第14話 とんでもないクリスマスプレゼント

「三守さん!すみません。今の収録データ……実はカメラの不具合でちゃんと撮影出来ていなかったみたいで…。」

「えっ。ということは…。」

「お察しの通りです。……大変申し訳ないのですが、今から再収録になります。出来るだけ早く終わらせるように努めますが、夜通しになる可能性も…ないとは言えません。」


 今日はクリスマス。そして仕事後に希さんとのデートの約束を取り付けていた私は思いっきり眉間に皺を寄せてしまった。


「あの、何かご予定がありましたか?」

「えっと、まあ…そんなところです。」

「本当に、本当に申し訳ございません。」


 土下座する勢いで謝って来るスタッフさん。でも悪いのはこの人じゃない。この人は不具合の連絡を受けて、代表して報告しに来てくれただけなのだ。この人を責めてもなにも変わらないし、むしろ嫌なことを引き受けてくれるこの人に同情する。


「大丈夫ですから、そんなに頭を下げないでください。私個人の予定はまた別日に組むことにしますから、とりあえず収録を頑張りましょう!ね?ほら、行きましょう!」

「三守さんー!どうしてそんなに優しいんですか!」


 あらら、このスタッフさん鼻水出てる…。私はティッシュ箱ごとスタッフさんに渡すと、スタッフさんは頭が取れるんじゃないかってくらい何度も頭をさげながら、慌ただしく楽屋を出て行った。


「さて、希さんには申し訳ないけど連絡入れないと。」


 携帯を取り出すと、希さんから連絡が入っていた。


『真子ちゃんお疲れ様。今日は約束の日だけど、予定は大丈夫そう?』

『希さんお疲れ様です。大変申し訳ないのですが、ちょっとしたトラブルで仕事が長引くことになってしまいました。夜通し撮影になる可能性が大きいです。お出かけはまた後日に変更してもいいでしょうか?』


 スッと音をたててすぐに返信が来た。


『大変だね。お疲れ様。じゃあ、デート後日にしようか。トラブルって怪我とかじゃない?真子ちゃんは大丈夫?』

『機材トラブルなので、私自身は元気です。』

『なら良かった。また空いてる日が分かったら連絡頂戴。』

『本当にすみません。』

『いいよ、真子ちゃんが悪いわけじゃないでしょう?気にしないで。それに大好きな可愛い子に振り回されるのも悪くないしね。』


 申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、最後には思わず『もうっ。』って言葉が漏れてしまいそうな返信をしてくれる希さんは流石だ。今度…絶対休みを確保して、今日駄目だった分うーんと希さんが楽しめるような一日を過ごそう。うん、そうしよう。自分に言い聞かせるように何度も頷いて私は携帯を鞄にしまい、両手で頬をパンと叩いた。


「さて、行きますか。」





 それから数時間後。



「お疲れ様でした!これで撮影は終了です!」


 出演者、スタッフ皆の拍手の中何とか撮影を終了した今、時計を見れば時刻は午前2時を回っていた。やっぱり日付変更線超えちゃったか…。この時間だと電車はないからタクシーだな。幸いにも今日の撮影が長引いたお詫びという名目で明日は急遽お休みになった。


「お疲れ様でした。それでは失礼します。」


 皆に挨拶をして職場を出て空を見上げる。この時間だ、周囲の店も電気を消しており、いつもは良く見えないはずの星が今日はちょっとだけはっきり見える。

 息を吐けば真っ白で、深夜の寒さは肌を刺すようだ。マフラーに口元を埋めて、駅のタクシー乗り場に向かう。


「はー寒い。」


 結局、今年のクリスマスは撮影で一日が終了し、クリスマス明けの一日は一人さみしく家で過ごすことになりそうだ。………ま、去年までだと例年通りだ。そうだよね、今年が希さんにと一緒っていう異例だっただけで、よくよく考えてみればいつもクリスマスなんて一人で過ごしてたじゃないか。


 唯一、コンビニだけが煌々と明かりが灯っていた。ふらりと立ち寄ると、店内では売り切れなかったケーキに割引のシールが貼られていた。……せめて自分にお疲れ様のケーキくらいは買おうかな。


 割引シールが付いているケーキを一つ手に取り、レジで会計を済ませると携帯が振動する。こんな時間に連絡?誰からだろう。ディスプレイを見ると、そこには希さんの名前が表示されていた。


