第3話 深夜のやりとり

「お疲れでーす」


ドライバーがバックミラーで後部座席を確認。

そこには恐ろしく沈んだアキがいた。

当然、なにがあったか?は聞かない。


嫌な客だったんだな?さっきとはえらい違いだ。

かわいそうだけど自業自得だ。こいつら嬢だもん。

オレより稼いでるんだしな、ガマンしろよ。


そんな事を思いながらチラチラ顔を見る。

泣いている。やっぱり嫌な客だったんだ。

ドライバーからすればどうでもいい他人事だった。


アキはスマホを見るふりをして泣いていた。

門野の次に受けた客は初見の高飛車な中年おやじ。

小太りで横柄な態度。自慢話に辟易しつつ相手していたら

追加料金で本番を求められた。


こんな客はいくらでもいる。

マニュアル通り断るとキレて悪口三昧。


「幾ら出せばOKなんだよ?

 金のためなら何でもやるんじゃないの?」


「なんでこんな仕事してるの?親は知ってるの?」


「お前、性病じゃないだろうな?」


等々の悪口三昧。


なだめてすかして、なんとか90分を務める。


「お前、態度よくないよ。ブスのくせに。

 サービスも悪いしよ、愛想笑いばっかで

 すぐに誰にも呼ばれなくなるぜ、マジで」


何を言われてもシカトする。

早く逃げたかった。


「すいません、失礼します」


客と目を合わすことなく靴を履く。

男はまだ毒ついている。


「お前なんかすぐ終わるよ。底辺、死ね!」


ドアを閉め、90分が終わった。




いままで嫌な客には星の数ほど出会った。

最初の頃は立ち直れないくらいへこんだが

今となってはなんてことはない。

帰ってNGを告げれば、もう会うこともない。


だが今夜だけは堪えた。

男の一言一言が辛く刺さった。

それと同時に門野が浮かんだ。


50代にしては若々しい、少年のような男。

なにより優しかった、大切にされたと感じた。

だからこそ久しぶりに泣いてしまった。


またスマホを取りだす。

どうせメール来てないよね。

え? 1件のメール。


ドライバーのほうをチラと見て開封する。

門野だった。

件名は「ありがとうございました」

ドキドキしながらメールを読む。

え?スプレーボトル?

あわてて化粧ポーチを取り出す。


スプレーボトルって、ミスト用のかしら?

たしか100均のボトルに化粧水を入れていた。

最近使わないから忘れていたけど…

そっか、あの時たまたま出して洗面所に置いたんだ。


アキはうれしかった。忘れ物のおかげでメールがきた。

しかも「次会った時に渡せばいい?」と書いてある。

門野さん、また会いたいと思ってくれてるんだ。

現金なもので、さっきの悔しさ、怒りは何処へやら?

久しぶりにウキウキしている自分に気づいた。


店に戻り、返信する。


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自分を選んでもらってうれしかった。

今日初めて会えて、過ごした時間が楽しく

また会いたいと思っていたが、出張の人だし

メールはもらえないかな?と思っていた所

自分の忘れ物のおかげでこうして連絡いただけた。

本当にうれしい。また門野さんがこちらへお越しになる

その時お会いしたい、いつまでも待っています。

またメールしてかまいませんか?

-----------------------------------------


そんな内容でけっこう長文のメールをしてしまった。


返信は10分後くらいに来た。

まるでメールを待っていてくれたみたいだ。

うれしかった。アキは懸命に返信をした。


どうせ待機部屋でスマホを見ているだけの夜。

メールでもひさしぶりに人との会話が楽しい。

さっきの嫌な客を忘れて門野とのメールは続く。


2回目のメールで門野が離婚して独身だと知る。

寂しい独りの夜にアキに会えてよかった。

こんなオヤジの相手してくれてありがとう。

嫌な事はありませんでしたか?


気遣いの言葉が続く。


アキは驚いた。今までに何度も客とメールをしたが

嬢にここまで気遣いをする客は初めてだった。

たまにイイ客もいるが、それは仕事において

無理やり求める事がなくキレイに遊ぶ、良客の事だ。


いくらお金を使ってくれる客でも実際のところ

心の底からイイ人だなとまで思わせる人はいなかった。

風俗に通う男なんて…

アキ自身にそんな偏見があったのも確かだ。


でもこの人は違うのかもしれない。

門野に対しては別の印象を抱いた。

こんなにも返信を待つ自分が不思議だった。


アキは門野の出張が決まるまで待っている。

それまで、近況報告などのメールも欲しい。

やり取りをしてくれるかと尋ねた。


門野の返信には、こんなオヤジに会いたいなんて。

営業でもなんでも構わない素直にうれしい。

急には無理だが、再来月くらいには東京に行きたい。

どうでもいい事でもメールしたいよ。とあった。


その後、2~3回メールのやり取りを交わした。


メールを止めるのは嫌だったが時間も0時を回った。

おやすみなさい、でしかたなく終わった。

門野は明日も仕事だろう。アキの夜はこれからだ。

幸い次の客は付かない。よかった。今日はもう嫌だ。


アキは終業時間まで何度も何度も

門野とやりとりを読み返していた。


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