第12話 世界一可愛い私の恋人だもんね。(上)

「いやー、三守さんすっごく似合ってるよ!最高!」


 衣装さんが親指を立ててウインクしてくる。


「えーと、似合ってる…んですかね?」

「もちろんよ!これは子どもたちも大喜びよ。久々にいい仕事したわ!」

「あの、今日ってクリスマスソングの収録ですよね?」

「ええ。だからクリスマスらしさが出てる可愛い衣装じゃない。」

「………。」



 今日はクリスマスソングの収録の日だ。この収録が、来月の曲として全国に放送されてしまうわけだ。衣装さん的には大満足の仕上がりみたいだけど。ちょっとこれは流石に…。


「あ、じゃあ、私別の人の衣装の調整も行かないといけないから失礼するわね。」

「はい。」


 元気よく走って行く衣装さんの後ろ姿を見届けてから、私は更衣室の鏡の前で自分の姿をマジマジと見た。


 緑の全身タイツに、玉飾り、ベル、手のひらサイズのプレゼントボックスがくっついている上に、全身をキラキラした飾り用のモールが巻き付いている。そして頭の上には顔の大きさ程ある大きな星の形の帽子。辛うじて出ている顔には、目の周りには星やハートマーク、鼻には赤いピンポン玉のようなボール。まるでピエロだ。


 忘年会の出し物や、罰ゲームと言われた方がしっくりくるこの衣装。チョイスした上層部の人の顔が見てみたい。いくらなんでもこれはひどいんじゃないだろうか。


 それなのに衣装さんはノリノリだし、周りの人もツッコミを入れるどころか微笑ましく見守って来る上に「あら可愛い。」なんて……皆感覚麻痺してない?いつも奇抜な衣装だけど、今年最後にとんでもない衣装持ってきてるんだよ?さすがに誰かこれはまずいってストップかけて!と心の中では思うのに、結局口に出せないのが私の悪いところだよね…。


 大きなため息をつく私。

 見てらんないよ、こんな姿。ため息と同時に、鏡の前から移動しようとした瞬間にスタッフさんが呼びに来た。


「三守さん、撮影準備が整いましたので、スタジオに移動をお願いします。」

「はい。」



 スタジオに入ると、私は目を見開いて驚いた。

 共演者である歌のお兄さん…明らかに普通のサンタの恰好をしている。体操のお兄さんに関してはトナカイの着ぐるみパジャマみたいな衣装だし…ちょっと私だけ扱いひどくないかな?正直浮いているような気がするんですけど…。


「あ、真子お姉さんはツリーなんですね。何て言うか…すごいですね。」

「そうですよね。あはは、お兄さんはばっちりサンタさん着こなしてますね。」


 お兄さんは私を見て申し訳なさそうに笑った。


「あの、僕から言うのもなんですけど…。この衣装に関してはプロデューサーさんに文句を言っても良いと思いますよ。」

「そうできれば良いんですけどね。……ただ、今からまた改めて衣装を選んだりするとスタンバイして下さっている他のスタッフさんたちにもご迷惑をおかけしてしまうので。」

「でも…。」

「良いんです。すべてはこれをテレビで見てくれる全国の子どもたちのためなので。彼ら、彼女らさえ喜んでくれれば私は何でも良いんです。」


 もう職業病というべきか、張り付いてしまったような満面の笑みを浮かべてお兄さんに応えると、彼は何か思うところがありそうな顔をした。だけど、それ以上何も言ってこなかった。


 さあ、頑張ろう。集中しよう。笑顔、笑顔、満面の笑顔。ほら、楽しい楽しいクリスマス。クリスマスソング。さあ、息を沢山すって、大きな声で歌おう。子どもたちに届くように。




 それから数時間後。無事撮影も終了したころにはすっかり日は沈んでいた。私は、顔にまだこびりついているメイクに若干ため息をつきつつも、あとは帰るだけだと自分に言い聞かせて、パウダーファンデーションを無理やり叩き込んで、眉毛をサッと書き直す。

ファンデーションに眉毛だけという限りなくすっぴんに近い顔をしているが気にしない。髪もほどいて、ダウンスタイル。これで顔も少しはかくれるだろう。


 足早に駅まで歩いていく私。町中は11月だけど既にクリスマス一色に染まっていて、どの店も宝石箱のようにキラキラと輝いて見えた。ああ、綺麗だな。店からは聞き覚えのあるクリスマスソングが流れている。


 子どものプレゼントを探す親、恋人に送るプレゼントを探す人、自分のためにご褒美を買う人、いろんな人々で賑わっている中、私はふと足を止めた。



「わあ、綺麗…。」



 ショーウインドーに飾られているマネキン。マネキンが来ているのは真っ白のウエディングドレスだった。街中のキラキラした光のせいか、そのドレスはより一層輝いて見えた。マネキンの手には、赤いバラの花に雪のような綿や松ぼっくりや木の実が添えられたブーケが握られており、クリスマス感が出ている。


