第22話 男はつらいよ

久しぶりに門野からラインがきた。

悦子は正直、既読にするのが怖かった。


門野には内緒のまま平沢と接近し

正直彼に惹かれているのも自覚している。


栞がいうようにこのままではダメだ。

分かってはいたが、どうしても門野に連絡が取れない。


人というのは分かっていても現実から目を背け

まるで無かったか?の様に振る舞うことがある。

今の悦子がまさにその状態だった。


そんな時、リミットですよと警告が鳴るように

門野からラインが来ているのだ。

開かないわけにはいかない。


勇気を出して見る。



悦っちゃん久しぶり。

長い間知らん顔しててごめんね

またベトナムに行ってたんだよ


そんな、出だしだった。

悦子は驚いた。

何度もデートを断った事を話すと思ってた。

それなのに仕事の話なんだ?


その後門野はラインだと打てないので

ひさびさ電話で話そうと言って来た。

仕事の説明がしたいという。


会おうよ、いつ?という話だと思っていたが

門野は自分の仕事の件で話がしたいという。

当然断る事はできない。

でも会おうとなったらどうしよう?

平沢君の話をしようか?悦子は悩んだ。

どうしようか?と迷いつつ、電話を待つ事になった。


指定した日の夜、いつも通り10時すぎだった。


「悦っちゃんひさしぶり~仕事どう?

 うまく行ってるかい?」


あいかわらず明るくやさしい声だった。

だがその変わらないやさしさがよけいに辛かった。


門野の軽い世間話は上の空だった。

どうしよう?平沢君の事…

自分が切り出すきっかけが見えないまま

話がダラダラと続いた。


話が少し途切れた時、門野が言った。


「実は、悦っちゃんに相談なんだけど…」


何の話だろう?未来の事だろうか?

結婚を前提に?そんな話かしら?

でも私、門野さんにすべてまだ話はしてない。

瞬時にものすごく思いを巡らす。


そんな悦子の心配をよそに門野は語る。


「実は仕事の都合で、オレ何年か?

 ベトナムに行く事になるんだ」


向こうで新しい現地法人が立ち上がる。

当然彼がそこの責任者となる。

ある程度軌道に乗るまで向こうで暮らす。

たぶん2年、3年はかかるだろう。

帰国した時には取締役だ。

出世の最後に一花咲かせるつもりだ。


君を連れて行くわけにはいかない。

オレとしても最後の勝負だ。

君に会えた事は本当に感謝している。

でもこの辺が潮時だろう。


悦っちゃん、今までありがとう。

無責任なようだが、君は自分の幸せを探しなよ。

生まれ変わって1年。もう大丈夫さ。

こんなじじいの老犬を番犬にしないで

君の傍には若い番犬を置いた方がいいよ。

オレが言いたいのはそれだけだ。


悦子は飛び上がるほど驚いた。

別れを急に切り出されるなんて…


たしかに門野さんはベトナムへの出張が多い。

出世街道のど真ん中、最後の勝負だと言われると

そんなもんかな?とも思うけど、あまりにも…


私が急に態度を濁したからなの?

平沢君の事は全然匂わせもしてないのに。


悦子は門野が陰で栞に相談していた事は知らないし

あの居酒屋での話も門野に筒抜けとは気づいていない。


悦子は門野の話に泣きながら相槌を打つ。

正直、泣くのは門野との別れが辛いのと

平沢君の話をせずに済む安心と。そして

門野に対して今まで支えてもらった事への

感謝が入り混じった涙だった。


悦子は門野と別れたくないのも本音だった。

門野を嫌いになったのではない。

あなたが好きです、お別れは嫌です。

それも伝えたいとはと思った。


意地悪い言い方をすれば、門野を愛してはいたが

心の奥にはもう平沢がしっかりと陣取っていた。



「悦っちゃん、ほんとごめんよ」


申し訳なさそうにしているみたい。

門野さんを悲しませないでお別れできれば…


悦子は泣きながら懸命に門野へのお礼を述べる。


門野はその声を聞きながら、バカバカしいやら

自分が情けないやら、いろんな感情が混ざり合い

本当に泣きたくなってきた。


嘘をつくのも、お芝居も辛い。

そろそろ終わろう。


「じゃあ、これで切るよ、お幸せに」


門野は短い言葉で悦子に別れを告げた。



* * *



「ダメだなぁ、いつもこうだもんなぁ…」


ぽつりと呟いた。

そのまま悦子のラインを削除する。

フリーメール、電話番号も削除した。


おもむろに立ち上がり机の引き出しを開け

1枚の名刺を取り出す。


懐かしいなあ。


ベージュのトートバッグを抱えて

恥ずかしそうに部屋に入ってきた姿。

名刺をくれた、あの時を思い出す。


オレとの出会い、プラスになったかな?

年下の子とうまく行けばいいな…


「年しーたの男の子…」


なにげにワンフレーズだけ呟いて

ゴミ箱にあの日の名刺を捨てた。


そのゴミ箱の横にある例の黒い紙袋を取り出す。


「お客さまが所望されたお品だったんですがね」


店員が客に話すように呟く。


これ、このまま売ったほうがいいのかな?

でも売る時、店員が確認するのに中見るよな?

どんなのだったっけ?


「お~れが居たんじゃ、お嫁にゃゆけぬ~」


なぜか歌いながら包装紙を丁寧に外す。

上品な黒い箱にB●LGARI…の文字。


「奮闘努力の甲斐もなく、今日もなみぃだの~

 今日も涙の陽が落ちる 陽がお…ち」


独りの部屋だ。


別に誰も見ていないのに。


門野は声を殺して泣いた。





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