第19話 2つの邂逅

平沢との約束の日がやってきた。


悦子は悩んだ。

誰も居ない所で話がしたい。


どうしよう?ラブホはダメか…

悦子からすれば行き慣れた場所。

気楽に行けるんだけどなぁ…

でもさすがに行きましょうとは言えない。


考え抜いた末、カラオケボックスにした。

あそこなら防音だし2人だけで話ができる。

我ながら良いアイデア!と感激した。


場所はこれでよし。

だが、平沢君になんと伝えよう?


悦子は正直、平沢に好意を抱いていた。

かわいい弟クンであり頼れるところもある。

それに彼は自分の辛い過去を話してくれた。

信頼された喜びと、同じように悲しい過去を

抱える彼に好意以上の思いを抱いていた。


だが、平沢は悦子の過去を知らない。


聞いたらびっくりするだろうな。

門野さんの事も隠している。

私、平沢君をずっと騙してるな…


ふと、以前、客に言われた言葉を思い出した。


「お前なんかすぐ終わるよ。底辺、死ね!」


平沢君を騙している自分は最低だ。

こんな素晴らしい人に愛されてもったいないよ。


そして決心する。

まっとうに生きている平沢君に申し訳ない。

全てを隠さず話そう、中絶も、実家の話も

風俗嬢の事も、門野さんの事も。

全て話をして、今日でお別れ。


きっと平沢君も驚いて逃げるわ。

いいの。こんな女に惹かれてはいけない。

そして今日の話も門野さんに伝えよう。


平沢君に彼が居ないと言ったこと自体

門野さんへの裏切りだ。許されない。


悦子はこれをきっかけに門野とも

お別れするつもりだった。



* * * 



「カラオケひさびさですよ~」


平沢はうれしそうにドアを開けた。


悦子はそれどころではない。

平沢にすべてを話して、この部屋を出る。

想像するだけで倒れそうだった。


飲み物やスナック類を注文。

なんとかアイスティーを飲み

おちつけ、落ち着けと自分に言い聞かせる。


平沢に悦子の緊張が伝わるのか

曲を入れる事無く、ポテチを2枚ほどつまむ。

賢明に悦子に話しかける姿が不憫だった。


悦子は腹をくくった。


「平沢君、この間の話だけどね

 私はあなたとお付き合いできるような

 女じゃないのよ」


一気に言った。


いつもより厳格なしゃべりに聞こえた。


なにも言わずに頷き、平沢は言葉を待った。


「平沢君は私を素敵だって言ってくれるけど

 私はとんでもない女なのよ」


すべてを話した。


上京し、結婚を夢見た恋人に逃げられた事。

独り病院で手術を受けた事。


実家に戻り、母親が自殺未遂。

妹に襲われ、故郷を追われた事。


再度上京し、ネットカフェで泣きながら

風俗サイトの求人欄をクリックした事。


アキという名を背負い働いた事。

門野に出会い、今の仕事に就いた事。


冷静に伝えたつもりだったが

いつしか?スカートを握りしめていた。


話を聞き終えて、平沢は静かに尋ねた。


「それが断り文句ですか?」


「え?」


「彼が居る、あなたは年下だから無理。

 それだけでいいですよ、なにもそんな話…」


「今の話、ウソだと思ってるの?」


私は命を賭けて告白しているのに…

全身の血が逆流するほど腹が立った。

眼に涙を溜め平沢を睨みつけた。


「平沢君、風俗行った事ある?」


「い、いいえ…」


困ったような顔になった。


「愛してもいない知らない男に

 触られて、舐められて、キスされて

 嫌な顔もせず、男のモノを咥えて

 そのままイクのを受け止めるのよ


震えが止まらない。

ガタガタと音がするほど膝が揺れる。

それに合わせて涙が滝のように落ちる。


「そんな女を、あなた愛せるの?」


門野さんの時とは違う。怖い。

告白がこれほど恐ろしい物とは…

止まらない震えを見て思った。


その震える両手を平沢が掴んだ。


「橋本さんがなら僕は人殺しですよ」


「僕が嫌いですか?昔の話じゃないですか?」


「離して、手を離しなさいよっ」


「いやだ」


平沢は駄々っ子のように泣き出した。

その手は悦子の震えを必死で止めようとしていた。

 

「僕は橋本さんと居たいです。彼氏さんが居ても

 傍に居たいです。彼にしてなんて言いません」


「なんで私なのよお?」


「僕の話受け止めてくれたじゃないですか? 

 バカにしないで、嫌がらないで、ちゃんと

 話の後も僕と普通に接してくださったでしょ?」


「あの時、慰めとか言われてたら僕も嫌でしたよ

 でも橋本さんは、話してくれてありがとうって…

 そんな人好きになって当たり前じゃないですか?」

  

誰にも話す事がなかった傷。

それをそのまま受け止めたのが悦子だった。


「風俗とか、そんなの過去の事実ですよ。

 形は違うけど僕の事故と同じじゃないですか?」


「橋本さんも僕も一緒です。僕たち2人とも

 過去を変える事できないじゃないですか?」


「僕は今の橋本さんが好きなんです」


震えが止まった。


ストンと落ちたのだ。


そうだ。


過去を変える事はできない。


「平沢君…」


何も言わずに平沢は頷いた。



なんで?なんでなの?


今まで誰も助けてくれなかったのに

どうして私のすべてを受け止める人が

同時に2人も現れるのよ?


世の中に冷たくされて

独りぼっちで泣いていた

人生終わってたのに…


門野さん…

私、どうしたらいいの?


ねえ?

応えてよ…


門野と平沢。


悦子は二つの邂逅を心から恨んだ。


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