中編⑶ 決着!

 ルドルフとの対峙に緊張が走る。

 でも、そんなアタシの耳に、が微かに届いた。アタシはその聞き慣れた声のことをズーズーに耳打ちする。彼も頷いた。

 もう少し頑張らなくちゃ。

 

「小僧の馬鹿力には驚いたが、もう終わりだな。せっかく暗幕カーテンしばってくれてんだ。お前らを片付けたらゆっくりそっちにかからせてもらう」

「絶対させないわ! 暗幕はもう動けないんだから、収穫しましょうよ!」

「断る!」


 ルドルフの嫌なところは、ベテランで実力があるのに、慢心まんしんも手加減もしないところだとアタシは思う。口調は厳しく半人前呼ばわりするけど、バカにする態度がほとんどなくて動き出すまでが早い。

 出来ることなら、会話を引き延ばしたかったわね。

 まだ一言しか発していないのに、もう飛び掛かってきた。


「ダラァ!」

「させない!」


 アタシとルドルフの間に、ズーズーがリュックを盾にして立つ。

 ものすごい衝突音がするけれど、出しっぱなしのくいを突き立てて豪腕の力に負けなかった。リュックも無事。


「硬い棚だなオイ」

「棚じゃない! リュックだ!」


 と言いたくなるけど、そんな場合じゃない。

 ズーズーがリュックを持ち上げて、杭の面をルドルフに向ける。


「打ちます!」

「それをいちいち言うから甘いんだよ!」

「いいんです!」


 アタシが見ていない時に何かあったのか、豪腕はズーズーを何回も甘いと断じている。そこが良いところなのにと言い返したくなるのをこらえて、アタシはさっき上った足場のハシゴまで駆けた。

 打ち出した杭を手甲てっこうで受けたのか、ギャリリっと金属音が耳に届く。


「言わなきゃ隠し玉だったのになぁ!」

「わわわわっ」


 ガンガンとリュックを攻撃している音がするけど、ズーズーならきっと大丈夫!

 アタシはハシゴを急いで上がり、さっきのロープを外して地上に跳び下りる。

 この高さなら余裕ね! と、アタシは着地の瞬間に身体を前転させて、落下の勢いを分散させた。そのまま駆け戻る。


「オジサン! 今度はアタシが相手よ!」


 ロープをムチのように振り、足元を狙う。巻き付けば時間くらいは稼げるはず。でも豪腕は、手甲も使わず蹴りで弾いた。


「お前はチョロチョロとウルサイだけで小僧ほどじゃねぇんだよ!」

「なんですって!?」


 大きい声で反発するけど、確かにのルドルフには、非力なアタシじゃ相性が悪いのかも知れない。でも、アタシ達は別に倒すために立ち向かっているわけじゃない。

 掴まれないようにだけ気を付けながら、何度もロープを振るう。

 豪腕が振るわれるときは、間にズーズーが割り込んで防ぐことを繰り返した。


 たまに豪腕がリュックを奪おうとするけど、ぐっとズーズーが抵抗すると豪腕でも動かせなくなるようだった。

 ホントに凄いわね。

 でも、いつもどれだけ重いの担いでついてきてたらそうなるの? と、心配にもなる。


 度重なる攻撃にも凹まないリュックに、アタシだけじゃなくルドルフも驚く。

 けど、杭を発射してからはズーズーの脚力だけで衝撃に耐えているから、だんだんと彼の息は切れてきていた。しかも逆にルドルフには余裕が出てきているみたい。


「しまった!」


 ロープが掴まれ、上下に大きく振られ地面に叩きつけられる。

 ひゅっと痛みに息が漏れるけど、止まっちゃダメ! 急いで立つ。


「ピッカ!」

「大丈夫!」

「もう終わりか? まぁ頑張ったが、結果が伴わないなら収穫者ワーカーとしては失敗だ。残念だったな」


 鼻息荒く、ルドルフはアタシ達を見据えた。戻ってきた時に見えていた疲れも、息切れもない。手甲だけが傷つき汚れているけど、それだけだ。

 やっぱり勝てはしない。でも、いいの。


「オジサン、いえ、ルドルフさん」

「あぁ?」

「アタシはね、アサを収穫して、街のみんなの……ポケットのママが帰ってくれば、何でもいいの」

「なら、無理だったな」

「うん、アタシ達じゃ……ね」


 その言葉に、ルドルフは首を傾げた。

 答えは言わなくていい。もう、来てくれたから。



「ォォィ――、やっと見つけたぞピッカァーーーーーー!」



 その声が生み出す振動はビリビリと、木を、花を、空気も大地もアタシ達も震わせる。周囲の霜や雪、氷が細かく舞い、かき氷のように細かく降り注いだ。ライトに照らされて、目の前がキラキラと輝く。

 自分では嫌いと言うけれど、安心できるパパの二つ名たる声が、その登場シーンを演出する。


「やっと追いついたぞ! 勝手に行くんじゃない!」

 

 待たせたな!

