第6話 傷

結局アキは店を辞める。


その後、蕁麻疹も消え、体調も元通りとなった。

でも仕事を辞めて、どう生活をしていこう?

失業保険がもらえる事は分かった。

少しの貯えはあるけど…

新しい仕事が見つかるのだろうか?



実家には戻れない



2度と…



* * * 


アキの人生は作り話のように悲しいものだった。


大学を卒業後、夢を抱えて田舎から上京。

小さな企業に就職、そこで1人の男と出会う。

恋愛は初めてではなかったが、学生時代とは違った。

東京という舞台で繰り広げられる大人のデート。

自分をドラマの主人公のように錯覚した。


上京して3年目。

標準語もすっかり板についたころ

アキは彼との間に新しい命を授かった。

彼にその喜びを伝えた。


「結婚?何言ってんの?知らねえし」


信じられない言葉だった。


「そんな… 私たち、結婚するんでしょ?」


「はあ?そんな約束した?」


確かにそんな約束を交わしたことはない。

真剣なのは私だけだったんだ…

今考えれば、自分はただの女友達

彼からしたらセフレくらいの感覚?

だったのかもしれない。


アキに妊娠を告げられた彼の行動は迅速だった。

会社を辞め、携帯を解約し、住まいを引き払った。


アキは愕然とした。

この都会で信頼できるたった1人だったのに。

親戚縁者も居ない東京。相談できる人もいない。

迷ううちに5カ月はやってくる。

しかたなく手術を受け、実家に帰ることにした。


彼女の故郷は山間の田舎だった。

〇〇さんちの娘が東京から戻った。

SNS なんか無くてもすぐに広まった。


そしていつしか噂が流れる。

あの子は都会で男に捨てられ帰ってきた。


本人への直接の中傷はなかったものの

母親が矢面に立たされた。

アキはそれを知らなかった。


彼女は生まれ変わろうと必死だった。

仕事を見つけ働きに出る。

新しい仕事になれたある日の夕方。

スマホに着信。3つ下の妹からだった。

なんだろう?電話する。


「○○病院まで来て。話はそれから」


妹は一気に言うと電話を切った。

誰か倒れたのかな?事故かな?

アキは慌てて帰り支度をし、病院へ行った。


病院の正面玄関に妹はいた。 

無表情で不思議な感じで立っていた。


「どうしたの?」


小走りで妹に近づき尋ねる。

目が合った瞬間、ガキっと音がした。

なんとなくフラっとした。


何が起こったのか理解できずに妹を見た。

その瞬間、またガキっと音がして前のめりに倒れた。

とんでもない痛みが頭を突き抜ける。


「え?真美まみ?」


妹の名前を呼び、顔を上げた。

その瞬間額になにかがつたう。


血?


初めて殴られたのだと理解した。


「母さんが、首吊った」


そう言った瞬間、頭を蹴られた。


「死んだんだよっ お前のせいでっ」


本能で顔をかばう。

蹴られた事よりも

母の自死が頭の中をめぐる。


「お母さんが?私のせい?」


妹は泣きながらアキを何度も蹴る。

薄れゆく意識の中で

真美が手にしていたのは

肉叩き用のハンマーだと分かった。








「・・・・」


気づいたらベッドの上だった。


必死で記憶を辿る。


あ。真美に…


そうだ、母さん!


身体を起こそうと思ったが動けない。

とにかくナースコールを… 


看護士がやってきて事の経緯を説明した。


アキは頭部裂傷と顔面打撲で全治2週間。

傷は思ったより浅かった。脳に異常はない。

骨も折れてはいない。腫れているが元に戻る。

ハンマーがアルミ製で軽く小さかったので助かった。

それに病院玄関での出来事が幸いしたのだ。

母は一命は取り留めたが後遺症が残るかもしれない。

最悪の事態ではない。今は治療に専念すること。


翌日、アキの元へ警察が事情を聞きにきた。

妹のやったことは殺人未遂に相当する暴行だ。

アキは告訴はしないので、妹を傷害罪に

しないでほしいと懇願した。


自分のせいで母親が自死。

妹は警察に通報され逮捕された。

小さな町の出来事だ。

家族はまた注目を浴び中傷されるだろう。


あのまま死ねばよかった。

きっと新しい命を奪った罰が当たったんだ。


入院中、泣き続け苦しみ続けた。

退院の日が近づく。

アキは焦った。

ここの入院費は?

退院後どうしよう?


退院の前日、病室に叔父がやってきた。

入院中、初めての訪問者だった。

小さい頃からかわいがってくれた

大好きな叔父だった。


叔父は母が無事家に戻った事。

少し後遺症が残るが生活はできる事。

妹は傷害罪ではなく不起訴になる事。

入院費はお父さんが払う事。

アキの心配をすべて払拭してくれた。


最後に叔父が言った。


「これ、荷物と兄貴から」


そう言って傍らにあったアキのスーツケースと

大きめの封筒を渡した。


「じゃあな、元気でな」


父からの封筒を開ける。

相当な額の現金と手紙だった。



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母さんの事は心配しなくていい


真美を許してやってくれ


これで新しい土地に行き


人生をやり直しなさい


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東京に戻った。


それから独り懸命に生きて来た。


風俗嬢アキとして。





* * *




たまにフラバする。


アキはこの傷を思い出しても


涙一つ出ない自分が心底悲しかった。

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