第16話 直感

あと1ヵ月かぁ…


門野はスマホの予定表を見ながら呟く。

ようやく半分が過ぎた。

早く日本に帰りたい。悦子に会いたい。


門野は某大手商社の子会社に勤めている。

専門商社なのでそれほど激務ではないが

海外へ行くことは多い。

門野は独身時代から仕事の関係で

ベトナム、タイ、インドネシアなど

多くの出張を経験してきた。


特にベトナムとの縁は深く

現地に顔見知りも何人かいるし

英語でなんとかコミュニケーションもとれる。

その上、独身なのだから会社にしても

こんなに便利な男はいない。


でも門野には今、悦子という彼女がいる。

遠距離で普段から会えないとはいえ

やはり日本に居たいと思っていた。

なので出張は極力避けていた。


会社のほうはそんな事は関係なく彼が使いたい。

仕事ができる門野は無くてはならない存在だった。


門野自身、重宝されているのはわかっていた。

現在部長だが、次は取締役の席が見えている。

海外出向は出世の近道だと分かってはいたのだが

やはり悦子との距離が離れるのが嫌だった。 


とは言っても頑なに断り続けることはできない

話合いの末、今回の2か月の出張となったのだ。


これがニューヨークやイギリスなら悦子に声をかけ

飛行機代はオレがみるから、遊びに来ないか?と

誘うこともできたんだが、ベトナムだしなぁ…


門野はそんな想像をしながら悦子を想う。


離れていても2人は俗に言うラブラブだった。

夜はライン電話で話をする。

昼間も他愛もないラインをすることがあった。






ある日の事。


門野はふと昼休みにラインをしてみた。

長文にせず、早く会いたいなぁ!とラインする。


ポロン♪


かわいいスタンプが返ってきた。


門野は少し違和感を感じた。

普段仕事中なら既読は遅れる。

もし休憩中、もしくは完全にオフの状態なら

必ず短い文章が返ってきていたのだ。


今回は即、既読からのスタンプ。

初めての事だった。


おかしいな?打つ時間がないのかな?

それとも隣に誰かいるからかな?


門野はそんな事もあるだろうと納得しつつも

なんとなくスタンプに違和感を感じた。




奇しくも、同時刻。


悦子はあの停電中の会議室で

平沢の過去を聞いていたのだ。


いつものくせでラインを開いてしまう。

しまった、今文章は打てない。

悦子はあわててOKのかわいいスタンプを送った。


もちろん、あの平沢の話に悦子が涙し

琴線に触れるどころか、弦も切れるかという

衝撃を受けていた事を門野は知る由もなかった。



閑話休題それはさておき



帰国がそろそろ見えて来たある夕方。

帰ろうと机の上を片付けていると

グェンさんが声をかけてきた。

この営業所の部長であり、日本語も話せる。

年はまだ30代だが優秀な商社マンだ。


あと1週間で門野が帰国なので、簡単に壮行会というか

お別れ会を開きたいというのだ。

別に断る理由もない。では明日、有志で食事会。

場所はグェンさんにお任せ。時間は19時と決まった。


ベトナムの19時は日本では21時。

21時スタートの食事だから

門野が家に帰って悦子と話をするとすれば

23時ごろになるだろう?という計算だ。


門野と悦子は週に3回ほど連絡を取り合っていた。

明日は電話する日なのだができないかもしれない。


食事会を約束を悦子に伝えるために

予定より1日早いが電話する事にきめた。

ラインで話ができるか?悦子にたずねる。

既読は早かった。


約4000㌔離れても話せる。

当たり前のことだが門野は時代に感謝した。


わざわざ悦子に明日食事会に行くという門野。

そんな私の事なんか気にしないでください。

いや、電話をする日に連絡ないと気になるだろ?

ラインで一言お伝えいただければいいですよ。


そんな会話から始まった。

そのあと、もうすぐ帰国。

少し落ち着いたら東京へ行く。

お土産は買ったんだけど気に入るかな?


そんな話で30分くらい話す。

時間は21時をまわっていた。

日本時間は23時だ。


悦子は朝が早い。

門野は名残惜しかったが電話を切る。


…?


ふと、門野は思った。

いつものセリフが無い。


悦子は電話を切る前に

「浮気しちゃだめですよ」

と言うのだが、今日はそれが無い。



それは出張してすぐの出来事だった。

悦子との話で夜の事が話題になった。


当然、門野はまだ男として現役だ。

独りでの海外生活。

もちろん夜は来るし独りの寂しさもある。


ベトナムに風俗ってあるのかしら?

嫌だな。使わないでほしい。

悦子はそう思った。


元嬢だというのを棚にあげて

門野が男として欲望を処理する事を

許さないなんて身勝手だ。

それはわかっているがやっぱり嫌だった。


それとなく悦子の心配を察知した門野は

絶対に現地でそういう事はしないと誓った。

正直、病気も怖いし、悦子のためにもそんな事はしない。

毎晩ラインをつなぎっぱなしで会話し続けてもいい。

そんな気になった時は、PCでアダルトサイトを見て

独りでHするよ。そこまで言って悦子を爆笑させた。


「浮気しちゃだめですよ?」


そう言って心配そうにする悦子が愛しかった。


そのいつものセリフが無い。

もうすぐ帰国するからかな?


人には直感というものがある。


いや、そんなものが無くても誰もが

愛しい人の変化には気づくものなのだ。





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