 なーんて、期待するようなセリフが飛び出してくることは、やっぱりなかったわね。

 けどアタシが知ってる、アタシが一番だと信じて疑わない収穫者ワーカーが来たことに変わりはなかった。


 青いツナギに、黄色いスカーフ。そして赤い縁取りのゴーグル。

 家族のそれぞれの好きな色を一つずつ身に着けた、ルドルフほど筋肉はないけど、長身で引き締まった体躯たいくの収穫者。

 アタシのパパは、並木を渡り跳びながら、ここに向かっていたみたい。ズドンと恰好良く、アタシとルドルフの間に着地した。


 パパの登場に、ルドルフは動揺している様子はない。両手を腰に当て、やれやれと深々とため息を吐く。

 こっちに視線を向けていたパパも、豪腕に対峙した。


「やっぱりお前のガキだったか。

「なんだいきなり……。ゲッ、親父殿じゃないですか」


 ルドルフがパパの二つ名と、その名前を呼ぶ。最初は誰か分かっていなかったみたいだけど、すぐに手甲に気づきパパは虫を食べたような顔をした。

 ん? ……でも待って。


「……パパ、親父殿って? ルドルフさんって」

「あー、言ってないもんな。ピッカのじいちゃんだ。ママの方のな」


「「……エーー!?」」


 居心地が悪そうに頬を掻くパパの言葉に、アタシとズーズーの驚く声が重なった。





 アタシはパパとママ以外の家族を知らない。

 ママも、

 でも、パパとズーズー。それにズーズーの家族が、アタシを大切にしてくれていることを知っているから平気だ。

 でも、家族が増えるんなら、こんなに嬉しいことってないわ!


「ねぇルドルフさん! アタシのおじいちゃんなの!?」

「お前ぇ、そうだが。いまそれどころじゃねぇだろう!」

「いいじゃない! 一番大事よ!」

「ピッカ、一番は収穫だよ?」

「あ、そっか……」


 騒ぎ立てるアタシをズーズーが口をはさんで止める。

 そんなアタシをちょっと呆れたようにおじいちゃんは見ていた。


「ハウンドお前ぇ、どう育てたらさっきまでバチバチやり合ってたヤツを、あんな嬉しそうに見られるガキになるんだ……」

「ハハハ、まぁの娘ですから。親父殿がアイツを育てたんでしょうに。血筋なんじゃないですか? ピッカ、うるさい。ちょっと黙ってろ」

「う……」


 暴言という二つ名のせいか、単純におっかないだけなのか、パパの有無を言わせない時の言葉は怖い。うつむいてアタシが黙ると、満足そうにまたおじいちゃんに向き直る。


「ピッカ、今はハウンドさんに任せて、絆創膏ばんそうこうを交換しよう。血がもれてきてる」

「ホントだ。ねぇ、ズーズーなんでお父さんって言わないの?」

「シーーッ!」


 貼ってくれた絆創膏をはがしながら、ズーズーは慌てる。

 アタシの前ではいつもなのに変なのと思うけど、真っ赤になっている手のひらを見て、そんなことは吹き飛んだ。


「イタイ! ナニコレ!?」

「イタッ、蹴らないでよ。ちょっとガマンして」

「ピッカお前、その手どうした?!」

「え? これはね、えっと……」


 ……足場のから飛び降りた時に、なんて言ったら怒られるかも知れないわね。

 いいからおじいちゃんの方を向いていてと思うけど、パパはアタシの真っ赤な手のひらを驚いたように見つめている。


「ワシがやった」


 しどろもどろになっていると、おじいちゃんが応えた。違う、そう言おうとするけど、言葉は止まらない。


「半人前の収穫者ガキに現実ってもんを教えるのが、先輩の役目だろう暴言? 良かったなぁ? お前はガキどものピンチを救うヒーローだぞ!」


 ワシに勝てればなと、あのギラリとした目をおじいちゃんはパパに向ける。けど、アタシにはそれがどうしてかは分からないけど、本心には見えなかった。


 そんなおじいちゃんに、パパは深く深くため息を吐いた。

 あ、コワイ。怒っているときの反応だわ。

 そわそわしてズーズーを見るけど、彼も怖くてカチカチの氷になっている。


「……こいつらに協力してやる気は、なかったんですか?」

「……見ての通りだ」

「そうですか。なら後はオレ達でやります」

「ハッ、させるとでも? 暴言ごときで豪腕に勝てると?」


 淡々とした口調になったパパに、笑っているような口調のおじいちゃん。

 不機嫌なパパをさらに挑発するような口調が、アタシには信じられない。


「よく喋りますね親父殿。あげますよ? こんな二つ名」

「なにぃ?」

「チッ。……気を遣うなんて面倒臭めんどくせぇ、ケンカなら買ってやるから早くかかって来いジジィ」

「この……、クソガキが!」


 飛びかかったのはおじいちゃん。迎え撃ったのはパパ。

 決着は、一度の衝突しょうとつでついた。


 豪腕たる右の手甲を繰り出したおじいちゃんに、パパは真正面から振りかぶった左拳をぶち当てる。お腹が重くなるような衝撃と音が響いて、おじいちゃんの手甲が粉々に砕け散った。

 そのまま振りぬかれた拳は、おじいちゃんの厚い胸板を捉え、足場のポールまで吹き飛ばす。

 手甲って砕けるの? 信じらんない……。 

 フンッと苛立たし気にパパは鼻息を荒くし、まだ動けないおじいちゃんに怒鳴る。


「クソジジィ! 何がヒーローだ! オレはオレにも怒ってんだよ!」


 暴言と言わしめる怒号に、ビリビリと空間が揺れる。

 ゆっくりと、おじいちゃんがパパに目を向け、痛そうにうめいた。


「子どもが、胸張るバカが居るわけないだろうが!」


 あんまり普段決め台詞なんて言わないパパ。

 空気を震わせて怒る、怖いパパ。

 でも、アタシはそれ以上に、感動で心がしびれるのを感じていた。

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