第13話 世界一可愛い私の恋人だもんね。(下)
「真子ちゃん、腕が痛いんだけどな。」
「無理無理無理ですから!行きませんからね!」
「うん、分かってるよー。」
「そう言いながら止まってないじゃないですか。」
「あははっ。」
絡んで繋いだ指をほどいて、希さんがどんどん店の奥に入っていくのを両手で腕を掴み込んで必死に止めようとする。しかし希さんはそのままずるずると私を引きずって店の奥に進んでいく。この人意外と力強いのでは…。
足で踏ん張ってみるが、それもむなしく私は綺麗に床をスライドしていく。
私の声が大きすぎたのか、店の奥からひょっこり顔をだす店員さん。やばい、まずい、この状況何て説明しよう。ブライダル衣装を扱う店で女二人で乗り込むとか…。えーと…。
大焦りで弁解の言葉を頭フル回転で考えているい私をよそに、希さんは至って普通に店員さんに声を掛けた。
「松村さん、お久しぶりです。」
「ああ!早見さん。どうしたんですか?」
「綺麗なドレスが展示されてたからつい見にきたんですよ。」
「わあ、嬉しいです。うちの新作なんですよ。よかったら他にもあるんで見ていってください。早見さんカッコイイからうちの社員も喜ぶと思います。」
「あはは。ありがとうございます。それでは是非。」
松村さん、と呼ばれた店員さんはにっこり笑いながら会話をする。口調からして希さんの知り合いのようだけど…。どういった知り合いだろう。ぽやーっと考えてから、まるでパンッと音を立ててシャボン玉が弾けるように我に返る私。ダメダメ、そんなこと考えてる場合じゃなくて、出来るだけ人にこのやばいビジュアルを見られる前に退散せねば。
松村さんは、希さんの後ろにいる私の姿に気づいて、私をじっと見た。反射的に下を向いてしまう。
「あら?もしかしてですけど…、真子お姉さんですか?歌のお姉さんの。」
ばれた!
希さんはチラっと私の顔を見てから、スッと希さんの後ろに私を隠すように優しく手で誘導した。背の低い私は希さんの後ろに立てばすっぽり姿が隠れてしまう。
「大正解です、松村さん。ただ真子お姉さんは今収録が終わったばっかりでほぼすっぴん状態なんですよ。」
「まあ、お知り合いだったんですか?」
「ええ。実は仲良しなんです。ついさっきお互いの仕事終わりでばったり会ったんですけど、ご飯に誘ったら収録後で顔面がひどいから嫌だって駄々こねられちゃって。」
「まあ。」
松村さんはクスクスと笑っている。ちょっと希さんどんな説明してるの!
「真子お姉さんはお化粧をしなくても可愛らしいようなイメージがありますけど。」
「私もそれに関しては同感です。ただ今日はどうやら激しいメイクをしたみたいで、なかなか落ちなかったんだとか。」
「あらあら。最近は真子お姉さんは変わったお化粧とかお洋服の曲が多いですもんね。うちの娘も『真子おねえさんの真似~。』なんて私の口紅で顔に落書きしてるんですよ。」
やっぱり世間的に見ても変わった化粧と洋服が多いという印象なんだ…。なんて軽くショックと、私と同感な世間の反応に若干の安堵感を抱く。
その時だった。後ろからキャーっと黄色い歓声が聞こえる。
「わー!早見さんじゃないですか!松村さん何で私たちを呼んでくれなかったんですか!独り占めなんてずるいですよ。」
「あらあら、いいじゃないの。」
「良くないです!あ、早見さん。良かったら新作のタキシード着てくれません?そしてそれを私の待ち受けにさせてください!」
「えー!それなら私も待ち受けにしたい!」
店の奥からパタパタと走って来る他の従業員の方々。さすがブライダル系のショップとあって皆綺麗だ。
希さんは松村さんを手招きして何やら耳打ちをした。松村さんはうんうん、と頷いてにっこり笑った。
「皆、早見さんがタキシード着てくれるって。」
わっと沸き立つ店内。
「でも写真は駄目よ。」
一気にテンションが落ちる店内。
