始まりの修行編

第2話 勇者の人格

 「あっ、目を覚ましたわ!」

 「本当だ。大丈夫か?」


 小柄な女性と髭の生えた男性が、俺のことを抱きあげている。


 抱かれる感覚には慣れていないが、おそらくまだ首の座らない赤ちゃんの抱き方「横抱き」を、まさに今、されているのではないだろうか?


 俺、本当に、赤ちゃんに転生しちゃったのか……


 一体この2人は誰なのだろう。


 2人とも、とても優しい目をしている。


 小柄な女性は可愛らしい声で、栗色の髪は肩の下まで綺麗に下ろしている。

 もう1人の男性は体格が良くて、いかにも山男という感じだ。


 周りを見渡してみると、どうも木造の小さな小屋の中にいるようだ。


 「それにしても何処の子なんだろうな。」


 「そうよねぇ、こんな可愛らしい子をこんな山の中に捨てるなんて。苦しかったわよねぇ。でももう大丈夫よ! 私たちが育ててあげるからね。」


 きっと女神が平民に拾われる設定にしてくれたのか。


 「それにしてもこの子全然泣かないけど病気か何かなのかしら。」


 しまった! 

 赤ちゃんは泣くほど元気とか言ったもんな。


 「おぎゃー、おぎゃー。」


 赤ちゃんの泣き方なんて知らない。

 俺は棒読みとも言えるおぎゃーを連発してみる。


 「わぁ、この子泣いたわ! 元気に育ってくれるといいわね。名前を決めましょう!」


 「そうだな。俺ひとつイイ名前思いついたんだが、言ってもいいか?」

 「私も思いついたわ。同時に言ってみましょう。」


 なんか2人で楽しんでるけど、俺はどんな名前になるか知っている。なんたって女神に頼んだからな。

 

 「「リューライ!」」

 

  2人は名前を言った瞬間、2人で目を見開いた。


 「すごい! 考えてる名前まで一緒だなんて、これは運命だ! この子の名前はリューライにしよう!」

「本当ね! これはきっと運命だわ!」


 こうして俺の名前は無事に龍雷、いや、リューライとなった。


 俺はこの世界で、何を成し遂げなければならないのかまだ分からないが、さっさとミッションとやらをクリアして天国へ旅立つために強くなる!

 そう心に決めた。


 その時だった。


《おい、聞こえるか?》


 なんか声がする。

 気のせいかな。


 《おい、聞こえてんだろ、龍雷!》


 (ん? もしかしてコレは……)


 《そうそう、俺だ》

 (もしかして、もう一つの人格ですか?)


 《お、やっとコミュニケーション取れた。俺はこの世界で勇者をしていたサンドラだ。》


(勇者って、本当ですか?)


《本当だ。俺は昔この世界を救ったり俺にしか使えない技使ったりしていつの間にか勇者って呼ばれるようになってたんだ。褒め称えろ。》


(わーすごいですねー)


 なんだか上から目線で腹が立ったので棒読みでそう返した。


 《なんだその反応は! まぁいい。俺のことはサンドラと呼べ。そして敬語は使うな。気持ち悪い。》

 (わかった、サンドラ。)

 《お前、前世と違って声が赤ちゃんみたいだな。》

 (いやいや、みたいじゃなくて本物の赤ちゃん。そういえば、なんで俺の体にいるんだ?)

 《東龍雷の前世は俺だったからな。何かのきっかけで俺の人格が出てきたんだろ。》

 (なるほど。じゃあこれからはこうして脳内で会話しよう。分からないことあったら教えて。)

 《わかったぞ。相棒!》


 相棒……か。


 目には見えないのに、相棒と言われて何だか戸惑うが、だがとても嬉しい。


 頼り甲斐のある仲間がいつもそばにいてくれる。

 そう思ったらこの世界も悪くないかなと思った。

 

