僕の話

そう書かれた日記を私は閉じた。

ペラペラと捲ると白紙が続き、末尾にはこうかかれている。



私もそうであると信じていました。けれどもそうはあれなかったのです。


  私が普通ではなかったからです。



私はこの日記を大切にしている。

何故ならこの日記はあの人の唯一の本音が書かれているから。


  遺書にも書かれていない、本音が。

  この無記名の日記に。

  この小さな手帳に。



     第一頁


  ー私には一人、大切な人が居るー


僕には大切な人がありました。今では触れられない人です。関わる権利が僕にはもう無い人です。唯一無二の大切な人でした。唯一無二の私にとっての友でした。とても優しい人です。何時も他人のことばかり見ていて自分のことは二の次で、頭も切れる人でした。僕が思うあの人のたった一つの欠点、それは自分の気持ちがあまり分かっていないところです。あの人は無意識に何時も目を逸らしていた。きっと他の人から見ればそんなふうには見えないでしょう。笑顔で、楽しそうで、眩しかったあの人は。でも、僕は知っているんです。あの人がただ求めている普通はきっと手の届かないものだと。

何故なら、あの人の普通は普通では無いのですから。

まだ、自分が異常だと知らないのです。

あの人にとっての幸せが、ごく普通のことだと。

何時か知ってもらいたい、まだ知らぬのならば掴んで欲しいと思っています。一般的に言われる幸せな生活を。


僕は大罪人です。いえ、一般的に言えばそうでは無いのでしょうけれど。僕はあの人を裏切りました。一度だけ、ええ、たった一度だけ嘘を吐きました。冗談で済まされない嘘を。僕はただ、あの人に生きて欲しかったから。

あの人には唯一普通の友達と言える人が一人だけいました。彼はあの人を大切にしていたし、僕と同じくあの人が可哀想な人なのを分かっていました。僕達は何時だってあの人を助けてあげられない、現実を見せてあげられないことを悔やんでいました。見せたところで何も変えてあげられないから。あの人を苦しめるだけだからです。僕は割り切ってせめて今だけでも楽しく過ごしてほしいと思っていました。ですが彼はそうはできなかったのです。ずっと、ずっと思い詰めていました。如何してこうも無力なのだろうかと。彼には何の罪もないのにです。救いたい、けれど救えやしない。彼を追い詰めてしまったのは何の変哲もないあの人の笑顔だったのだと思います。何時までその笑顔に嘘を吐いていくのだろう、と。彼はあの人の幸せを何時も考えていました。だからこそ耐えられなかったのでしょう。

嗚呼、あの子は何時もこんなことをされていたのか、と。

其れでも笑顔だったのか、と。

僕が嘘を吐くことになったのはとあることが起きてしまったからです。

彼があの子が揶揄われているのを咎めたのです。端から見れば好きな子を庇ったようなものでしょう。ですがそれで止まることができないのが子供の怖さでしょう。対象は彼に変わりました。いえ、彼にも及びました。

嗚呼、何ということでしょう。正義のヒーローには不幸が見舞われたのです。彼は英雄でした。あの人からすれば彼は大切な優しい人、好きでは無くとも信頼を寄せる相手でした。ですが英雄にも限度はありました。ヒーローにも心はあったのです。

あの人のように笑顔では居ることはできませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名の無き手帳 須臾 優 @elite8906

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る