第2話 ゴミ捨て場にて
次の日、賢が学校に来たのは、1時間目の授業が終わった後だった。夏輝の顔を見るなり、こう言った。
「何だそのクマ、昨日寝てねぇのか? ひでぇ顔だぞ。ゲームかぁ」
「違ぇよ。オレはゲームはしない。そりゃお前だろ」
「その通り。朝までやってたら学校に来るのが遅れた」
「自慢げに言うな、バカ」
「でも見てみ、夏輝よりはるかにシャキットしてるぜ。悩みでもあるんか?」
「……わかんね。でも、こんな事してる場合じゃねえって気がする」
そんな会話の間も、夏輝の視線は直之を追ってしまう。隣の席の女子と楽しげに話しているのが無性に腹が立つ。
「わかる。わかるぜ、夏輝。もう高二だもんな。進学も就職も、オレらボンクラに道はあるのか、不安になるよな。だが心配すんな、お前のツラなら歌舞伎町で立派なホストになれる」
「チェッ、バカにしやがって。賢はどうすんだよ」
「オレか? オレはな、ゲームクリエーターになる」
夏輝は驚いた。賢が即答するとは思っていなかったからだ。
「へえ、海賊王じゃないんだ。プロの格闘家でもないんだな」
「フルコン空手のプロとかあれば考えたかもな。まあ、あっても飯は食えんだろ。ボクサーだって、それで飯食ってんのはほんの一摘まみだ」」
「ゲームクリエイター……って何だ?」
「ガクッ。夏輝もさ、たしなみ程度にゲームはやった方がいいぞ。時代に遅れるぜ。あのな、今のゲームってのは、総合芸術なんだよ。デザイナー、ミュージシャン、プログラマー、脚本家、そしてもちろん企画開発や営業、そんな人達が集まって一つの作品を創るのさ」
「そうか、そうだよな。アレだけのもん、一人でできる訳ないよな」
「オレはその中で、ゲームプログラマーを目指している。高校卒業後はプログラミングの専門学校に行くつもりさ」
「賢、本当にスマン。オレ、お前の頭の中には、本気で筋肉が詰まってると思ってた。反省する、スゲェよ」
「おい、ホメてんのか? ケナシてんのか? まあ、夏輝もアセんな。オレたちは若いんだ。やりたい事がゼッタイ見つかるって」
「ありがとう、感謝だぜ。だけどお前、専門学校の前に卒業できんの?」
☆
その日の帰り道、バス停で賢の彼女のメグが急に声を上げた。
「あ!」
夏輝と誠司が振り返る。
「……そういや、一年からコレ預かってた」
そう言って、ポケットから取り出した小さな封筒を夏輝に差し出す。
夏輝は、それを受け取って開いた。メッセージカードが一枚入っている。
放課後、体育館の裏で待っていますと書かれていた。
覗き込むと賢が言った。
「果たし状だな。体育館の裏といえば果たし合いだ」
メグが呆れた顔をする。
「つまんないよ、賢。確かに、こんなファンシーな封筒で果たし状がきたら面白いけど。ゴメン夏輝、私すっかり忘れてた。そのコには、明日あやまっとくよ」
夏輝はカードを封筒に戻した。
「いや、誰にだってウッカリはあるさ。とりあえず今から行ってくるわ。待ってたら悪いし」
「ほんと、ゴメン! 私が忘れてたって理由言いなよ……」
そして、夏輝は学校へと戻って行く。
「……またフルのかな。どんな美女なら夏輝はオーケーなんだろ」
誠司がボソッと言った。
「それにしても夏輝のヤツ、丸くなったよな。前は狂犬みたいだったのによ」
賢も頷く。
「オレの将来設計教えてやったら、メッチャ感動してたぜ。そうやって大人になって行くもんさ。誠司もそろそろ、その頭やめた方がいいぞ」
「うっせぇ! オレは二四歳まではリーゼントなんだよ(ジェームス・ディーンは二四歳でポルシェ550スパイダーの運転中に事故で亡くなる)」
メグは、少し考えて口を開いた。
「……私はさぁ、女子力が高くなったと思うんだ」
賢と誠司が同時に爆笑する。
「ガハハッ、女子力か、そりゃケッサクだ!」と賢。
「イヒヒッ……腹イテェ……」と誠司。
メグはムッとした顔で二人を見る。
「マジでさぁ、最近ケンカしてないよね」
誠司は涙を拭きながら答えた。
「そりゃあ、次こそ退学だろうしな」
「それと、ウチのクラスのソフトボール部のコが言ってた。朝練の時に、花壇の手入れしている夏輝を見たって」
賢が真顔に戻る。
「メグ、マジで言ってんのか?」
「そうだよ。これ見て……」
メグはシャツの袖口を差し出す。
「……ここのボタン、取れかけてさ、誰が付けたと思う?」
「まさかと思うが、この流れだと夏紀か?」
「そう。私がモタモタしてるとね、見かねた夏紀がアッという間に付けてくれた」
誠司はゆっくりと腕を組んだ。
「そういやさ、昨日アイツと売店行った時、パンの袋が落ちてたんだよ。他にもたくさん生徒がいたけど、みんな気にも止めてなくてさ。だけど夏紀のヤツ、わざわざ拾いに行ってゴミ箱に捨てたんだ……あれが女子力ってもんかどうかは知らんが」