「ははっ。ここの店員さんたちはいつ見ても賑やかで素敵ですね。写真は心のカメラに収める、ということじゃダメかな?」
希さんの後ろにいる私は、希さんがどんな表情をしているのかは分からない。ただ、皆一気に黙って、うんうんと頷いていくあたり、差し詰めあの綺麗な顔でウインクでも決めたのだろう。うん、想像ができる。
「ささ、希さんこちらへどうぞー!」
テンション高めに案内をする店員さんたちは希さんを取り囲んで、手を引いて歩き出す。まるでファンに囲まれるアイドルだ。そのどさくさに紛れて松村さんは私の手を引いた。
「真子お姉さんはこっちへ。」
「え?」
手を引かれてすぐ隣の部屋へ入る。そこには女優ミラーがある小部屋だった。
「普段は花嫁さんの衣装試着とかメイクアップに使う部屋なんです。メイク道具一式もあるんですよ。ではちょっと失礼しますね。」
目の前には綺麗な宝石のような化粧品が豊富に並んでいる。松村さんは私を女優ミラーの前の椅子に座らせて、目の前の化粧品を一つ手に取った。
「ではちょっと整えさせてもらいますね。」
「えっ、ちょっとっ。」
「うふふ、やっぱりテレビに出ている方だからかしら、お肌がとっても綺麗。あ、真子お姉さんって呼び方だと失礼ですかね?つい子供と一緒にテレビを見てるときに真子お姉さんだねって言っちゃって。」
「いえいえ。呼び方は何でも構いません。」
「それでは真子お姉さんってお呼びしますね。」
松村さんは有無を言わさず私の顔にメイクを始めた。
手際よく無駄のないメイク。自分でやるより何倍も綺麗で、普段自分でも使わないような色使いは思いのほか自分に良く馴染んでいる。なるほど、こういう色もありなのか。
ファンデーション、チーク、アイシャドウ、アイライン。
「早見さんのお店はブライダルインナーも取り扱ってるので、うちの店にも商品を提供してもらってるんです。だからお店には時々顔を出してくださるんですよ。」
「ブライダルインナー?」
「あんまり馴染みはありませんか?ちょっと待っていてくださいね。」
すぐ傍にあるお姫様のような可愛らしい装飾がされた棚の引き出しから、松村さんは真っ白なレースで装飾されたブライダルインナーを取り出した。
「これです。早見さんのお店のものは、デザインが可愛い上にスタイルが綺麗に見える、それに何と言っても着ていて苦しくならない、と評判なんですよ。」
「へえ…そうなんですね。」
松村さんは私にブライダルインナーを渡した。私はそれを受け取りまじまじと見つめた。シルクが使われているのだろうか、上品な光沢と大人とも子供ともとれない絶妙な加減のレースが可愛い。
「さっきね、早見さんがうちの従業員の要望に応えるので、その代わりに真子お姉さんの化粧直しをお願いできますか?って言われちゃったんです。本当に仲良しなんですねえ。」
「真子ちゃんお化粧直し終わった?」
「あら噂をすれば。」
タイミング良く部屋に入ってきたのはタキシードに身を包んだ希さんだった。髪まで整えられてイケメン俳優か!と思わずツッコミを入れてしまいそうになる。
希さんは私の手元に視線を落として、ニッと笑った。
「ん?真子ちゃんドレス着るの?」
「はい!?」
「いやーだってブライダルインナー持ってるし。あ、そのメイクも可愛いね。さすが松村さん。」
松村さんはにっこり笑った。
「どういたしまして。メイクはあとリップを塗って終わりです。」
松村さんはじっと私の顔をみて、それから希さんの顔をみてもう一度笑みを浮かべた。
「早見さん。良かったら真子お姉さんに似合うリップを選んでください。」
「えっ。ちょっと松村さん?」
「良いと思いません?新郎が新婦の唇を彩るみたいでロマンチックですよね。」
希さんに向かって笑いかける松村さん。
「新郎新婦って。ご冗談を。ね、希さん。」
「喜んで。」
私の同意を求める視線なんてお構いなしで、希さんはまるで王子様がするようなお辞儀をすると、たくさんある中から一つのリップを選び始めた。
