電車に乗らず、歩き出した。

どこへ行くのか?当てもなく歩く。

家までは2駅、歩けない事もないが

けっこうな距離だと思う。


バッグからイヤホンを取り出した。

なにか音楽でも聴くのだろうか?

でも何も聞かずに歩きだす。


また涙が溢れて来た。

通り過ぎる車のヘッドライトがにじむ。

何度も眼鏡を外して涙を拭く。


ふと思う。

平沢君の声が聴きたいな。

いいかしら?

ラインで尋ねてみる。


すぐに既読になった。

話せるという。

悦子は歩きながら平沢と話をし始めた。


「どうしたんですか?」


「うん、ちょっとね、急にごめん」


悦子は今、親友で姉貴である栞とお別れした事。

この世で独りぼっちになったと実感した事。

平沢が浮かんで、どうしようもない事。

少しでも声が聴きたいなんて思ってしまった。

年とったのかしらね? 寂しいおばさんの

突然電話でごめんね。


「独りじゃないですよ、僕がいるじゃないですか?」


「僕も橋本さんもいろいろあったけど

 これからもきっと、いろいろありますよ。

 それがいい事か?悪い事か?わかりません。

 でも一緒に行きましょうよ」


平沢は懸命に悦子を励ます。


悦子はいつしか泣き止んでいた。

まるで宣教師にすがりつく信者のように

悦子は平沢に信順していた。


きっと、今、平沢が悦子の元を離れたら

彼女は生きていけない。

そう言っても過言ではないだろう。


「橋本さん、これからも何かあったら

 すぐ僕に連絡ください。物理的に

 駆け付ける事ができなくても話せますから」


「ありがと…」


悦子は平沢に付いて行こうと心から思った。


「平沢君、用事無くてもラインしていい?」


「僕は橋本さんと二人三脚ですよ」


平沢はチラっとプロポーズを匂わせた。


悦子は2駅を平沢としゃべりながら帰った。




* * *





「お、先輩、来ました!」


小柄な店員が小声で言った。

先輩の顔が少しときめく。


ここは某駅前のコンビニ。

小柄な後輩と先輩が今日のシフト。

2人はある客の来店に色めき立った。


あいかわらず綺麗だなぁ…

来店するたびに先輩店員はドキドキしていた。

彼女が見たいがためにシフトも考えて組んでいた。


栗色の美しい髪。

今日はダメージジーンズに白のニット。

黒のざっくりとした大きめの皮のバッグ。

少しヒールのある靴なので長身に見える。


カゴを左腕に歩く美人はコンビニによく来ていた。

彼女のマンションはすぐ近くなのだ。


5類になったが、マスクをしている。

目元だけしか見えないので冷たい印象

先輩店員は彼女にこっそり惚れていたが

きっとタトゥーとかあるんだろうな?と

勝手なイメージで怖がっていた。


怖いけど、ほんときれいだなぁ?

年は30くらいかな?でも男いるよな。


彼女に男がいる、もしくは人妻だと

先輩店員が思った理由は左手の腕時計だった。


それは有名なR社の腕時計。

100万以上はする。どうみても本物だ。

レジ打ちの度にガン見している。


彼女の時計は男物だった。

バンドのサイズも大きく

ぶかぶかなのでブレスレットに見える。

旦那のか?彼の時計だな。


女はスマホ決済のためレジ前で

マスクをスッとずらす。


あ~やっぱキレイだなぁ。

写真撮りたいなぁ…

先輩社員は彼女を見るたび毎回思う。


「ありがとうございました~」


栞の後ろ姿を今夜も

とろけながら見送る先輩店員だった。



* * *



とあるマンションの7F。

703号室が栞の部屋。

両隣はどんな人か知らない。

都内じゃよくある事だ。


コンビニの袋をデーブルに置き

ざっくりとした革のバッグをソファへ

左腕の時計を外すとビロードのような

上質な布で拭きワインディングマシンに収める。


シャワーを浴び、食事を終えソファに沈む。

カレンダーを見る。

あと1回出勤して終わりか…


さっき悦子に伝えたように店を辞めて昼職に就く。

半年ほど前から用意をして徐々にパートから正規へ

某通販会社のコールセンターの仕事だった。


悦子と退職記念飲み会でもやりたかったな。

ふとそんな事も思う。


でも栞は自分から悦子との縁を切ったのだ。


これでよかったのよ。

私と繋がってたら不幸になるよ。

彼とうまくいかなかったらどうするの?

そんな事を呟いて悦子の事を思う。


ず~っと独りだったじゃない?

下手に誰かと心通わすのって

あとあと面倒だし…正解よ!


自分に言い聞かせながら

黒革のスマホケースを開く。


蓋には色あせたプリクラが何枚か貼ってある。

古いものだ。焼けてしまって顔もよく分からない。


お父さん、お母さん、あかね


栞にも家族があった。






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