第18話 ライン交換

きれいな花。

なんて名前なのかしら?

花壇を眺める悦子が名前を考えるほど

2人の沈黙は長かった。


隣の平沢は次の言葉をどうするか?

悩みに悩んでいた。

当然、悦子のほうは雰囲気で読んではいたが

この場合、口は挟まず黙っていよう。


余裕を持って話を待ってはいたが

まさかここで告白がくるとは?

自分に好意を持ってくれているなんて

そこまで悦子は読めてはいなかった。


「橋本さん?」


「?」


「あの…僕4つも下ですけど

 これからもお友達というか…

 ごはん行ったりお茶したりでいいので」


彼はまっすぐに花壇を見ながら花に話しかけている。

その姿がかわいくて胸がズキズキ痛んだ。


「橋本さんに彼氏さんができるまででいいので

 僕とお付き合いしていただけませんか?」


悦子は辛かった。

過去を抱え、故郷から飛び出し風俗嬢。

彼がいる。4つ上の女に、なんて謙虚なの?


でもどうしよう?

門野さんの事は話せない。

この子を騙す事になるけど…


悦子は頭の中がごちゃごちゃになって

どう答えていいのか?わからなくなった。


「こんなおばさんを選んでくれてありがとう。

 まさか?だったからどう答えていいか?

 少し時間をくれない?また改めて」


平沢はその答えに何故か安堵の表情を浮かべた。

そして、Aへの移動日一週間ほど前に

もう一度話をしたいと頼んだ。



* * * *



どうしよう…

悦子は独り帰りの電車に揺られながら

それ以上に揺れる自分に苦しんでいた。


門野さんがいるのに自分は平沢君に惹かれている。

彼なんか居ないなんて、平沢君にどうぞと

入り口を開けて待っているようなもんだ。


来月、門野さんが帰ってくる。

当然会うことになるだろう。

彼に会いながら平沢君とも会う?


私、やっぱり平沢君が好きなのかしら?

じゃあ門野さんはどうなるの?

私を愛してくれて大切にしてくれる人。

裏切る事になるじゃない?


できない。

人の真心を踏みにじるなんて…


悦子はふと、逃げたあの男を思い出した。

そう、自分は真心を踏みにじられたのだ。

故郷へ戻り、妹に襲われ、母は自殺未遂。

あいつに裏切られた事は永遠に忘れない。


でも、今度は私が平沢君を選んだら?

結局、同じ仕打ちを門野さんにする事になる。


あれだけがんばって繋いでくれた栞ちゃん

きっと好きな人ができたなんて言ったら

もう愛想が尽きた、お前なんか知らない!と

あの眼差しで…


考えはまとまらず、ごちゃごちゃのまま。

電車が駅に止まったことに気づくのが遅れる。

乗客をかき分け、あわててホームに飛び降りた。



* * *



こっちも考えがまとまらず、ごちゃごちゃのまま。


ベトナムから帰国した門野だった。


どうもおかしい?

悦子の変化をどことなく感じ取った。

その疑心はますます膨らむばかり。

これは年齢による猜疑心ではなく事実を見ての

分析だと自分で誇るほど確かなものだった。


帰国して、1番に悦子に連絡したのだが

待っていました感がないのだ。


その後、なんとか日にちの相談をするが

仕事が忙しくて会う日の調整がつかないという。


向こうで話している時は早く帰ってきて!

東京に来れる日が決まったら教えてくださいね。

なんて、うれしそうな電話だったのに…


門野もバカではない。


これは何かあるな…

心境の変化があったんだ。

好きな人でもできたのかな?

それならつじつまが合う。

オレには会いづらいよな。


門野はもちろん別れたくない。

でもその時が来たら身を引く覚悟は常にしていた。


直接聞いてもオレには言えないだろう?

でも本当に好きな人ができたのなら

オレが身を引かなきゃ、かわいそうだな。


門野はもう半分諦めかけていた。

だからこそ、真実が知りたかった。

同情でつきあってもらうなんてまっぴらだ。

でも、どうしよう?悦子には聞けない。


門野は急に仕事の都合で忙しくなり

会うのは難しいと悦子にラインをして

連絡自体を控えるようにした。


さてどうしたものか?

考えに考え抜いてふと、浮かんだ。


そうだ!栞ちゃんが居たな?

あの子ならそれとなく悦っちゃんに

聞き出してくれるかもしれない。


彼女の電話番号がスマホに残っていた。

でもどうだろう?電話なんかできない。

悩んだあげくショートメッセージを送った。


「栞さん突然すいません。

 悦子さんの事でお聞きしたい事がありまして

 よかったらメールいただけますか?」


返信は比較的早かった。


「ぎゃーどうしたの?連絡くれるなんて!

 うれしいんですけど~草

 悦っちゃんの事ね?なになに?」


栞は返信の後、直接電話をかけてきた。

打つのがダルいという理由からだったが

話すのは2度目なので門野も気楽だった。


門野は悦子の様子を知りたいと栞に頼む。


「OK,それとなく調べてあげるよ。

 悦ちゃんが門野さんを避けてるか?

 避けてるとしたら、その理由ね?」


「申し訳ないけど、お願いします」


「ねえ、メールよりラインにしない?」


そう言われて栞と繋がる。


「え?この画像なに?これデフォルトじゃん?

 え?スタンプ持ってない?なんで?

 門野恵一って、フルネームじゃん?」


門野のラインを見て栞は爆笑する。


笑われても門野はうれしかった。

たった8人しか居ない友だちが

1人増えたのだから。




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