第7話 本名
「あれ?」
門野はマウスをせわしなくクリックしながら
店のHPを何度も見直す。
やっぱり、無い…
アキの名前が無い…
辞めたのか?
あのディナーデートから約1か月。
メールも普通だったのに
何も教えてくれなかったな…
嬢と客なんてこんなもんかな?
惚れたのはオレの勝手だもんな。
そうは言うものの
門野は残念でしかたがなかった。
諦めきれない。
HPの隅から隅まで見直す。
何度見ても彼女はいない。
ブログのコーナーか。
嬢たちがPR用にブログを書いているのだが
アキはたしか?
文章が下手だから書いてないと言っていた。
もちろん、知ってる嬢はいない。
別に新しい女を探す気も無いし…
なにげにブログを見ていた。
「ん?」
「栞。これ、しおりか? 字が良くないな。
詩織とかなら、かわいいのに」
文句を言いながら見る。
この子はマメなようだ。
買い物、スイーツ、客へのお礼。
女子力の高そうなセンスのいい記事が続く。
顔も一部しか見せてないがすごい美人だ。
どうせ加工だ、こんなの。
毒つきながら読み進む。
最新の件名に目が留まる。
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(さようなら)
かわいい妹分が今日で引退しちゃった(涙)
まあ惚れちゃったんだからしかたないか?
どうか神様、上手く行きますように!!!
お姉ちゃんは応援するぜ~
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門野は最後の画像を見て驚いた。
記事と画像が全然繋がらないのだ。
画像は手のひらにスプレーボトルを乗せたもの。
「これ、100均の…」
門野は何度も記事を読み返す。
惚れちゃった?
誰か好きな男ができて辞めたのか?
上手く行きますようにって
そいつとの進展って事だよな?
でも、スプレーボトルはなんだ?
あの忘れ物じゃないのか?
惚れたってオレじゃないだろう?
何の連絡もなかったんだから…
オレが嫌だからこっそり辞めたんじゃないのか?
門野は何度もブログを読み悩んだ。
* * *
アキも門野にメールをしたかったが
病気になった事も隠したかったし
衝動的に店も辞め連絡ができなかった。
メールしてどうなるの?
好きですって告白しても
OKもらえるわけがない。
信じてもらえっこない。
私は風俗嬢だもん…
アキは栞に相談することにした。
店を辞めても2人の関係は変わらない。
申し訳ないと思いながら相談できるのは
栞しかいなかった。
「え~?何で連絡しないのよお~」
話を聞いた栞は門野にメールしない事を怒った。
もう辞めたのだ。遠慮はいらない。
それと同時に仕事の事も相談しろという。
好きな女に頼られて嫌がる男は居ない。
彼が断れば脈が無いということだ。
そうは言うもののアキは悩んだ。
栞の言う通り、門野が相談に乗ってくれたら
社会経験も自分より上。現役のサラリーマンだ。
頼りになるだろう。でもそんな事…
自分と門野はただの嬢と客の関係なのだ。
悩んで何日かが過ぎた。
ある日の夜。
受信トレイ(1)門野だった。
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店を辞めたの?心配しているんだけど。
栞という子のブログを見たんだ。
君の事か?と思ってメールしてしまった。
間違っていたらごめんね。
もしよかったら、メールくれない?
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アキは飛び上がるほど驚いた。
栞ちゃんのブログ?
何の事?
HPを見る。
「さようなら」これだ!
この前話した時、栞ちゃんは
何も言わなかったじゃない?
あわてて栞にラインする。
すぐ既読になった。
(お~ブログ見た!)
(お礼に焼肉な ⌒d(´∀`)ノ)
(ていうか、今からクソ客~)
栞らしい…
涙が止まらなかった。
アキは門野に包み隠さず思いを伝えた。
最初は優しい人だと思った。
太客になってくれるかな?くらいだった。
メールでやり取りするうちに人間性が見えた。
風俗嬢である私をバカにせず大切にしてくれる人。
本当に会いたい人になった。
2度目のディナーデート。離れたくないと思った。
門野を愛している事に気づき始めた自分が居た。
そのあと、身体を壊した。もう精神的に働けない。
嬢は辞めた。人生をやり直すつもり。
優しさに飢えた自分が門野にすがるのは身勝手な事
迷惑だと思うが、素直に思いを伝えたかった。
そして最後にこう締めた。
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私と門野さんは遠距離です。
門野さんのご都合で簡単には会えません。
でも、私はメールでも電話でもなんでもいいから
あなたと繋がりたいと思っています。
私を1人の女として見てくださいますか?
ご迷惑なら返信はなさらないでください。
いつまでも返信お待ちしています。
矛盾してますよね(-_-;)
門野恵一さんへ
アキ改め 橋本悦子
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そういえば、門野さん
私に本名を1度も尋ねなかったな…
改めてそう思った。
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