第14話 停電中

悦子の平沢観察は続く。


最初の1週間は避けられてる?というくらい

距離を置いていた平沢だったが

或る現場での出来事から悦子と距離が縮まった。


少し古めのオフィスビルの清掃だった。


床の清掃をしていた平沢は何か?気配を感じた。

橋本さん、今呼んだかな?声が聞こえたのだ。

手を止めて彼女が担当のエリアへ行く。


「平沢君ちょっと」


悦子があわてて走ってきた。

マスクの目が怯えている。


「ごめんなさい、ちょっと?」


悦子は平沢をうながした。

彼は無言で悦子が導くほうへ歩いて行く。


換気口のダクトが壁から出ている。

古いタイプの物だった。


「あの、中。割れてるとこね、なんかいるのよ」


悦子より少し背が高い平沢がダクトを覗き込む。


「ね?なんかさ…」


彼も怖そうにのぞき込む。

そこには死んだ蝙蝠のミイラがくっついていた。

どうやら屋根裏のどこかに蝙蝠が巣くっていたのだ。

ダクトにひっかかりそのままになったようだった。

悦子は取り除く事ができないようだ。

平沢も怖そうにしている。


「やりますよ」


「ごめんなさいね」


平沢は目を細め、蝙蝠が確認できないように

薄目を開けながらなんとか処理してくれた。


「ちょっと怖かったけど、だいじょうぶですよ」


悦子は心から彼に感謝すると共にこの子が

なんとなく頼もしい弟のように思えてきた。


その日をきっかけに話をするようになった。

話を聞くと平沢は下戸で甘いものが大好き

よく言うスイーツ番長に近いキャラ。

すこしオタク気質なのでキモがられないか?

心配ですよと恥ずかしそうに笑う。


悦子も子どもの時からインドアだった。

平沢が陽気でワーワーやる性格なら

ペアはしんどいなと心配だったのだ。


仕事も1か月になると、気楽に話ができる仲になった。

男兄弟はいない悦子からすれば

平沢は弟のように思えてかわいかった。


みためには姉弟のようなカップルのような雰囲気。

社内でも、お似合いの2人だな。などと冷やかす人もいた。


「私はおばさんだから平沢君がかわいそうですよ」


悦子は笑って流す。そんな冷やかしに浮かれたりはしない。

なんせ、自分は元風俗嬢なのだ。なめられては困る。

おかしな自負を悦子は抱えていた。


橋本・平沢ペアは順調に仕事をこなした。

ペアの期間は1か月半を過ぎる。


ある日、ビルの清掃。

いつも通り2人の仕事が始まる。


その日は朝から雨だった。

午前中はほどほどの降り方だったが

午後からは雷も酷くゲリラ豪雨の模様。

遠くでゴロゴロと稲光と音がひどい。


そんな中。


ドーン


「?」


悦子も平沢も同時に天井を見上げる。

どこかに雷が落ちたのか?

ビル全体が停電になった。


平沢は悦子のもとへ駆け付ける。

2人はとにかくこのフロアを終わらせて

復旧を待とうということになった。


一旦作業は終わる。

まだ電気は戻らない。


人事の人がやってきた。

まだ電気は復旧しないとの事。

エレベーターが使えないので

部屋で直るまで待機してほしいと言われた。


使ってない会議室で2人待たされる。


10畳ほどの会議室。

なんとなく向かい合って座る。

座った瞬間、平沢はクスっと笑う。


「え?なに?」


「いや、僕、最初の頃、なかなか慣れなくて

 橋本さんから距離を置くっていうか

 ちょっと態度悪かったじゃないですか?」


「おばさんだし嫌われてる?とは思った、ワハハ」


「もし橋本さんが僕の事、態度悪い奴だな~って

 思って、相手してもらえなかったら今、気まずくて

 座ってられないですよ、たぶん。だから本当に

 今は仲良くしていただいて感謝してます」


「おばさんの相手してもらって感謝してるわよ」


「おばさんじゃないですよ。

 橋本さん、かわいい方。

 ちょっと広中綾香ちゃんに似てるし」


「え~?そんなにかわいくないよ~」


適当に返事したが悦子は誰か知らなかった。

1番困る話題が芸能人やTVの話だ。

ここ何年か夜TVを見たことがない。

ゴールデンタイムから深夜は仕事中だったのだ。


話が通じない。

そう思うと同時に門野を思い出した。


自分はなんとなくこの子に対して

自分は年だ、申し訳ないというような

引け目を感じている。

これって、門野さんが私に言ってるやつ?


年の差…

たった4歳でこんなにいろいろ思っちゃうんだな…

彼、どれだけ私に気を遣ってるんだろう?


ふと、悦子は門野に申し訳ないなと思った。


2人はたわいもない話で盛り上がる。

まるで姉弟のような、恋人同士のような

曖昧な距離間の会議室だった。


なにかで話が途切れた瞬間

悦子は当初から抱えていた疑問を

ふと投げかけてみたくなった。


「ねえ?平沢君?

 平沢君はなんでこの仕事を選んだの?」


「?」


彼は一瞬迷ったような困ったような顔をした。

しまった。触れてはならない所だったかしら?

悦子はどうしようか迷ったが、言葉は戻せない。


「え~理由ですか?どうしようかなぁ?

 でも橋本さんにはお世話になってますし…

 でも話してドン引きされるのも嫌だしなぁ…」


悦子は思った。

何言ってんの?私は元嬢なのよ。

ドン引きするなんてあるわけないわ。


「ま、いいか?2人だけの秘密にしてくださいよ」


平沢は話し始めた。


「実は僕…」


彼の話は悦子の想像をはるかに超えていた。





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