第7話 奇跡の花園

 その日も、またいつもの夢をみた。

 お城の塔の頂辺、迫り来る魔物達、お姫様の姿の自分、騎士との永遠の愛の誓い、転生後の再会を祈り光に包まれる……。

 そして目が覚めたが、いつものように涙に濡れてはいなかった。

 色んな思いが頭をよぎる。

 自分は、姉が言うように転生者なのだろう。ささやかな、宴会芸レベルの魔法はその為に違いない。

 そして、夢に出てくるお姫様は異世界での自分自身。会話の内容からあと一年を待たずに、魔物に囲まれたあの恐ろしい状況に引き戻される事になる。

 一日も早く騎士の転生者と合流し、あの絶望的な状況からの起死回生の策を練らなければならない。

 騎士は、夏輝の近くにいる存在として転生している筈だ。それは直之ではないかと思うのだが、確証は何も無い。

 その確証を、どう得ればいいのだろう……。

 ストレートに聞いてみようか?

 あなたは前世で私に仕えた騎士デュークフリード様ではないですか?

 いや、とんでもない。もし違ったら大変なこと、高二にもなってイタい中二病を発症したとは思われる。

 そうだ、マンガやアニメは好きみたいだし、異世界転生物の話題を振ってみたらどうだろう。最近のおもしろいのを知らない?