 ーーー5年後


 「よし、やっとだ。」


 俺は5歳になり、ごく普通の子供らしい子供として元気に育っていた。


 この5年間は成長に伴い子供らしく、また子供らしい遊びの中で思いっきり身体を動かし、興味の赴くままに好きな事を沢山してきた。


 父さんと山登りや川遊びをして、自然の中での遊びを沢山覚える。

 母さんとは、絵本を読んだりお菓子作りの手伝いをしたり、抱っこしたまま寝かせてもらったり、沢山甘えさせてもらえている。


 前世では母親に全て押さえつけられ否定され、それらしい子供時代を過ごせなかった。

 その反動だろうか、全てがキラキラ輝いていて、世の中の全てが自分を歓迎してくれているような気さえしている。


 そんな俺は、これから強くなるためのトレーニングを始めようと思っている。


 転生したこの世界は前世の日本とは全く違い、いや俺の前世の家庭環境と全く違い、両親に暴力を振われない。それどころか愛情を目一杯もらっている。


 罵倒されない。


 殴られない。


 育児放棄されない。


 こっちの両親は愛情を目一杯与えてくれて、いつも幸せを感じる。


 俺はこの世界が大好きだ!


 5歳児が何考えてるんだと思われるかもしれないが俺はこの世界が好きだ。


 そして今日、心配性の両親の目を欺き、なんとなく1人で森へ来てみた。


 怖い。


 前世でも森には入ったことはある。

 でも、ここの森は本能的にヤバい。


 《懐かしいな、この森。》


 サンドラが脳内で話しかけてきた。


 (懐かしいってどういう意味?)

 《そのままだよ。ここは俺が生まれ育った森だよ。俺も両親に捨てられて育ったからな。お前は人に拾ってもらったが俺は拾ってもらえなかった。この森でモンスターに育てられたんだ。》


 モンスターに?


 (モンスターに育てられたって……)


 《運が良かった。俺はそのモンスターと一緒に旅をしてこの世界の勇者になったんだ。でも……》


 サンドラの言葉が詰まって俺の耳には風の音だけが入ってきた。


 《なんでもねぇ、この話終わり。それにしてもここの森は危険だぞ。レベル5以上のモンスターがうろついてるからな。》


 レベル? レベルって何だ?


 (この世界にはレベルがあるの?)


 《あぁ、これは才能と努力によって上げられる。一般的にレベル4になったら一流。レベル5はそのレベル4の一流冒険者10人で戦って、勝てるか勝てないかという感じだ。お前は勿論レベル1だ。》


 じゃあ予想以上にここヤバい?


 (サンドラはレベル何だったんだ?)


 《うーん……レベル10超えてから数えてないな。まぁ、そんな感じだ。》

 うーん、聞くんじゃなかった。


 (とにかく逃げよう。ここにはもう用はない。俺も流石に5歳では死にたくないよ。)


 《いや、無理だ。》


 (え、何でだよ。俺が死んだらお前も死ぬんだぞ。)

 《いや、逃げないんじゃなくて逃げられないんだ。もう目をつけられてる。》


 (えっ!?)



 サンドラの言葉と同時に背中に冷たい冷気が走った。


 ゾワゾワゾワーーっと身体中の細胞が悲鳴を上げている!


 [グワァァァーツツッッツッ!!!]


 鼓膜が破れそうなほどの叫び声が脳に直接響いてくる。


 ドクッ、ドクッ、ドクッ……


 心臓がうるさい。


 俺は声のする方を振り返った……


 「っっ!?」


 そこには見たこともないモンスターがいた。


 《ブラックベアだな。見た感じレベルは2。まだ赤ん坊じゃないか。》


 は、何言ってるの? こいつが赤ん坊?


 今俺の前にいるのは3メートルをゆうに超えた漆黒の化け物だ!

 見た目はクマだが鉤爪が妙に長く目は赤く光っている。


 ど、どうしよう……!

 おれ、死ぬのか? 

 今まで感じた事のない恐怖が全身を駆け巡る。


 《よし、戦うぞ。》


 はっ? 戦う? この化け物と?


 《俺の言うとおりにしろ。》


 今、サンドラ以外に頼れる人はいないので、サンドラの言う通りにするしかないと諦める。


 (分かった。)


 《あいつの弱点は人間で言うところのという部分だ。そこを思いっきり殴ったら勝てる。》

 (でも、あそこまで行く前に殺されそうだし、もし殴れたとしても5歳児のパンチなんて効くはずがない。どうすればいいんだよ!)


 《この世界には地球と違って魔力が循環している。この体にも魔力回路が存在している。魔法による身体強化をするんだ。》


 身体強化? 魔法?


