第13話 変化

あの電話での仲直りから2週間ほどして

2人には小さな変化が訪れた。


まず門野はベトナムに出張となる。

商社で扱う商品の現地法人があるために

彼が選ばれたのだ。


今回の出張は2か月。彼は何度か訪れていたので

現地のスタッフと人間関係も構築できている。

日本にくらべて労働時間も短いし

外回りも運転手付きというVIP待遇だ。



悦っちゃんが来てくれたらなぁ

ふとそんな想像をしてしまう。

都内でなら何千万もするであろう大きなマンション。

リビングは20畳。独りでは寂しい広さだ。


合成皮革の白いソファーに座ってライン電話。

ありきたりの日常を報告する。

悦子も翌日は仕事があるから長話はできない。


こうして毎日話せることが幸せだった。

2か月で帰れる。お土産はなにがいい?

こうして毎晩話せるのがお土産です。

また帰ったら会えますよね?


栞とのあの電話で悦子が自分を愛していると

確信を持つことができた。


その思いからよけいに早く帰りたい。

門野はまだ現地に着いたばかりなのに

2か月後の帰国を指折り数えていた。




* * *




一方悦子は


「橋本さん、ちょっといいかな?」


悦子は急に事務所に呼ばれた

勤務して半年、ちゃんとやってるはず…

なにかヘマでもしたのかしら?

悦子は少し不安になりながらチーフの多田を見た。


「明日から友田さんと別の班でお願いします。

 もう橋本さんも慣れただろうし、行けるでしょう?」


「はあ…」


曖昧な返事をしてチーフに頭をさげ下がる。


事の次第はこうだ。

この会社は基本ペアで行動することが多い。

新人と中堅社員・中堅社員とベテランなど。

簡単なビル、オフィス清掃の場合は

新人と中堅が多かった。


今まで友田さんという50代の女性に悦子は付いていた。

その友田さんが配置転換になるために今度は悦子が

新人とペアで仕事をすることを命じられる。

新人と言っても研修も終わっているし仕事はできる。

ただ、悦子が不安だったのが、新人が男だという事だった。


そんな事は無いとは思うが怖い。

客だったらどうしよう?

マスクをしていても外す時はある。


万が一、客に会ってもトコトン知らないで通せと

門野には言われた。過去のことだ、関係ない。


自分に何度も言い聞かせた。


でも未だに街を歩くだけで男と目と目が合うと怖い。

私の事を知っているのではないか?

神経をグラインダーで削られるような恐怖を覚える。


自業自得といえばそれまでだ。

法に触れる事はしていなくても夜職は知られたくない。

まして不特定多数の男と関係を持つ風俗嬢だった事は

絶対に知られたくなかった。


幸い、会社の中に知っている顔は無かった。

でも従業員の入れ替わりはある。

その新人君が知らない人でありますように…


悦子の心配は杞憂だった。

ペアを組むのは26歳の男性。

4歳下ね、かわいいものだわ。


悦子のいた店は比較的客層が高めだった。

嬢の年齢も30代が中心だったのでおのずと客は40代以上。

もっとも多かったのが門野と同じ50代の客だった。


悦子は20代の客を相手したことがなかった。

安心して彼に挨拶をする。


「橋本です。よろしくお願いします」


「平沢です」


新人君はぶっきらぼうにペコと頭を下げた。

悦子にすれば馴れ馴れしく近づく男はまっぴらごめん。

ある意味、やりやすいイイ子とペアになれたとほくそ笑んだ。



もともと生真面目で比較的インドア派の悦子は

小さな時から本を読んだりぬり絵が好きな子だった。


いつの間にやら人を見る目が養われる。

その人間の些細な言動から人間性を読む。

そんな癖が風俗嬢の1年半で拍車がかかった。


そんな視点で新人平沢君を観察する。


この子、基本真面目だわ。

でもなんでこんな仕事をしてるんだろう?

訳アリなのかしら?


無口で真面目な青年。

一体どんな料簡でここにいるのだろう?


悦子は新人、平沢隆文ひらさわたかふみ君の観察を続ける。




悦子と平沢ペアは順調に仕事をこなした。

彼との仕事はやり易く、心地よかった。

つまらない気遣いも要らないし呑み込みのいい

平沢はすぐに即戦力となった。


でも彼はあいかわらず無口でうなずくだけ。

お昼休憩も静かにパンを食べ、スマホを見ている。

態度は悪くないのだが恐ろしく暗い。

笑顔は見せてくれるのだが気配を消そうとする。


最初は嫌われているのかな?とも思ったが

事務所に戻っても、誰に対しても同じ態度だった。


ひと月ほどすぎて多田チーフに尋ねてみた。


「あの子はああいうタイプみたいだよね。

 おとなしいというかオタクぽいというか?

 気にすることないんじゃない?」


比較的親分肌の多田チーフは気楽に彼を見ていた。


悪い子じゃない。身長も170㎝あるかないか。

自分が160㎝弱なので低いとは思わないが

栞とさほど変わらないなと思った。


なんとなく星野源に似ている気がする。

ほんわかと暖かい感じの子だ。


でも、なんでこの子、清掃の仕事してるんだろう?


自らの過去を隠すためにこの仕事に就いた悦子は

この青年がなぜここに居るのか気になった。

それは好奇心だけではなく、自分と同じような匂いを

この男の子に感じるからであった。


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