 ちょっと待って、今深夜2時半頃ですが。希さんまだ起きてたの?慌てて文面を表示させると…。


『真子ちゃんお仕事お疲れ様。もう帰って寝てたらごめんね。仕事は無事終わったかな?疲れたと思うからゆっくり休んでね。』


 優しい…。寒空の中温かくて優しい言葉が心にしみる。返信しよう。


『今収録が終わって、コンビニに寄ったところです。これからタクシーに乗って帰ります。』


 よし、返信完了。ほっこりしたこの気分まま家に帰って布団にダイブしよう。


『今からタクシー乗るの?』

『そうですよ。』

『今どこ。』

『駅の近くのコンビニです。』

『そのままそこで待ってて。迎えに行くから。』


「え?」


 良いです、大丈夫です、慌てて返信するも既読がつかない。え、どうしよう。駅に向かっちゃたらまずいかな。希さん迎えに行くって…嘘でしょ?夜中だよ?どうしよう。

 コンビニの中でキョロキョロしている私は傍から見れば不審者だ。店員さんも何だかチラチラこっちを見てくる。まあ、そうだよね。深夜のコンビニで割引ケーキをかって店を出るでもなくキョロキョロしている女がいたら不審だよね。


「あはは…すみません。」


 店員さんに軽く会釈をして、そそくさと雑誌コーナーに移動する。やっぱり既読はつかない。それから数分後、再びメッセージが来た。


『あと10分くらいで着くからその場から動かないように。』


 そして本当に10分後、一台の車がコンビニ近くで止まった。もしかしてあれかな?確か前に車に乗せてもらった時もあの車だったような…。

コンビニから出ると、運転席から希さんが手を振ってくれた。

 

「希さん。」


 やっぱり希さんの車だった。私は駆け寄る。希さんは助手席のドアを開けるように手でジェスチャーをした。私は頷いて助手席を開けると、いつもの希さんがそこにはいた。


「お待たせ。」

「すみません、こんな夜遅くに。申し訳ないです。」

「んーん。今日は真子ちゃんに会えたらいいなーと思ってたから。家まで送るよ。明日は朝早いの?」

「明日は急遽お休みになったんです。」

「そっか。じゃあ、良かったら家に泊っていく?」

「そんな!悪いです。希さん明日仕事でしょう?」

「まあ、そうなんだけど、クリスマスフェアーも終わってひと段落してるから、出勤自体はそんなに急がなくても大丈夫だし。定時に間に合えばOK。」

「悪いですって。いつもご迷惑ばっかりおかけしてるのに。」

「んーなんのこと?じゃあ、行こうか。」

「ちょっと、希さん!」

「シートベルトはちゃんと締めてねー。」


 希さんは運転を始めた。今の私の話聞いてました?全然話が噛み合ってないんですけど。希さんは鼻歌交じりに運転を始める。もちろん向かっている先は希さんの家なわけで、この場所からそう遠く離れてはいない希さんの家まで到着するにはそれほど時間はかからなかった。


「さて、真子ちゃん到着しました。眠くない?」

「それは大丈夫ですけど…。」


 希さんに促されるままに彼女の家へ上がる。何度か来たことがある家だけれど、相変わらず綺麗というか、整っているというか、部屋が散らかっているところを見たことがないなあ。私の部屋とは雲泥の差だ。私家に希さん呼べないなあ…。年末に大掃除しよう。


「そういえば真子ちゃんの家ってどんな感じ?」


 今の思考読まれた!?ぎょっとした顔で希さんを見れば希さんはクスクスと笑った。


「えーと、人並みの何の変哲もない家ですが…とりあえず希さんに上がっていただくときにはお片付けが必要ですので事前にお伝えいただければ幸いです。」


 ペコっと頭を下げると、希さんは何が面白いのか笑っている。希さんは冷蔵庫を開けて、「あ。」と言葉を零した。


「どうかしましたか?」

「いや、真子ちゃんが家に来るんだったらケーキくらい買っておくべきだったかなって。折角のクリスマスなのに。」

「厳密にはもうクリスマス過ぎてますけど。」

「まあ、日付変更線回ってるからね。しょうがないけど、紅茶だけでもいい?」

「全然、お構いな……」


 ふと自分の手元にコンビニ袋が握られていたことに気付く。あ、そうだ。この中身はさっき買ったばっかりの値下げシールが張られたケーキ。でもこんなところで値下げケーキを出して、一緒に食べましょう!ってどうなのかな。そもそも一人前にカットされてるケーキだし、仮にも社会人で経済的に自立している人間が、大好きな人を前にして値下げの一人前ケーキを二人でつつきましょう!って……。貧乏くさいと思われるかな。


