転生が二人を分かつとも

@neko-no-ana

第1話 夏輝の見る夢

 教室の後方隅の方に、大概そういった連中はたかっている。

 成績が悪くて素行も悪いが、口だけは達者で教師も煙たがって近寄らない。年中サカッていて、学校だろうが男女でベタベタしている。授業中見ているのは黒板でも教科書でもなく、スマホか鏡。

 そんな連中だ。

 そいつらの中には、教室の前方に多く生息している地味でおとなしい生徒達を召使いの様に扱う者も少なくない。

 新田夏輝もそんな一人だった。

 夏輝はこの学校の素行の悪い連中のボス的存在で、いつも成績トップの宇野直之を使いっ走りにしている。

「おう、直之。ちょっくら自販まで行ってくれ。ミルクティーな、甘くない方のヤツ」

「わかったよ、新田君。ミルクティーだね」

 直之は息を切らして戻ってきてミルクティーを差し出す。

「はい、ミルクティー」

 夏輝はジロリと直之を睨む。いや、別に睨んだ訳ではないのだが、直之の青みがかった瞳に引き寄せられて、周囲には睨んだように見えてしまう。

「お前の分は?」

「えっ?」

「お前のジュースだよ。二人分、ちゃんと金渡しただろ」

「いや、買わなかったけど」

「気が利かないヤツだな。人の好意は素直に受け取れよ」

「ゴメン、次はご馳走になるよ」

 夏輝の隣の席は吉川賢という脳まで筋肉かと思わせるタイプのマッチョだが、別のクラスの女子と付き合っていて休み時間には吉川の所まで遊びに来る。その彼女が吉川の膝の上に股を開いて座ったまま、お釣りを夏輝に返そうとする直之に言った。

「夏輝、それメグにおごってよ。宇野さ、いちごミルク買ってきて」

 夏輝は慌てて直之の手から小銭を奪い取る。

「ザケんな、人の女におごるほど裕福じゃねえよ。賢に買ってもらえ」

「チェッ、ケチ」

「人をケチ扱いする前に、その丸見えのパンツ、どうにかしろ」

「あ……夏輝のエッチ!」

 直之は苦笑いしながら席に戻ろうとする。

「待てよ、直之。オレのこと、夏輝って呼べっていつも言ってるだろ」

「うん、次からそう呼ぶよ、新田君」

 自分の席に戻って行く直之の後姿を見ながら夏輝は思う。

――ああ、今日も想いは伝わらない……。

 夏輝の前の席は、沢尻誠司という令和の今でもリーゼントを貫いている化石野郎だ。顔がジェームス・ディーンとかいうアメリカのイケメン俳優に似ているらしく、意識して同じ髪形にしているらしい。

 その誠司が、外人っぽい顔を夏輝の方に向けて言った。

「お前さ、宇野をパシリにするのはいいけど。アイツとケンカはすんなよ。アイツ、空手の中学チャンピオンだぜ」

 それに賢が食い付く。

「空手つぅても寸止めだろ。あんなホコリ立てるだけの技で勝ち負け競ってどうすんだよ」

 賢はフルコンタクト制の空手をやっているので、国体やインターハイに採用されているノンコンタクト制の空手には敵対心を持っている。

 誠司は別に空手をやる訳でも観る訳でもなかったが、そう頭ごなしに言われると、何となく反論すべき空気になってしまう。

「バカ言え。当てなくても勝てるという事はな、当たらなくても負けるっつう事だろが。あいつらの反射神経、ハンパねぇんだって」

「いくら反射神経が良かろうが、日頃からぶつかり合わんと耐久性は養われない。相撲取り見りゃわかるだろ」

「脳みそに耐久性があるか? 顔面殴りゃ脳は揺れるんだ。打たれずに打った方が勝つんだよ。総合格闘技で結果出してるのは、フルコン出身より寸止め出身だろ」

「ありゃあ、寸止めが強いんじゃなくて、結果出した連中が突然変異なだけだ。寸止めは競技人口だけは多いからよ。痛くないからな」

 夏輝は、深くタメ息をつきながら言った。

「ハアァ……いいなぁ、お前らは。悩みが無くて……」



 十六歳になった頃から、夏輝は同じ夢を繰り返し見るようになった。

 まるで映画の様な夢だ。


 なぜか夏輝は童話のお姫様の様なドレスを着た美少女で、中世ヨーロッパ風の古城の塔を誰かに手を引かれて駆け上っている。

 螺旋状に連なる階段を走り続けるのはまるで現実かと思うほど苦しく、とうとう夏輝はつまづいて倒れてしまう。

 そんな夏輝を抱き起こしたのは、青味がかった瞳をした金髪の騎士だ。

「姫様、私にしがみついて下さい!」

 夏輝は夢中で騎士の首に両腕を回す。そのまま夏輝を抱き上げた騎士は、階段を駆け上がり続けた。

「愛するデュークフリード様、もう良いのです。私は今、生まれて一番しあわせです。最後の望みは唯一つ、あなたと共に死ぬことだけ。ここから一緒に飛び降りましょう!」

 しかし、騎士は走り続けた。

「なりません! 最後の最後まで姫様を守り抜くのが騎士の努め。死ぬにしても、ここで死ねば魔物に亡き骸を食われ、骨すら残らない。姫様を食らった魔物は絶大な魔力を手に入れ、我が王国は本当に滅亡してしまうでしょう」

