第10話 行き先は私の家で良いよね?(中)
「どうぞ、真子ちゃん。」
「ありがとうございます。」
希さんの家に到着すると、希さんは当然のように私をエスコートしてくれた。本当にどうしてこんなに優しいんだろう。紳士という言葉はこの人のためにあるような気さえする。
戸惑いつつも、希さんの家に上がらせてもらうと、ふわりと希さんの家の香りが鼻を掠める。花のような香り。優しい香り。思わず顔が綻ぶ。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません。」
ブンブンと顔を振って私は希さんを見た。希さんは不思議そうに小首を傾げてからクスっと笑った。
「何か飲む?…って、今までお店で飲んでたんだよね。」
「はい。」
「仕事終わりにお店まで直行したんだっけ?」
「そうです。」
「それはお疲れ様。」
「いえいえ、とんでもないです。」
私は壊れた人形のようにぺこぺこと頭をさげた。それが面白いのか希さんはクスクスと笑っている。
「お風呂湧かそうか?えーと、バスタオルは確か…。」
希さんは部屋にある小さな棚からバスタオルを取り出そうとした。いやいや、人様の家に上がっておいて、お風呂までお世話になるわけには。図々しいにも程がある。
「だっ大丈夫です。お構いなく!…です。」
「そっか。疲れてるもんね。サッと流す程度の方が良いかな?じゃあシャワーにしておこうか。」
はい、と希さんは私にバスタオルを渡した。ちょっとまって、そういうことじゃない。お風呂を拒否したわけじゃなくて…。
希さんは私が何を言おうとしているのかが分かっているのか、私の返事を待たずして背中をポンと押した。
「いってらっしゃい。あ、シャンプーとか自由に使ってね。」
「いえ、だから、その。」
「ああ、着替え?それなら大丈夫。はいどうぞ。」
希さんはにっこり笑って私に紙袋を渡した。
「これは?」
「真子ちゃんの下着。ほら、うち下着屋だからさ、真子ちゃんに似合いそうなのが入荷したタイミングで何個か確保してたんだよね。」
そんなことをしていたとは…。
「次会った時に渡そうかなって思ってたんだけど、思ったよりも早く渡せて良かった。」
有無を言わさない笑顔の希さん。反論しようとするも、希さんは私をそのままエスコートするように、そして私はそのまま流されるように脱衣所へ来てしまった。
「じゃあ、真子ちゃんごゆっくり。」
「ちょっ、希さん。」
「上がったら下着姿見せてねー。サイズは多分大丈夫だと思うけど、きつかったり緩かったりしたら教えてね。」
パタンと閉じられる脱衣所のドア。何から何まで申し訳ない。今度なにかお礼をしないとな。
私はゆっくりと服を脱ぎ、それから下着を脱ぎ始めたその時だった。
「………あ。」
見覚えのある赤い染み。これはもしかして、いや、もしかしなくても……。
「生理…。」
どうする?どうする私。人様の家で生理になったのは初めてだ。こんな状態で人様の家の風呂場を使っていいのか…いや、良いわけないよね。
ここは、なんか適当な理由をつけてシャワーを浴びずに希さんの家を出よう。タクシー捕まえれば家まで帰れるだろうし、その前にコンビニに寄ってナプキンを…。
ぐるぐると頭の中で方法を考える。それと同時に、生理だって分かったら急にお腹も痛くなってきた。
とりあえず、適当な理由…適当な……適当……思いつかない。ギューと内側からゆっくりと締め付けるような痛みが下腹部を襲う。ああ、もう。どうしてこのタイミングで。
全裸のままお腹をさすりながら、静まれ、落ち着け、痛いの飛んでけ、何度も念じてみる。
「真子ちゃん。」
脱衣所のドアが開く。ぎょっとして振り向くと、希さんも私の反応に驚いていた。
言っておくが私は全裸姿で片手はお腹、もう片手はパンツを持っている状態だ。慌てて胸と股を隠すと、ひらりと手に持っていたパンツが床に落ちた。しかも血で汚れている面が見えてしまっている。最悪だ。
「なっ何ですか!?」
慌てて落ちたパンツを拾い上げて、希さんに背を向ける。
「驚かせてごめんね。あまりにも静かだから倒れてるんじゃないかと思ったんだけど……ああ、なるほど。」
そうか。いくら脱衣所のドアがあるとはいえ、シャワーの音くらいは聞こえるはずだ。