「ここまで…とはいかないものの、せめて白っぽいドレスみたいな衣装だったら最高だったのにな。」


 ふと頭を過るのは今日の緑の全身タイツ衣装。私は忘れようとブンブンと頭を振った。別の事を考えよう、そうだ。えーと、こんな素敵なドレスを着て歌うとしたら、何がいいかな。きよしこの夜とか?もろびとこぞりても良いかもしれない。いっそ英語で歌うのも素敵かも。


「へー、ウエディングドレスは、こういう大人っぽいのが好みなんだ?」

「え?」


 振り向くと、そこにいたのはまさかの希さんだった。綺麗なスタイルが際立つロングジャケットにハット姿。まるでモデルの様だ。


「希さん!?どうしてこんなところに?」

「どうしてって、ここうちの店の近くだし、帰り道なんだけど…。」

「そ、そうでしたか。」

「偶然だけど真子ちゃんに会えて嬉しいよ。もし予定なければご飯でもいかない?」

「予定は特にないですけど……。」


 そこまで答えたころで、ハっと思いだす。そういえば、今の私って中途半端にピエロのような化粧も残ってて、ファンデーションも適当に叩いてきてたし、中々にやばい顔面なのでは?


 私は勢いよく両手で自分の顔面を覆った。


「もっ申し訳ないのですが今日は予定があるので失礼します。」

「んー?真子ちゃん今さっき予定ないって言ったよね?」

「あっ、えっと、今!今思いだしたんです。今日はどうしても外せない用事がありまして。」

「へえ、どんな?」


 両手で顔を覆っているせいで希さんの顔は見えないけど、この声は…きっといつもみたいに悪戯っぽい笑みを浮かべているに違いない。もう声が物語っている。


「それは、その…。」

「ん?なあに?」

「えーと、そうです!荷物が!宅急便が届くんですよ。指定時間が近づいているので行かないと。」

「ふーん、じゃあどうして顔を覆ってるのかな?」

「それはまあ、いろいろとありまして。」

「あ、分かった。私の顔をみると緊張して顔が真っ赤になって火照っちゃうのが恥ずかしいから隠してるとか。」

「そんなわけないじゃないですか!」


 ぱっと手を離して希さんの顔を見て否定をした瞬間だった。


「あ。」


 うっかり顔を覆っていた手を外してしまった。慌てて再び顔を覆おうとしたが、それは希さんによって阻止されてしまった。彼女は私の両手首を掴んで、私の顔をじっと見た。私は顔を見られまいと思いっきり下を向いた。髪が重力で一気に下に下がるせいでまるでホラー映画のようだ。


「プッ、あははっ、真子ちゃんどうしたの?挙動不審だよ?」

「ほっといてください。」

「そういうわけには行かないなあ。不審者ってことでお巡りさん呼ばれても大変だし。」

「誰も呼びませんし。そもそも不審者じゃないですし、私。」

「うんうん、不審者じゃなくて世界一可愛い私の恋人だもんね。」

「なっ。」


 言葉に詰まる私。希さんはクックと喉を鳴らして笑っている。もう、この人は本当に…。


「で、そのメイクはどうしたの?あ、もしかしてだけど今日収録日だったのかな?」

「………。」


 どうやら私が顔を隠す以前に既に希さんには顔を見られてしまっていたようだ。


「そうですけど。」

「そっかそっか。お疲れ様。収録は上手くいった?」

「それなりに…。」

「放送日楽しみにしてるよ。」

「見ないでください!」


 間髪入れずに言ってしまった。希さんは驚いたのか私の両手を掴んでいる手を反射的に離した。通行人の人たちが私に向かって振り向く。視線が集まるのが分かる。


「あ…えっと…。」


 希さんは一瞬驚いた顔はしたが、それからふわりといつもの柔らかい笑みを浮かべて、何も言わずに、私の頭にポンと希さんのハットをかぶせた。

そしてそのままするりと私の手に指を絡ませて、手をつなぐと、目の前の店の入り口へ向かって足をすすめた。ちょっと待って、ここ、ブライダル系の店では!?


「のっ希さん!?」

「ん?なあに?」

「ここっ店!!」

「うん、とりあえず場所変えようと思って。」

「場所変えるって言ってもここはっ。」

「あははっ、真子ちゃん面白い。さ、歩いて歩いて。その場にいると余計注目集まっちゃうから。」


 希さんはニコニコしながら店内に足を踏み入れる。

 私は半ば強引に希さんに引っ張られるようにして店内へと足を進めたのだった。


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