 塔の最上階には見張り台があった。昼間は村の端まで見渡せ、遠くに連なる美しい山々が望める。

 しかし今、山々はまだ黒いだけで、村は焼かれて炎を上げていた。

「クソッ! 朝日はまだか!」

 最上階に到着した騎士は憎々しげに叫んだ。

 魔物は太陽光の下では長時間生息できない。多勢に無勢のこの状況を打破するには、太陽の力を借りるしかなかった。

 その時、最初に最上階に到着したゴブリンが見張り台に飛び込んで来た。

 騎士は剣を抜き、一刀両断にする。

 その後も次から次へとなだれ込んで来るゴブリンを切り捨てるが、その数の多さに徐々に押され、ゴブリンの死骸で足の踏み場が無くなってしまう。

 騎士は、姫を塔の屋根の上へと押し上げた。

 オークがコブリンを蹴散らしながらその巨体を現したのは、騎士も何とか屋根の上に登った直後だった。

 ゴブリンは、オークの出現に後退りする。

 オークは屋根へと登る踏み台に、ゴブリンの死骸を集めて積み上げ始めた。

 この隙にと、二人は塔の頂上へ進む。

 姫の通常の精神状態であれば、その高さに足がすくんで一歩も歩けないところだろう。だが、今はそれどころではなかった。

 東の空を見る。少しだけ明るくなる気配を感じる。

 日の出まで、あと一時間といったところか。

 しかし、騎士は剣を握る握力すら尽きようとしていた。

「マリアグレース姫。かくなる上は最後の手段しかありません。姫と私の精神を同調させ、爆裂魔法で私の身体を触媒に魔物を焼き払うのです。同調魔法は真に信頼し、愛し合う二人にしか発揮できませんが、私の自惚れでなければ私たちなら……」

 姫は眼に涙を浮かべて答えた。

「ええ、わたくしも一片の曇りも無くデュークフリード様をお慕いしております。ですが、いくら同調魔法に成功しても、私一人だけ生き残ったのでは無意味。それであれば寧ろ、今一緒に死にたい……」

「姫様。王国と民の為、どうか死ぬ事だけは考えないでください」

「では、どうせ一か八かなら、同調しての転生魔法を」

「転生魔法……聞いた事はありますが、一か八かとは?」

「この魔法は、異世界へ別の誰かとして転生する魔法です。今の私達が生きた時間と同じ時間を異世界で過ごすと、再びこの場所この時間に引き戻されます」

「なるほど、その間にこの事態を打破する方法を見つけるという事ですね」

「そうです。もし、その前に死んでも、この世界へ戻る事になります」

「異世界で私たちは、お互いを認識できるのですか?」

 姫は首を振った。

「いいえ、お互いを示すものは何もありません。だから一か八かなのです。ただ、この触れ合った状体から転生すれば、転生先でもお互い非常に近い距離に転生する筈です」

「わかりました、やりましょう! 今日まで身分違いの恋と胸に秘めてきましたが、今なら言えます。マリアグレース姫、私はあなたの為なら命など惜しくない。転生しても必ずや捜し出し、この愛を守り抜く事を誓います」

「おお、デュークフリード様、私も同じ気持ちです。どれほど過酷な世界に、どれほど今と掛け離れた姿で転生しようとも、わたくしはあなたを愛し続ける事をお約束します」

 とうとうオークが数頭、塔の屋根に登って来た。急な傾斜に四つん這いのままだが、着実に二人に近付いて来る

 その後からも、続々とオークが登って来るのが見えた。オークの隙をぬって、コブリンも屋根に上がっている。

 どの魔物も狙うのはただ一つ、マリアグレースの血と肉だ。

 二人は塔の頂点に手を取り合って立ち上がる。

 魔物は四方八方からジワジワと距離を詰めて来た。

「では、マリアグレース姫、しばしのお別れを」

「はい、デュークフリード様。一日も早く、私を捜し出してしくださいね」

 マリアグレースのネックレスの魔法石が輝き始める。

 そして、二人の唇が重なった瞬間、緑色の光が二人を包み込んだ。


 夢は、いつもここでさめる。

 そして、いつも枕が涙で濡れている。

 夢の中の騎士と直之の青みがかった瞳が重なり、夏輝の胸のドキドキが止まらなくなる。

――どうしよう、ゼッタイ恋だ……。

 夏輝は頭から布団をかぶったが、もう寝付くことはできなかった。

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