第10話 まかせなさい

「どうしたんだろう?…」


悦子はスマホを消してつぶやいた。


ホテルでのお泊りデートから10日あまり

門野のラインが少しよそよそしい気がする。

既読にはなるものの返信も遅い。

今まではラインの内容も優しいものだった。

でもそれがどうも事務的に冷たく感じる。

電話で話そうとしても忙しいようですぐ切られる。

次のデートの相談もままならない。


おかしい。悦子は門野の異変に気付いた。

前回のデートで彼を怒らせる事をしたかな?

あの日を懸命に思い出すが分からない。

門野に直接聞いてもきっと話はしてくれないだろう。


悩んだあげく、悦子は栞に相談することにした。

栞はこの手の相談事が好物らしい。

すぐにラインで会う事が決まる。

悦子の休みに合わせてごはんに行く。


たまに2人で行く洋風居酒屋。

ここは半個室風の部屋がある。

密談にはもってこいだった。


悦子は門野とのデートを丁寧に説明した。

そして別れたあとどうも態度がおかしい。

浮気とかではなく、避けられているように感じる。

原因は分からない、どうしたらいいのかしら?

と今の状況を栞に説明した。


酒に強い栞は、ビールからハイボールに変更。

唐揚げ、ピザなどをたいらげ今は餃子で話を聞く。


「おかしいなぁ… ねえ?

 夜はなにもなかったんでしょ?

 様子が変だと感じたのはいつ?」


「次の朝は朝食食べて、その最中に電話があって

 で、急に早く帰らなきゃならなくなったって

 部屋に戻って支度して、10時半ごろには帰ったの」


「電話ってなんの?」


「仕事」


「親が死んだとかじゃなくて?」


「うん仕事…」


「で、帰る… かぁ?」


栞は餃子をタレに沈めたまま

悦子をじっと見つめた。

美人だけにまじまじと見られると怖い。


「ねえ?ウソじゃない?」


「えっ?」


心臓が早鐘のように打つ。


栞の推理はこうだった。


10時半にホテルを出て目黒から東京駅まで

駅まで歩く、電車の待ち時間、新幹線切符変更。

いくらあわてて戻っても会社に着くのは14時以降。


今の時代 zoom でいくらでも話はできるし

資料もデータで送れる、その気になれば

チェックアウトは12時なのだから2時間

部屋で仕事の指示はいくらでもできる。


帰るより、そっちのほうが早い。

早く別れるための口実だと思う。

彼が帰ろうとした原因がどこかにある。

栞は宙を睨みながら理路整然と説明する。


栞ちゃんは頭がいいな。悦子は感心した。

自分はどうもお人好しでボーっとしてる。

こんなのだから男に騙されたんだ…



「もう1度思い出してよ。

 どんな小さな事でもいいからさ」


「あの夜、たしか12時すぎには寝て…」


「うん」


「あっ!」


悦子は小さく飛び上がった。


「なに?思い出した?」


栞は掴んでいた餃子を離した。


「何?心当たりがあった?」


悦子は栞と目を合わさずに

壁の生ビールのポスターを見ながら言った。


「夜中にお財布見ちゃった」


「誰の?」


「彼の…」


悦子はスローモーションで座り

栞と目が合った瞬間ボロボロと泣き出した。

栞は箸をパチンと置くと、ハイボールを飲み干した。


「なんでそんな事したのよ?」


栞は少し怒りながら尋ねる。

悦子は泣きながら事のいきさつを説明した。

栞は餃子を忘れたかのようにそのままにしている。


「まずかったなぁ… 見られたわ、きっと」


栞は謎を解いた考古学者のように腕組をして頷いた。

悦子の気持ちは分かる。でもやり方が不味かった。

彼は金目当てで悦子が近づいたと勘違いをしている。


「誤解を解かなきゃだめよ」


「無理よ」


「なんで?」


「電話かけてもすぐ切られちゃうし

 話聞いてくれても言い訳だと思われちゃうわ」


おしぼりで涙を拭き拭き悦子が嘆く。

栞はまだ腕組を解かずに宙を睨んでいる。


「悦っちゃん、いつも彼と話すの何時ごろなの?」


「いつも?10時か11時ごろ」


栞は手首を返し時間を確認する。

明かりに反射してギラギラと輝く

スイスの高級時計だ。


「まだ8時半じゃん。ねえ?早く食べよう!」


悦子は栞の言ってる意味がわからない。


栞は、今から門野に電話して説明しようと言う。

窃盗の疑いをかけられたままお別れは癪に障る。

ちゃんと門野と話をして、ケリをつけよう、と。


悦子はびっくりした。そんな!説明をする?

思いもよらなかった。しかも悦子の家に今から行き

栞が電話するという。断ったが彼女は言うことを聞かない。

今日はけっこう飲んでるから泊まるとまで言い出した。


この居酒屋は駅前にある。ここから2駅で悦子の家だ。

栞は何度か泊まりに来たこともあるのでそれは構わない。

ただ、会った事もない門野と話すのは困るのだ。

それにビール2(生大)とハイボールが1杯。

泥酔ではないにしろ、酔ったままの電話だ。

彼はきっと話を聞くわけがない、もう駄目だ…


酒に弱い悦子は薄めのウーロン茶を飲み干した。


「まかせなさい!この栞さまに!」


「あ!そうだ、ね、締めに焼きそば2人で分けようよ」


悦子が頷いていないのに店員を呼ぶ。


「やきそば1人前とレモンサワー。

 あ。レモンサワー大ね。ジョッキで!」


餃子をやっと口にほおりこみ笑む栞。


なにがまかせなさいよぉ…


悦子は半分の焼きそばが喉を通らなかった。



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