私の同意を求める視線なんてお構いなしで、希さんはまるで王子様がするようなお辞儀をすると、たくさんある中から一つのリップを選び始めた。
「うん、多分これが似合う。真子ちゃん、こっち見て。」
希さんは、私へ近づき少し屈んで片手を私の顎に、もう片方の手でリップを持ち、すっと私の唇を彩る。何だか恥ずかしくて目線を逸らしてしまう。希さんのクスっという小さな吐息が聞こえる。
「はい、完成。」
「良く似合ってますよ。真子お姉さん。」
希さんは満足気な笑みを浮かべて、松村さんはパチパチと手を叩いている。
「せっかくだからドレスも着ます?」
「それは本当に結構です!あっメイク道具貸していただいた上に綺麗にお化粧していただいて本当にありがとうございました。」
「あらあら遠慮しなくていいんですよ。」
「ほんと大丈夫です。ほら、希さんも早く着替えてください。」
「えー。折角だからドレスも着せてもらったら?」
「ご飯行くんじゃないんですか!ほら、時間が遅くなるとお店が閉まりますよ!」
「あー逃げる気だね。折角の機会なのに。」
「逃げじゃないです!松村さんたちもお忙しい中付き合ってくれてるんですよ!これ以上ご迷惑おかけするわけにはいかないでしょう!ねえ、松村さん!」
勢いよく松村さんの顔を見ると、松村さんは満面の笑顔で手を振っている。
「全然迷惑じゃないですよー。むしろ真子お姉さんにはどんなドレスが似合うかなーって考えていたところですし、良かったら着て行きます?折角カッコイイ新郎役の早見さんもいますし。」
「松村さんまで何言ってるんですか!ほら、希さん!」
「あははっ真子ちゃん必死。」
「からかわないでください。」
希さんはしょうがないなあ、と眉をハの字にして笑うと、松村さんへ振り返った。
「というわけで松村さん。急なお願いを聞いてくださってありがとうございます。今度は真子ちゃんと一緒にドレスを選びに来ますね。」
「ちょっと希さん!」
「ふふっきっと二人とも良く似合うと思うわ。その時はお店のポスターにして飾らせてもらうわね。」
「もちろん!是非。」
松村さんもノリがいいのか希さんと一緒になって盛り上がっている。
「もう…。」
私は溜息をつくと、希さんと松村さんは私を見て顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、着替えてくるね。あ、そうだ。」
部屋から出ようとする前に希さんは私にこっそり耳打ちをした。
「次は逃げないでね。」
ニッと口角を上げて笑みを浮かべると希さんは私の頬をすーっと指先で撫でて着替えに出たのだった。去っていく白いタキシード姿がやけに眩しかった。
ちょっとだけその傍に白いドレスを着て並ぶ自分を想像してみたけど、何だか気恥ずかしくなってきてブンブンと顔を大きく横に振ったのだった。
「真子ちゃんお待たせ。」
「いえ。こちらこそメイク直し頼んで下さってありがとうございました。」
「あ、松村さんに聞いたんだ。」
「はい。」
「あ、そういえば真子ちゃん。クリスマスの予定って空いてる?」
「えーっと。」
私は携帯を取り出した。
「今のところいつも通りの仕事…ですね。」
「じゃあ夜は?」
「夜は空いてますけど。」
「じゃあ、仕事後の予定空けておいて。折角だからデートしよう。仕事終わったら、連絡頂戴。」
「……分かりました。」
「素直でよろしい。」
にっこり笑って希さんはすぐに携帯に予定を入力した。私も希さんの真似をして予定を入力した。
「じゃ、ご飯行きますか。」
希さんはあまりにも自然に私の手を取って歩き出した。外の風は思いのほか冷たくて、反射的に握る希さんの手に力が入る。
希さんはちらっと私を見ると嬉しそうに目を細めると、何を食べようかなーなんて言いながら歩き出したのだった。
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