バスが近付いて来るのが見えた。
最後に賢がポツリと言った。
「大震災の前触れだな」
学校へ戻る夏紀は、最初は早足だったがやがて小走りになり、最後は全力疾走になった。
体育館の裏に駆け込んで、一人ポツンと立ち尽くす女子生徒の姿を見た時、申し訳無さで一杯になる。
ラストスパートをかけた。
「ゴメン……ハァハァ……たくさん待たせちゃって……ハァハァ」
肩で息をする夏輝を見て、その女子生徒はもう涙で眼を膨らませていた。
「いえ、新田先輩に来て頂けただけで感激です」
「浅見さん……だっけ。話って?」
たぶん告白だろうなと思いつつ、一応聞いてみる。
「まず、お礼が言いたくて。先日、チカンから助けて頂いたこと……」
朝の満員バスでの事だった。隣のサラリーマンのスマホを見ている手の肘が、やたら胸に触れる。腕で守ろうとしても、その隙間から肘が入ってくる。
故意か偶然か判断が付かず、ひたすら不快な思いに耐えていた時、一人の男子高校生がサラリーマンとの間に強引に割り込んで来た。
夏輝だった。
周囲には、素行の悪い高校生の迷惑な行為にしか見えなかったかもしれない。だが、夏輝の背中が、守ってやるから心配するなと彼女に語りかけていた。
「……あのオジサン、いつも同じバスで、いつの間にか隣に来て時々あんな事があったんです。でも、先輩が睨みを利かせてくれてから、私に近寄らなくなくなりました。本当にありがとうございました」
「ああ、あれは難しい状況だったよね。もし、わざとなら、姑息で許されない事だよ。少しでも役に立てたのなら嬉しいな」
夏輝の笑顔を見て、女子生徒は泣き出してしまった。
「私……先輩のこと、好きになって良かった。先輩に好きな人がいること、先輩に振られたコ達から聞いて知ってます。だけど……この思いを伝えたかったから……」
ポロポロと流れ落ちる涙を見ていると、夏輝も切なさて胸が一杯になる。脳裏に浮ぶのは、直之の姿だった。
夏輝が直之の事を思って胸を焦がしているように、このコも自分のことを思って胸を焦がしている。その思いが、痛いほど伝わってきた。
ハンカチを取り出して女子生徒の涙を拭いた後、夏輝はそのコを優しく抱き締めた。
「オレのこと、好きになってくれてありがと。そしてゴメンね……片思いだけど、オレにも泣きたくなるほど好きな人がいるんだ」
夏輝の眼にも涙が浮かんでいた。
女子生徒は、微笑みながら頷く。
「一見怖いけど、本当は誰よりも優しい先輩が大好きです。だから、先輩の恋が上手くいくように祈ってます」
二人が身体を離すと、女子生徒はペコリと頭を下げ、走って行った。
そして、入れ替わるようにそこに立っていたのは、他ならぬ直之だった。
ゴミ袋を幾つも持って、所在なげに立っている。
「ゴ……ゴメン、別に覗いていた訳じゃ……」
夏輝の顔がアッという間に真っ赤になったので、直之の言葉は驚きで途切れた。
「あ……の……あのコとは何でもないんだ。告白されたけど、それだけで……」
シドロモドロになって言い訳する自分が情けなかったが、直之に誤解だけはされたくないと夏輝は思う。
「うん、知ってる。相変わらずモテモテだね、新田君。じゃあ、ボクはこれを捨ててくるから」
ゴミ捨て場は体育館裏の奥にある。横を通り抜けた直之を、夏輝は慌てて追いかけた。
「半分持つよ」
「いいよ、悪いから」
「いいから」
「アッ! ……ありがとう」
「今日、掃除当番だっけ」
「ううん、違うけど、サボって帰っちゃう人が多いから。掃除をやる者は、当番とか関係なく、やる者同士で助け合ってるんだ」
サボって帰っちゃう人とは、まさしく今日の夏輝の事だった。
「ゴメン……ほんとは手伝いたいと思ってるんだけど、オレがやっちゃあいけないような空気に逆らえなくて……言い訳だけど」
直之は、真っ直ぐ前を見ながら、微かに笑った。その横顔に、夏輝の胸がキュンキュンと締め付けられる。
「ボク、知ってるよ。新田君が朝早く来てみんなの机を拭いてること。花瓶に花を生けてることも。大変だよね、他人が自分に抱いているイメージを壊さないって……」
二人は、ブロックが積み上がって区切られただけのゴミ捨て場にゴミ袋を落とした。
「……ボクは、やれる事からやればいいと思うよ……ゴミ捨て、手伝ってくれてありがとう。また明日、さよなら!」
夏輝は、早足で戻って行く直之の後ろ姿に手を振りながら呟いた。
「また明日……ぁぁ、やっぱ好き……」
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