 でも、それではマンガの話で終わってしまう可能性が高い。もし、夏輝の予想が当たっていたとしても、自分は転生者だと告白する筈もない。

……色々考えて、結局元の考えに戻ってしまう。

 とにかく、タイミングを計って、恥を覚悟で聞いてみるしかない。

 転生者であるかどうか……そして、マリアグレースの名を憶えていないか。

 そして、暗い気持ちになる。

 たとえ直之がデュークフリードであったとしても、マリアグレースが男に転生していたと知れば、永遠の愛も一瞬で冷めるのではないか。

 そんな状態で『その時』を迎えたらどうなるのだろう。

 決して愛の奇跡は起こるまい。

 デュークフリードは棟の上から投げ落とされ、マリアグレースは死ぬまで魔物に犯されたあと、骨の一片まで残らずに食われるだろう。

 夏輝はただ、布団を被って恐怖に身を震わせるしかなかった。



 賢が珍しく早い時間に登校すると、中庭の花壇にジョウロで水を撒いている夏輝の姿があった。

 賢に気付いた夏輝は、朝日に目を眩しそうに細めながら言った。

「おはよ」

 花壇をまじまじと見ながら、賢は独り言のように言う。

「やっぱりな」

「えっ?」

「ここがなんて呼ばれてっか知ってるか?」

「花壇?」

「まんまじゃネェか。誰も世話してないのにいつも花が咲いてるから『奇跡の花園』だよ。まあ、お前が手入れしてんじゃネェかって、都市伝説レベルの噂はあったがな」

 夏輝は返事をせず、ただ微笑んで水を撒き続けた。

 ジョウロの水が無くなり、賢は尋ねる。

「夏輝さ、宇野とはどういう関係なんだ?」

 ジョーロを持ったまま、夏輝はフリーズする。

「もうイジメっ子とパシリの関係じゃないよな。付き合ってんの?」

 振り向いた夏輝の目は怯えていたので、むしろ賢が驚いた。

「いや、そんな心配すんなって。オレはそういう事に偏見は持たネェからさ。夏輝が選んだ相手なら、男だろうが女だろうが祝福するさ」

 そして、夏輝が返事をしないので続けた。

「お前、よくボーッってどっか見てたけど、あれって宇野を目で追ってたんだな」

 夏輝は、諦めたように頭を垂れた。

「付き合ってなんかいないよ……完全な片思いだから」

「いや、完全っていうのはネェだろ。昨日だって、イノシシ先輩から夏輝を守った宇野は、愛するプリンセスを魔物から守るナイトみたいだったぜ」

「えっ……見てたの?」

「ガクッ。見てたのじゃネェよ、お前のすぐ後にいたんだよ。やっぱ気付いてなかったな。ナイト様に夢中か」

「ごめん……」

「謝ることじゃネェし。しっかし、アイツ強かったな。何食ったら、あんなに速く動けるんだろ」

 賢が直之を褒めると、夏輝は自分の事のように嬉しそうな顔をした。

 その表情に、賢は胸にヒリヒリとしたものを感じた。


「どうよ、このメガネ。カッケェだろ」

 誠司は、右の口角だけを上げてニヤリと笑う。

 昼休み。

 教室を訪れたメグに、誠司は自慢気に言った。

「うん、よく似合ってるよ。そんなメガネをかけたジェームス・ディーンの写真、確かに見たことあるね。それが『アーネル』ってヤツ?」

「いや、アーネルがさ、高いのよ。五万もすんの。探してみたら、よく似たヤツが半分以下の値段だったからさ、そっちにした」

 メガネで盛り上がる傍らで、夏輝は静かに微笑みながらその話を聞いている。

「それで十分じゃん。70点のジェームス・ディーンって感じ」

「微妙な点だな。メグは眼、良いのか?」

「うん、両方とも1.5。でも、バイト先では伊達メガネだよ。優等生キャラだから」

「はあっ? メグが優等生?」

「そだよ。ウチは店員一人一人にキャラ設定があるの。怖いお姉様キャラとか、世間知らずキャラとか」

 座っていた誠司の机から飛び降りたメグは、背筋を伸ばして凜と立ち、両手の指先を身体の前で美しく揃えた。

「いらっしゃいませ、お嬢様。ようこそお越し下さいました。お席までご案内致しますわ」

 ちょうどその時、賢が濡れた手をヒラヒラ振りながらトイレから戻って来た。

「お、おう、すまねえな。お嬢様じゃネェけど」

 メグは、賢の机の椅子を引いて座らせる。

 そして、ハンカチを取り出すと賢の前に差し出した。

「こちらハンカチでございます。どうぞお使いくださいませ」

「お、おう、重ね重ねかたじけない」

 誠司は立ち上がって拍手する。

「スゲェ! スゲェよメグ! 確かに優等生に見えるわ。声もいつもと全然違うし、声優みたいな声だな」

「フフーン、どんなもんだい」

 メグは腰に手を当て自慢気だ。

 夏輝も笑いながら拍手していた。

「そうだ……実は、お店の女の子が一人辞めてさ、受験に専念するって。お嬢様の中のお嬢様ってキャラ設定のコで、基本カフェの真ん中にあるピアノの席で本読んだり、ピアノ弾いたり、ぼっちの寂しそうなお客さんの話し相手になったりする仕事なんだけど……」

 賢が、手を拭き終わったハンカチをメグに返しながら言った。

「それって仕事じゃねえだろ。遊んでるだけじゃん」

「そうでもないんだって。そのキャラは、普通一番ベテランのコがやって、店全体に気を配ってるんだよ。ケーキもコーヒーも相場より遥かに高い店だからね、楽しくなかったら次から誰も来なくなるんだ」

「なるほど、言われてみりゃあそうだな。飲み食いさせるだけじゃダメで、コンセプトで客を楽しませる必要がある、と」

「だけど、いないならいないでお店が回るのも事実でね、かといって、今まで誰かがいた場所を空ける事もできないわけ」

「メグがやりゃいいじゃん」

「現場の頭数が足らなくなるし、メグのキャラじゃないよ。座って本を読んでいるだけで、周りの溜め息が出るくらいの美少女じゃないと」

「溜め息が出るほどねぇ。そんなの、そうそういる訳ネェわな」

「いるじゃん。そこに」

 メグは夏輝を指さした。

 夏輝の目が点になる。

「えっ?」

 誠司が頬を膨らませて笑った。

「ププッー! オモシれぇ! そいつはオモシれぇ冗談だ」

「冗談じゃないよ。本気だよ」

「おいおい、正気に戻れよ。お嬢様どころか、狂犬新田だぜ」

「誠司こそ先入観を捨てなよ。狂犬は一旦置いといて、この顔に少しメイクして、ウイッグとミッションスクールの制服を着たところをイメージしてみて……ほら、溜め息が出るほどの美少女の出来上がりだよ」

「ああ……確かに……だけどいいのか? こいつ男だぜ。客を騙すことにならネェか?」

「騙すも騙さないも、コンカフェ自体が偽りを楽しむ空間だからね。そもそも店員にお嬢様なんかいないよ。ギャルばっか。ギャルがお嬢様演じるのと、夏輝がお嬢様演じるのと、なんか違う?」

「そりゃそうか。違わネェわ」

「でしょ。それにさぁ、最近の夏輝の物腰見てると、演じなくても素でいけそうな気がするんだよね」

「いやぁ、楽しみだなあ。夏輝のお嬢様姿」

 もう決まったかのような誠司の言葉に、夏輝の目が再び点になる。

「えっ?」

 メグはスマホを取り出すと、何やらメッセージを打ち始めた。

 打ち終わると夏輝に言った。

「じゃあ、早速だけど今日いいかな。一応、形だけだけど面接があるから」

「えっ?」

 助けを求めて賢を見る。

 賢は、腕を組んで頷いた。

「こりゃ楽しみだな。久しぶりにウキウキするぜ」

「えっ?」

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