しかも追い打ちをかけるようにお腹が痛くなってきた。もう最悪だ。
その時だった。ふわりと背中から掛けられたのは、バスタオルだった。そしてそのまま希さんは私の背中をトントンと優しくさすった。
「お腹大丈夫?」
「………なんとか。すみません。生理…今日来るとは思わなくて。」
「どうして謝るの?悪いことをしたわけじゃないのに。」
「それは…。」
「もし体調が大丈夫そうなら、シャワーで身体を温めつつ、洗っておいで。風呂場は気にしないで使っていいから。あと、下着もサニタリーショーツがあるから持ってくるね。」
ぱっと振り返って希さんの顔を見た。希さんは優しく笑っていた。
「でもっ。」
「ふふっ真子ちゃん色々と気を使いすぎ。」
希さんはポンと私の頭を撫でると、脱衣所を出て行ってしまった。
それから私はシャワーを浴びて、希さんが用意してくれた下着や服に袖を通した。ご丁寧にナプキンも全て用意してくれていて、本当にありがたさと申し訳なさで胸がいっぱいだ。
「すみません、ありがとうございました。シャワー使わせていただきました。」
「全然いいよ。ほら、座って。髪乾かしてあげる。」
「そこまでしていただくわけには。」
「はい座って座って。」
有無を言わさず座らされ、希さんはドライヤーで私の髪を乾かし始めた。美容院以外で人に髪を乾かしてもらうなんて何年ぶりだろう。子どもの時以来かも。温かくて心地よい風が吹く。
「真子ちゃん髪の毛長いから乾かすの大変でしょう?」
「量も多いので大変ですが、ロングヘアーの期間が長くてもう慣れちゃいました。あ、もしかして…乾かすの大変でしたよね!?代わります。」
「だーめ。」
私がドライヤーを取ろうとしたが、希さんはドライヤーを持った手をひょいと上げてかわされてしまった。
「今日は真子ちゃんをとことん甘やかすって決めてるので。」
「いつも甘やかされてます。」
「じゃあ今日はいつも以上に甘やかすよ。不調な時は特にね。お腹の痛みは大丈夫?」
「今は大丈夫そうです。」
「波があるもんねー。辛くなったらすぐに言ってね。」
希さんは笑いながら乾かし続けてくれた。そして、乾かし終わると、今度は温かいお茶をいれてくれた。本当に至れり尽くせりだ。
それから他愛のない会話をしながら、お茶を飲み終える頃には、時間は日付変更線を超えていた。
「真子ちゃんそろそろ寝よっか。しんどくない?」
「今は大丈夫です。弱めの鈍痛って感じなので。」
「それは痛いって言わない?」
「これはまだ耐えられる痛みなので。」
お腹をさすりながら笑うと、希さんは私に近づき、ひょいと私を抱き上げた。所謂お姫様抱っこだ。
「わっちょっと、希さん!重いですよ!おろしてください。」
「えー何?聞こえないー。」
「絶対聞こえてますよね?」
「はいはい、暴れたら落としちゃうから大人しくね。ベッドまで運びますので、お嬢様。」
よいしょ、と私を持ち直すと、希さんはそのままベッドまで足をすすめた。本当に重いから下ろしてください!と何度も声を掛けたが希さんには思いっきりスルーされてしまった。
「あの、ベッドじゃなくていいので!ほら、汚しちゃうかもしれないので私はソファーで…。」
「駄目。辛いときこそベッドでしっかり寝て貰わないと。」
「過保護ですよ!」
「真子ちゃん限定でね。」
希さんは悪戯っぽく笑うと、私をベッドに寝かして布団をかけた。
「お休み。」
チュッと軽いリップ音をたてて、希さんは私の額にキスをした。まるで洋画で小さな子を寝かしつけているシーンのようだ。
「子ども扱いしないでください。」
「ふふっ、じゃあおやすみ。」
「希さんは寝ないんですか。」
「私は少しやることがあってね。」
「お仕事ですか?」
「んーまあ、そんなとこ。」
もしかして…。すごく自分勝手に電話かけて希さんの家まで上がり込んでしまったけど、希さんお仕事中だったのでは。
「すみません、お忙しいのに。あの、私が出来ることがあればお手伝いします。」
「真子ちゃんは寝てね。普段から体を酷使してるんだから、生理の時はより一層丁寧に労わらないと。真子ちゃんは頑張り過ぎちゃうからね。」
じゃあね、と言葉を付け足して希さんは寝室を出ていってしまった。
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