第17話 告白の手前

橋本・平沢ペアの解消の時がやってきた。


わかってはいたが、多田チーフに告げられた時

悦子は泣いてしまいそうなほど悲しかった。

だが、いつまでも彼と仕事をしたいなんて言えない。


それに平沢と仕事は別になるが会えないこともない。

事務所ではいくらでも顔を合わせるのだ。


悦子はまた別の女性とペアになった。

別に仕事がやりにくいわけではないが

ふと、平沢君、どうしてるのかな?などと

思ってしまう。


ある日の夕方。

事務所で帰り支度をしていると

平沢がひょこっと帰ってきた。


「あぉ!」


悦子は驚きのあまり、おかしな声を出した。


「あ、ども」


どことなくうれしそうに会釈する。

あいかわらず、ほんわかとした空気を醸し出す。

でもこの静かな青年が、あんなに悲しい思いで

仕事をしているなんて…誰も気づかないだろうな。


あいさつを交わし悦子は先に事務所を出た。


帰ろうかな…


この仕事に就いてから普通の生活だ。

今までなら、これから出勤の準備をする夕方。

悦子はまだ普通の生活に戸惑いを感じていた。


今日はどうしよう?夕飯?


ふと…

平沢を誘いたいなと思った。


もう降りてくるかしら?

こんなとこで待ってたらおかしいわよね?

わざとらしいな、どうしよう…


悦子はこの小さな雑居ビルの1Fで

エレベーターをチラチラ見る。

会社のフロアは5Fだ。

⑤に停まれば、平沢が降りてくるだろう。


少しして、エレベーターが上がる。

思った通り⑤で停まり降りて来た。


エレベーターのドアが開く。

平沢だった。


慌てて悦子はスマホをしまうフリをする。

今まさに電話を終えました的な態度だ。


「あ、平沢君」


「あ、お疲れです」


さっき事務所でのリプレイ映像だった。


悦子は慌てて言葉を繋ぐ。


「今終わり?」


「はい、橋本さんもですか?」


「うん、今日友達とごはんの約束だったんだけど

 今、連絡あって急用できたってドタキャンされて

 どうしようかなあと」


平沢は、ああ今の電話か?と

納得するようにうなずいた。


悦子は咄嗟に嘘をついた事に自分でも驚いた、

と同時に彼とご飯にいけるかな?と期待した。


「平沢君、これから予定ある?」


「え?別にないですよ」


「ね~じゃあごはん行かない?

 今日の夕飯何の用意もしてないのよ、ダメ?」


「え?いいんですか?僕で?」


「僕でって、平沢君しかいないじゃない?

 よかったら付き合ってよ、おごるわよ!」


平沢とゆっくり話すのは久しぶりだった。


「いいの?ほんとにごめんね、急に」


「いや、僕も誘っていただいてうれしいですよ」


駅近くのファミレスで食事をする。

2人でゆっくり話すのは、あの停電ビル以来だった。


「あの、橋本さん?」


食事も後半にさしかかった頃

なんとなく平沢は切り出した。


あの、ビル清掃の日、停電の会議室で

話の流れに過去を話してしまったが、後悔している。

あんな話を聞かされて嫌な気分でドン引きに決まってる。

それを橋本さんはしっかりと受け止めてくださって

今日誘っていただいて本当に感謝している。

話をするか?迷ったが、橋本さんならイイと…


恥ずかしそうにあの時を回想した。


悦子は思った。

この子なら、私の過去も受け止めてくれるかも?

でも、きっとこの子は風俗に行ったこともないだろう

私が中絶した過去があるなんて聞いたら…


怖い。


もし、彼が大丈夫と言っても、それは話を聞いていないから。

聞けばきっと、なんて女だ!と思うに決まってる。


デザートのケーキを食べながらそんな事を思う。

言いたい気持ちをこらえてフォークをカチャリと置いた。


楽しいディナーが終わる。


2人で駅まで歩く道。

身長がさほど変わらない平沢と歩くと楽だった。

門野は180㎝なので恰好はイイが、少し歩幅が大変。

気を遣って歩いたのを思い出した。


駅前のロータリー


中央に花壇と石像のモニュメント

その周辺を取り囲むようにベンチがある。


「あの…少し時間いいですか?」


驚いた。平沢君がそんな事いうなんて。

でも正直うれしくてドキドキしながら

ベンチに座る。


「実は、僕、Aへ行かないかって言われてて」


「!」


唐突なお知らせだった。

Aは会社の中の一部署だ。

孤独死や自死の現場、ゴミ屋敷など

特殊清掃と言われる部署だ。

当然給料は上がるが誰もが敬遠したい所だった。


「まだ確定じゃないんですけど

 もし行ったら事務所変わるんです。

 なのでお会いする機会も減るので報告と…」


「離れてもラインで連絡は取れるし

 なにかあったら何でも言ってよ」


「ありがとうございます。

 なんか橋本さんに相談したら楽になるんですよね。 

 頼りになるっていうかなんていうか」


「あ~それってお母さんって事でしょ~?」


「いやいや、お母さんなんかじゃないですよ。

 橋本さん素敵な方です、彼氏さんが羨ましいですよ」


「私…」


「彼なんか居ないよ」


平沢の笑顔がフリーズした。


え?なんで?私?


また咄嗟のウソだった。


どうしてこの子に…


私には門野さんが居るじゃない?


風俗嬢の私を受け止めてくれた人。

栞が懸命につなぎ止めてくれた人。


門野さんが居るのに…


彼を心に何度も思いながら


平沢の次の言葉を待ってしまう悦子だった。


 


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