 私はコンビニ袋を希さんに見られないようにこっそり自分の後ろに移動させようとした。しかしその動きはばっちり希さんに見られていたようで。


「真子ちゃん、そのコンビニ袋って中身何?冷蔵のものなら冷蔵庫に入れておくけど。」

「ええーと、まあ、その、冷蔵と言えば冷蔵なのですがお構いなく。」

「え?じゃあ冷蔵庫に入れておかないと駄目になるじゃん。ほら、持ってきて。」

「いいえ、大丈夫です。」

「何で?見られちゃ困るようなものでも買ったの?コンビニの冷蔵商品にそんな見られて困るものなんてあったかな?」


 希さんは口元に手をあてて考えるような仕草をする。


「わー考えないでください!考察しないでください!大丈夫ですから!」

「真子ちゃんの大丈夫って基本大丈夫じゃないんだよね。」

「うっ。」


 言葉に詰まる。希さんはほらね、と言わんばかりにドヤ顔をしている。

 ほら、出して。とこちらに手を伸ばす。私はしぶしぶコンビニ袋を差し出した。コンビニ袋を受け取ると、そのタイミングで中身が見えたようだ。


「クリスマスケーキ?」


 ほら、やっぱり見られていた。恥ずかしい。仮にも後日自分で食べるために買ったとしても、一人でクリスマス翌日に値下げしたケーキを食べてる姿って想像するだけで寂しい大人じゃないか。


「えーと、今日頑張った自分へのご褒美に…買ったんですけど…丁度値下げもしてたので…クリスマス気分を味わうのもいいかなとか……。」


 しどろもどろになりながら答える私に、希さんはふっと優しく笑みを浮かべた。


「真子ちゃん、良かったらこれ一緒に食べない?紅茶にも合うと思うし、真子ちゃんと一緒美食べたら私の幸せ倍増するんだけどな。」

「でも安物のコンビニケーキですよ?」

「だから良いんだよ。で、一緒に食べてもいい?」

「構いませんが…。」

「ありがとう。」


 何が良いのか分からない。けど希さんはコンビニのケーキを皿に移し替えて、フォークを二本持ってきてくれた。そして温かい紅茶も用意してくれて、温かい紅茶の匂いが部屋を満たす。


「じゃあ、食べようか!」


 促されるままに二人で一つのケーキを食べる。希さんと目が合う。希さんは目を細めて笑う。


「美味しいね。コンビニスイーツ侮ることなかれ!って感じ。それにこう、コンビニのスイーツを分けて食べてるのってなんか学生の付き合い立てカップルみたいで新鮮かも。自然に真子ちゃんとの距離も近くなるしね。」

「学生って。もうアラサーですけど。」

「真子ちゃんは大学生…いや、高校生でも通じそうだよね。今度制服着てみてよ。」

「嫌ですよ。痛々しい。モザイク必須案件です。」

「テレビでは制服どころか、着ぐるみや全身タイツまで着てるのに?」

「しっ仕事とプライベートは分ける派なんです!とにかく絶対制服なんて着ませんからね。」

「じゃあ、今度は制服デートしようか。」

「話聞いてください。」

「多少の話の強引さは必要かなと。」

「そんなところで強引さ出さないでください。」

「じゃあ、こういうことならいい?」


 希さんは私の手首を握ってぎゅっと引き寄せた。私の唇の傍に唇を寄せる。そしてチュっと軽いリップ音を立てた。


「クリーム、付いてたよ。」


 悪戯な笑みを浮かべる希さん。


「あれ?不思議だな。さっきよりもクリームがより一層甘く感じちゃった。」

「なっ何するんですか!」

「強引さだよ強引さ。はあ、クリスマスも真子ちゃんの可愛い姿が見れて幸せだよ。ありがとね真子ちゃん。」


 ふにゃりと笑う希さん。ほんといろんな笑い方をする人だな。っていうか私はつくづくこの人の笑顔に弱い気がする。


「お礼を言うのはこちらの方です。夜中にすみません。」

「良いの良いの。あ、でも今度はちゃんと社会人感が出る大人のデートもしようね。学生気分も堪能したいところだけど。というわけで、学生らしくはい、あーん。」

「あーんは学生も何も関係なくないですか!?」

「細かいことは気にしないの。」


 希さんはケーキを一口私の前に出した。私は眉間に皺を寄せてみたが、希さんはニコニコ笑ったまま止まっている。この人、私が口を開けるまでこのまま手を引かないつもりだろうな。私がパクっと口に運ぶと満足気な笑みを浮かべていた。


