第23話 電話ボックス

門野に別れを告げられた悦子。

あれから10日ほど経ち、栞に呼び出された。


場所は例の洋風居酒屋。


前回、どっちか?に決めろと言われた。

その件は報告しなければならない。


おもむろに栞から切り出した。


「で?どうなったの」


「前言ってた彼とはつき合うの?」


「そうなるかも…」


「ねえ、おせっかいな事だけどさ

 悦っちゃんの仕事の事とか

 今までの事は話はしたの?」


悦子は平沢との出会いから彼の過去

カラオケボックスでの出来事

すべて栞に伝えた。


平沢の事を初めて聞いた栞は唸った。


「う~ん」


これはコロっと行くわ。と言いかけた。

その年下クンがそこまでの男とは思わなかった。


悦子の過去を受け止めた事も感心するが

この優柔不断な悦子がすべてを聞いてもらおうと

年下クンに思ったことがすごい。


きっと相手の悲しみを素直に受け止める子なんだ。

門野さんとは違う包容力だな。

栞は平沢をそう分析した。


「そういう子なら悦っちゃんの事

 大事にするだろうしいいんじゃない?」


そう言いながら門野の事を思う。


「で、門野さんには伝えたの?

 早いほうがいいよ。別れるなら

 スパっと切らないと。振り回す事になるから」


栞が言葉を終えた瞬間、悦子がぼろぼろ泣き出した。

またか?… 栞の口から小さくため息が出る。


悦子は前回同様おしぼりで涙を拭きながら話を始める。


実は門野から急にお別れを告げられた。

何年か?ベトナムへ行くことになる。

君を連れては行けない。

最後の出世、ほんと、最後の勝負だから…と。


一方的に別れを告げられ、ラインもメールも電話も

すべて削除されたという。



やっぱり… 言ってた通りだ。

栞は門野が身を引くだろうと予想はしていたが

こんなに早く消えるとは思わなかった。


「でも、あまりに急すぎてまるで私の事

 すべてお見通しで去っていくみたいで」


悦子は泣きながら門野の思いを探る。


「平沢君の事も知らないのよ、なのに

 このタイミングで…なんでだろう?」


栞は思った。

しかし、かわいいというか、鈍いなあ…

私が噛んでるとか思わないのかなあ?


「悦っちゃん」


栞はほとんどシラフで悦子を見つめる。

その美しい眼差しが相変わらず恐ろしかった。


「門野さんのベトナム行きがウソかほんとか?

 それはどうでもいいよ。でも彼があなたを

 一緒に行こうと誘わなかったのは

 やっぱり、別れるつもりだったんだよ」


「悦っちゃん」


「その彼と一緒になりなよ!」


悦子は少し飛び上がった。

栞は言葉を続ける。


「賭けてみなよ。で、ゴールできたら最高だし。

 この先つき合ってダメになったらそれまで。

 とにかく、悦っちゃんが幸せにならなきゃ」


「でなきゃ、門野さん可哀そうすぎるよ」


そう言われると、ぐうの音も出ない。


「辛い選択だったと思うけど、ちゃんと決めたし

 門野さんを振り回さなかった事はよかったじゃん」


栞はそこまで一気に言った。


門野の思いを代弁するような言葉だった。



* * *



食事を終わり、2人は店を出る。

駅前はほろ酔いのサラリーマンやOLが

ささやかな幸せを抱えて歩いていた。


「悦っちゃん、幸せになってね?」


栞の言葉に違和感を覚える。


「え?」


「今日さ、会おうって言ったのは私から

 悦っちゃんに報告があったからなんだ」


???


嫌な予感がする。なにかわからないけど

悦子は棒立ちになった。


「悦っちゃん、今までありがとう。今日でお別れよ」


「っ」


悦子は声が出なかった。ただ口が少し動いただけだった。


「じゃあ、これで」


軽く左手を上げる。

時計がキラッと光る。


悦子は何も言わずそのしなやかな腕を掴んだ。


「どうしたのよ?」


「なんで?栞ちゃん…」


「私も、あがろうと思ってさ

 もう今月いっぱいで辞めるのよ」


「え?」


悦子は予想しなかった栞の引退を聞いて

悲しみの涙からうれし涙に変わる。


「よかった~ でもでも

 なにもお別れって、そんなの」


「ううん。これでお別れよ。

 私も一からやり直すの。

 悦っちゃんも彼とがんばれ~」


「でもお別れしなくても…」


「私たちさ、店で知り合ったお友達じゃん?

 今は2人共辞めたんだからね。嬢じゃないんだし

 だからバイバイよ」


「それに私ね、東京離れるつもりなんだ。 

 新しい土地でね。だから全部リセットなのよ」


「そんな…」


悦子はガマンできなくなって泣き崩れた。

同時に掴んだ手が解けた。


それを機に栞はゆっくりと背を向けた。

そういう女だという事を悦子自身が知っていた。

泣く姿は栞が嫌う。しっかりしなきゃ。

最後に嫌われたくない、立ち上がる。


栞は改札手前で振り返り言った。


「そう、立つのよ。悦っちゃん!

 泣く事なんかないじゃない?

 今、悦っちゃん、幸せなんだよ!」


「わかった?返事は!」


声が出なかった。

ただ、コクと大きく頷いた。


「OK!じゃあ、妹よ、ガチでさらば~」


美しい肩までの栗色の髪が揺れる。

自動改札が、どうぞお通りくださいと

言わんばかりに栞に道を開ける。


悦子は必死に手を振る。

姿が見えなくなる。


「ありがとう栞ちゃん」


やっと絞り出した一言。


駅の横、電話ボックスが目に入った。

ドアの入り口の部分には雑草が茂っていた。

何日も人が訪れていない事がわかる。


私みたいだな…


そう思った。





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