第11話 対決


2人が家に着いたのは9時半すぎだった。


「おかえり~」


そう言いながら部屋に入る栞。

歩きながら手は平泳ぎ。

悦子はうれしそうな態度に

若干の苛立ちを覚える。


栞の性格はわかっている。

最初、ちゃんと話はするだろう。

でも話がこじれたら怒り出し

怒鳴り散らして電話を切って終わる。

説得作戦の結末をそう予想した。


悦子の部屋は賃貸マンション。

7,5畳のフローリングの部屋。

ベッドと大きなソファ。

かわいい木のテーブルがある。


栞はソファに座り敬礼しながら言う。


「隊長!電話は10時にします」


「何でそんなにうれしいの?」


悦子は絶好調の栞を見て泣きそうだった。


そうこうしているうちに時間になった。

栞は自分のスマホに門野の番号を入れた。


「じゃあ行くよ!」


そう言いながらテーブルの上にスマホを置いた。

スピーカーにする。悦子にも会話を聞かせるためだ。

悦子は反対のベッドに座って様子を見ていたが

呼び出し音を聞いて静かに立とうとした。

栞は瞬時に悦子の腕をつかみ、睨む。

逃げるなということだ。


悦子が座りなおした瞬間、門野が出た。


「あ、もしもし、突然申し訳ございません。

 こちら門野さんのお電話で間違いありませんか?」


「…はい、どちらさま?」


警戒したトーンだ。

悦子は門野のこんな声を聞いた事がない。


栞は自分が悦子の友人で、話があると伝えた。


「しおり… えっ? あのブログの?」


「そうです!私、栞です!」


悦子が門野が忙しくなかなか話ができずに

困っている。困ったと自分に相談をしてきた。

たまたま今日一緒にいたので電話してしまった。


財布の件は話さず、なんとか電話の理由をこじつけて

説明をした。


だが門野は話を聞いて腹を立てた。

悦子が勝手に電話番号を教えた事だ。

栞は懸命に謝るが、聞く耳をもたない。


「おたくと話す事は無い、切りますよ」


その瞬間、栞は言った。


「門野さん、お怒りは分かりますが

 話もせず逃げるって、卑怯ですよね?」


声に抑揚が無くなった。

栞がキレた時の癖だ。


「はあ?卑怯?何言ってるの?」


門野も口調は柔らかいが完全にキレている。


「門野さん、あの晩、悦っちゃんが財布見たのを

 見てたんでしょ?それで怒ってるんでしょ?」


「あの晩? 財布? あ~ 窃盗未遂のやつね?

 あれ動画撮りゃよかったなぁ」


悦子は門野がそんな事を言うなんて信じられなかった。


「むかつくなあ。こいつ!」


もう駄目だ。目が吊り上がっている。

悦子はスマホを奪いたかったが

睨む栞が怖くて動けなかった。


「もしもし、?何言ってんの?

 それはこっちのセリフなんだけど」


栞は深いため息をついたあと怒りを鎮めるため

静かな深呼吸をし、悦子が財布を見た訳を話した。


「そっかぁ? そのお詫びの代行業者で

 が電話してきたんだね?」


「代行?チッ」


舌打ちと共に美しい顔がゆがむ。

もう語気が変わっていた。


「あんたが悦っちゃんと話しないからだろ?

 財布の件知ってて、わざとシカトしてさ

 悦っちゃんに嫌がらせするチンケな男だわ」


「そうそう、オレさ、財布を調べられたくらいで

 すぐ腹立てちゃうチンケな男なんだよね」


「こいつマジむかつくわ!

 悦っちゃんが門野さんは素晴らしいとか言ってたけど

 なにこいつ?そこらのクソ客と同じクズ野郎じゃん?」


「そのクズ野郎の財布見るのはセーフなんだ?」


「てめえ!人が必死で詫び入れてるのに

 やっぱりクズだわ、終わってるよあんた」


「急に電話してきて、さっきからなに?

 会ったことも無いのにクズってわかるんだ?

 偉いんだねぇ?は一体何者なの?」


「聞きたいか?クズ野郎っ!」


栞はスマホを掴んで立ち上がり大声を上げた。


「私も悦っちゃんも風俗嬢さ。

 お前らクズ客の金で生きてる最低の風俗嬢さ

 分かったかい?クズ野郎!おい!」


栞はソファに座りスマホをテーブルに戻す。

その手は怒りで震えていた。


ほんの何秒かの沈黙が恐ろしく長かった。


「しおりちゃん? すまない。ちょっと」


門野のトーンが落ちる。


「いや、今の発言。ごめんなさい。

 腹立ちまぎれに暴言を吐いてしまって。

 悦っちゃんにもあなたに対しても

 本当に申し訳ないです。撤回します。

 本心じゃないんだ、お許しください」



「ねえ?聞いてよ、門野さん」


「私たちね、仕事で客にバッグの中、物色されて

 財布とかスマホ見られるの、けっこうあるの」


「だからあなたがどれだけ嫌な思いをしたのかは

 分かっているつもりなの」


「財布を見た悦っちゃんは本当に最低よ。

 でもね、あなたに出会って、大切にされた。 

 人として見てもらえた、好きな人ができたって。

 心の底から喜んでたんだよ。あなたが心配でやったの」


「門野さん、あなた、悦子の彼になってくれたんでしょ?」


「つまんない心配するな。もう2度とやるなって。

 バカな女だなって、笑って抱きしめてやってよ、ねえ?」


悦子は声をあげて泣き出した。


「え?横に居るの?」


「聞こえた?わかった?」


「悦っちゃんの声わかんないはずないだろ?

 オレはまだ一応、彼のつもりだよ」


彼のつもり。


栞はその一言に相好を崩した。


そして泣いている悦子にかわいくピースをして見せた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る