 (魔法って俺みたいな5歳児でも使えるの? やり方も分からないし。)

 《普通なら10歳くらいで魔法を感じるのが精一杯だろう。でもお前には俺がついてる。きっちりと教えてやる。》


 (わかった。)


 なんにもできない俺は言うことを聞くしかない。


 《体の芯、心臓と脳、そしてお腹の下あたりに意識を集中しろ。体の隅々まで酸素を行き渡らせて魔力の流れを作るんだ。》


 言われた通りにしてみる……


 パァァァァァァーーーー!!!!


 「なん、だ、これ……」


 全身が熱い。それでも何か心地いい。


 《それが魔力だ。》


 魔力が流れた。けどこれどうやって使うんだ?


 (サンドラ、これどうやって使うの?)

 《魔法を出すのは難しい。魔法にはそれぞれ属性があって基本的には光、闇、火、風、水、土がある。それを強くイメージすることで魔法を可視化できるんだがお前の属性は知らないしあれは感覚だから教えるのも難しい。だが可視化できない魔法を使うのは案外簡単だ。俺はそれを無属性魔法と呼んでいる。》

 (それで、どうやって使うんですか?)

 《感覚だよ。》


 ん? 

 感覚? 自分で頑張れと? 

 魔法の概念とかはよく分かったけど、この絶望的な状況で、感覚?


 《冗談だ。》


 よくこの状況で冗談が言えるな。化け物が目の前で呻いてると言うのに。


 《今感じてる魔力を使う場所に集中させるんだ。細かく言うと炎の魔法を出す時は明確な火のイメージ、水の玉を出す時は水の流れをイメージする。無属性魔法は可視化出来ないからイメージはしにくいが一度できたら簡単だ。それになんでもできるようになる。今回の身体強化は強いパンチをするイメージとスピードをあげるイメージをして魔力を通すんだ。》


 言いたいことはわかった気がする。

 とにかくやってみようとイメージしてみた。


 強いパンチのイメージ!

 昔、家電量販店のテレビで見たスーパーヒーローの動きをイメージした。


 スピードを上げるイメージ。

 俺は昔動物園で見たチーターをイメージした。


 なんだ、これ!?

 体がすごく軽い。


 《驚いただろう。それが魔法だ。》

 (はい。なん、か、すごいです。)


 ブラックベアに攻撃を仕掛けた!


 俺が動いた瞬間、ブラックベアは爪を素早く振り下ろしてきたのだが、


 「あれ、遅い?」

 相手の攻撃が遅く見えた。


 これならいける!


 俺は攻撃を躱して相手の腹に渾身の一撃を入れた……のだが……


 「あれ、なん、で、きいて、ない?」


 相手は蚊でも止まったのかと言わんばかりに俺を見下ろしている。

 その状況に困惑していると、


 「ぐはっっ!」

 右半身に激痛が走ったかと思うとな体は宙に浮き30メートルほど飛ばされた。

木に背中を強く打ちつけたせいで体が動かない。

 「っっぐはっ、ゴホッ、ゴホッ……」

 《おい、龍雷、大丈夫か?》

 サンドラが何か言ってる。でも頭に入ってこない。理解が追いつかない。

 

 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い……


 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……


 痛すぎて気を失いそうだ。

 きっとこのまま、ここで死ぬんだろうな、俺……


 《おい、龍雷、反応しろ!いつまでうずくまってるんだ? 死にたいのか?》 


 こんなとこで死ぬなんて、嫌だ!


 《くそっ、龍雷、お前俺の動きよく見とけ。》


 そして俺の体の主導権はサンドラに弾き渡る。

 体と意識の繋がりが途絶えて、少し冷静になれた。


 《意識戻ったか、馬鹿相棒。》


 (ごめん……)


 《まぁ、あの安全な星にいたんだ。こんな怪我初めてだもんな。まぁいい。俺の魔法をよく見とけ。》

 (サンドラの魔法……)

 『おい、クソ熊!俺の相棒が世話になったな。俺の技にビビるんじゃねえぞ!』


 ブラックベアは動揺している!

 確実に致命傷を与えたはずの人間がとんでもない威圧感を放っているから。


 『見とけよ龍雷!俺の実力!』


 そう言うと、俺はブラックベアと向き合った。

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