第2話 悲しい女神


門野はソファに沈んだまま悩んでいた。

名刺を見つめながらまた考え直す。


ちょっとイイなと思ったくらいで

メールしてどうする?

釣りじゃん、営業じゃないか。


でも…どうなんだろう?

いつ来るか?分からない客に「釣り」をするのかな?

いや、釣りだからこそ100均の商品を置いておくんだ。


返さなきゃって、客がメール送って

次の約束取れたら儲けものだもんな。

店の作戦だよ、きっと。


嫁と別れてから猜疑心が強くなった。

またこの年になって素直さも無くなったのだろう。


でも出張族にそんな手使うかなぁ?

あ。でもすべての客にやらないのかもしれない。

嬢が気に入った客限定のわざとの行為かもな?


仕事ではけっこう決断力もあった門野だが

こんな些細な事で悩むところがあった。

同じような事で何度も堂々巡り…


でもやはりどんな物でもあの女の忘れ物だ。

やはりメールしておくか。


さんざん悩んでやっと打ち出した…


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アキちゃん、門野です。

さっきはありがとう!

こんなオヤジの相手してもらって感激です。

また出張が決まったらメールするよ。

その時はまた指名するから相手してね。

あ、あと忘れ物してない?

スプレーボトル。100均のかな?

君のじゃない?どうしよう?

次会った時に渡せばいい?

よかったらメールください

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門野はなんとなく、情けないなぁと

思いながら期待を持った。

返信もらえたら、次は気楽に会うことができる。

たとえ営業でもなんでもかまわない。

門野は誰かに相手をしてほしかった。






「お疲れでした~」


送迎ドライバーが感情のない声で言う。

ホテルから戻ったアキは曖昧な返事をして

後部座席に身を沈めた。


店の規則でドライバーは基本、嬢とは話さない

アキも会話はしたくなかったので

このシステムはうれしかった。


かばんをまさぐりスマホを取り出す。

門野からメールが来ているか確認する。

今まで信頼できるかなと好意を持った客には

営業半分、個人的な感情半分、アドレスを教えた。


メアドを受け取った客は即、メールをくれた。

今日はよかったよ、また会いたいな~ 等々

たとえどんな内容でもすぐに返信が返ってくるのは

好印象を持たれた証拠だしリピート率も上がる。


なのに今回はまだメールが来ない。

「やっぱりダメなのかな?」

自分を気に入ってくれた素振りだったから

期待していただけにショックだった。

落胆しながら、スマホを仕舞う。

アキがため息をつきながら外を眺める頃

門野はまだスプレーボトル片手に迷っていたのだ。


事務所に着いた。次のオーダーまで一旦休憩。

この店の待機部屋は狭いが個室なのがありがたい。

連絡が入るまでは何をしていても自由なのだ。


おんぼろソファに座りスマホの確認。

やはり門野からのメールはなかった。

アキは淡い期待を抱く自分が悲しかった。

イイお客が現れて仲良くなって…

そんな想像をする時がたまにある。

門野のような優しい客に出遭った時だった。


でも、出張の人だ。次いつ来るか?わからない。

彼が来てもその時自分が出勤していなければ会えない。

メールでやり取りをしていれば相談できるのに。

こっちから先にメールしてみようかな?

でもスルーされたらめげるし…


建前として風俗嬢は客と恋愛関係になることはない。

客とお付き合いして引退。それは店として困る。

でも客に恋愛感情を抱かせて通うように仕向けるのは

水商売の世界では定石だ。


1度2度と通ううちに仲良くなる。

客には恋愛感情が芽生えるが恋の列車は各駅停車だ。

嬢の手のひらで転がされ、なんとかしようと通う。

願わくば、彼女になってもらえるかもしれない…

客の経済状況にもよるが、通っている間が花。

金の切れ目が縁の切れ目だ。


アキは駆け引きは嫌いだし、上手くできなかった。

したがってメアドを教えてまた来てほしいと望む客は

本当に自分が気に入った客に限る。


アドレスを教える事がない客でも何度か通って

馴染みになって交際を求める客もいる。

だがそれは恋人になりたいという願いではなく

金を使わずタダでヤリたいという魂胆なのだ。


セフレなんかまっぴらだ。風俗嬢ではあるけれども

まともな恋愛がしたい。心までは売りはしない。

アキは客と嬢との関係をはっきりさせているつもりでも

そこに少しの恋愛感情を挟み込んでしまうのだった。


「バカね、私」


小さく呟き失笑する。


彼女にはまだ乙女の部分が残っていた。

いや、そんな表現は彼女に失礼に当たる。

風俗嬢。おかしな偏見で見る人もいるが

彼女たちは普通の女性だ。

ただ、男たちの勝手な欲望を叶えるために

働いているにすぎない。


寂しい男にとってはまさに女神だ。

心を殺してこの辛い仕事を乗り切る。

客の前では常に女神を演じなければならない。


アキという名の悲しい女神にオーダーが入る。


再度、スマホを確認するが門野のメールはなかった。


「はぁ… 終わり、終わり」


小さくつぶやきながら

彼女はバッグを肩にかけ立ち上がった。





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