「雛鳥の餌付けっぽい。」

「それちょっと失礼じゃないですか。」

「そうやってプンプンする顔が可愛くてつい弄っちゃうんだよね。ごめんね。」

「分かって弄ってたんですか。」

「んー?」

「大体いつもこうやってからかったり、と思えば急にやさしくなったり…いや、いつも優しいですけど。大人っぽかったり、急に子供みたいなことしたり、もう希さんには振り回されっぱなしですよ。ちょっと希さん聞いてます?」


 横をみると、希さんはソファ―に背を預けてウトウトしていた。


「……。希さん?」


 じーっと希さんを見つめる。希さんはそのまま静かに寝息を立てた。


「……疲れてたんじゃないですか。」


 時計を見れば既に朝方4時。希さんも仕事で疲れているはずなのに私に付き合ってくれていたんだろう。


「優しすぎですよ……。」


優しすぎて心配になるくらい。


 私は残りのケーキをひょいと口に運ぶと、紅茶のコップや少し散らかってしまったテーブルの上を片付けて、希さんの部屋のパソコンの前に置いてあったひざ掛けを手に取ると、彼女を起こさないようにそっと肩から掛けた。


 そして希さんの傍にそっと腰を下ろす。希さんは、んん、と小さく声を上げて私の肩にもたれ掛かってきた。私は自分の肩に希さんの温もりを感じながらぼんやりとカーテンのかかっている窓を眺めた。カーテンの隙間からは青白いまだ朝日になる前の光が差し込んでいた。


「希さん、いつも迷惑かけてごめんなさい。来年こそは一緒に出掛けましょうね。」


 小さく、本当に小さく呟いて、希さんの方へ私も頭を倒した。そしていつの間にか眠ってしまった。




「………行ってくるね。」



 そんな声が聞こえたような気がして、目を覚ますと私はベッドの上で眠っていた。もちろん自分の家の布団じゃない。これは紛れもなく希さんの家で、希さんのベッドだ。ということは、いつの間にか寝てしまった私を希さんがここまで運んでくれたというわけで……前にもあったなこんなこと。

人間は過ちを繰り返すというけど、またやってしまうとは…。ため息交じりに希さんの姿を探すが、そこに彼女の気配はない。窓からは明るい朝日が差し込んでいる。………ところで今何時?

 ゆっくり起き上がって時計を見れば、朝の9時を回っていた。


「希さん?」


 返事がない。人の気配がない。シンと静まり返っている。起き上がり、昨日一緒にケーキを食べたテーブルまで足を運ぶと、テーブルの上にはメモ書きと、一緒に置かれているあるものが目に入った。それは……。


『真子ちゃんへ。おはよう。朝ごはん作ってあるから温めて食べてね。先に仕事に行ってます。起こさなくてごめんね。気持ちよさそうに寝てたから。あと、合鍵置いてあるので家に帰るときは戸締りよろしくね。クリスマスプレゼント。』


 ………。合鍵!?


 テーブルの上には確かに合鍵があって、しかも可愛いお洒落なピンク色の花の模様の飾りまでついている。


「ちょっと…これ、えっと、えええ?」


 クリスマスプレゼントにしてはとんでもないものを貰ってしまった。目が飛び出るかと思った。口をパクパクしながら私は慌てて希さんに連絡を入れる。仕事中だろうから電話じゃなくてメッセージを送信したあたり、慌ててはいるが行動は理性的だと自分を褒めてあげたい。文面は全然理性的じゃないけど。



『希さん!どういうことですか!』

『真子ちゃんおはよう。起きたんだ?』

『置きましたけど、合鍵って!』

『ああ、喜んでくれた?いつでも来て良いからね。何なら同居しちゃいます?』

『そういうことじゃなくて。』

『あ、ごめん。お客さんきたからまた接客に戻るね。』


 え、ちょっと。もうっ。


 ドキドキする胸と、クラクラと混乱する頭と、フルフルと震える肩。落ち着け自分、落ち着くんだ。まずやることは……。ぐるりと部屋を見渡す。せっかく作ってもらった朝ごはんを食べて、希さんのお店に行こう。客としていけばきっと少し話が出来るだろうし。むしろこのまま家に帰っても落ち着かない。


 私は慌ただしく美味しい朝ごはんを食べてあら、合鍵を握りしめて希さんの職場でもある下着屋さんへ向かうのであった。


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