中編⑵ 激突!
アサの収穫は街の周辺だけじゃなくて、険しい山や、過酷な砂漠なんかもあったりする。アタシは連れて行ってもらったことはないけど。
だから、街の周りを中心に活動する
優れた収穫者には、そのスタイルを表すような二つ名があって、豪腕のルドルフもその一人。パパが二つ名持ちは、パパ以外は見れば特徴で分かると言っていた。アタシのパパだってもちろんあるわ。あんまりその呼ばれ方好きじゃないみたいだけど。
嵐脚や千里眼の方がカッコイイだろ? って虫を食べたみたいな顔していつも言っていた。
「やめなさいよ!
ルドルフはヘッドライトと手甲以外、道具らしい道具は持っていない。その豪腕一つで収穫し続けているのかも。
「誰だお前ら? デッケー棚なんか持って、まさか引っ越しの迷子かぁ?」
「違うわよ!」
「そうだ! 棚じゃない、リュックだ!」
ズーズー今言うことはそこじゃないのと、棚から
「アタシ達も収穫者よ! 街の人が言ってた。豪腕のルドルフはオジサンね?」
「そうだが、お前らみたいなガキが同業だぁ? なら後はワシがやるから帰れ」
「イヤ! いくらスゴイ収穫者でも、破るって言ったオジサンだけにはやらせられないわ!」
ルドルフが
彼の近づき見えた顔にはしわが刻まれていて、髪は灰色に見えるくらい白髪が多かった。張りのある声から感じたよりも、オジサンと言うよりおじいちゃん。でもがっしりとした体形で、筋肉はモリモリ。
彼はギラリと威圧的に目を光らせて、手甲を打ち鳴らし怒鳴る。
「キャンキャンと口ばかりのひよっこが口を出してんじゃねぇ! やましい気持ちがあるヤツが夜に呑まれて
「やましいだなんて、違う! ママが言ってた! 夜に呑まれた人の弱さは、そこに愛があるからだって!」
「―――ッ」
ルドルフが一瞬動揺したような表情をした気がした。けどそれはすぐにもっと怒ったような表情に変わり、アタシ達に吐き捨てるように言葉を投げる。
「……下らんな。嫌いな言い分だね。口ばかりなら何とでも言えらぁ。あぁ、面倒だ。お前らも暗幕も、邪魔すれば蹴散らす。どけ」
「収穫するなら手伝うわ」
「要らん。どけ」
「ピッカ、やってもらえるならそれでいいじゃない」
「良くない! ズーズーは黙って」
口を挟んでくるズーズーをピシャリ。ルドルフの言っていることは、収穫者としてのやり方の一つだ。間違ってはいないのは分かってる。でも、アタシは認めない。認めちゃいけない。
「お前、ピッカっていうのか?」
「そうよ!」
「……クハ! そうか、そうかよ」
アタシの名前を知って、ルドルフはおかしそうに笑っている。
彼の背後で、
「気が変わった。
ルドルフはまたアタシ達に背を向ける。
初めて会ったはずの同業者からの明らかな敵意に、呆然として、すぐに寒気が体中を支配して動けなくなった。
パパを知っているアタシだから分かる。あの二つ名の象徴である豪腕がこちらに振るわれて、アタシ達が勝てることはない。
言葉で噛みついていたはずなのに、同業者だからこちらに牙を向けないとでも思っていたの?
アタシがピッカだから? 意味わかんない。
甘かった。ただ、アイツがまたこちらを向く時が来るのが、怖かった。
◇
「サードアーム!」
背を向けたルドルフが次の一歩を踏み出すより早く、一番最初に動き出したのは、アタシでもルドルフでもなくズーズーだった。
リュックの天井から振動と音がして慌てて跳び下りると、収納された三本目のアームが、開いた天井から勢いよくルドルフに伸びる。けど、そのアームは気づいた豪腕に弾かれた。
ふんと鼻息を一つ吐いて、ルドルフは歩き始める。
アタシはその背中を見つめるだけで何もできない。
「ピッカ、手を出して! 両方!」
「?」
その一連のやり取りの間に、彼はサイドのアームで道具を取り出していて、アタシの開いた手に貼り付けた。大きな絆創膏だ。ズーズーは貼り付けやすいように、自分の手袋を外してくれていた。
ロープを離さないように強く握った時に、皮が剥がれていたみたいだ。気づいたらジンジンと痛みだす。そんなアタシの手のひらの絆創膏を、彼は優しく撫でた。
「握りにくくない?」
その仕草になんだかきゅっと胸が苦しくて、うんと、頷くことしかできない。
ピッカ。また名前を呼んで微笑み、両手でアタシの両手を包む。その後すぐ、瞳に強い光を宿した厳しい表情に変わった。
「ピッカ、相手がスゴイ収穫者でも、君が止まっちゃダメだ」
ズーズーはそっと手のひらを重ねて続ける。彼は今度はニコッと笑う。
「ボク達、何しに来たんだっけ? 戦いに来たんだっけ? 助けに来たんだっけ? ボク怖くて忘れちゃったよ」
「……ズーズー?」
「ねぇピッカ、どうしよう?」
「……」
彼はそう笑っている。でも、指先は震えて冷たい。寒いのかもしれない。本当に怖いのかもしれない。
アタシは、両手で自分の頬をパンと叩いた。
「痛い!」
と、なぜかズーズーが声を上げる。手のひらがジンジンと痺れるような感覚が広がるけど、無視。それ以上に、あんなに寒かったのに、なんだかぽかぽか温かい。
フフっと笑い声がもれた。
つられて彼も笑う。嬉しそうなのは、きっと気のせいじゃない。だってアタシも嬉しいから。
応える言葉は決まってるわ。
「ほんっとに、ズーズーは賢いのにバカなんだから! アタシ達は、朝を咲かせに来たのよ!」
行くわよ! 言うよりも早く駆け出す。
薄暗いはずの夜闇が、ヘッドライト以上に明るく見える。
なんて単純と笑ってしまいそうだけど、気分は最高ね!
「いつも弱気でいたら、ズーズーがアタシの分も頑張ってくれるの?!」
「そんな恐ろしいこと言わないで! でもホントに今からどうしよう!?」
「大丈夫! アタシは誰よりも足が速いから!
「ある!」
「ならそれで! 合図は任せる」
「わかった!」
アタシはルドルフを無視して隻腕に向かう。すれ違いざまに、豪腕が背を向けたまま腕を振るってきたのを大きく跳んで避ける。
背中に目でも付いてるんじゃないのと疑うほど、正確なタイミング。唸るような風を切る音と容赦のなさに、さっきの言葉が本気だとゾッとする。
でも、アタシはもう迷わないし、止まらない!
そのまま豪腕を抜き去って、起き上がり動き出している隻腕の群れに向かう。
「ピッカ、ルドルフは?!」
そんなアタシにズーズーの声が飛ぶ。
やることは通じてるはずだけど、一番どうしようもない障害がそのままなのは彼も分かっていた。
でも、アタシはもうどうするか決めた。信じるのよ、相棒を。
「頼んだわ!」
「ウソでしょ!?」
それだけ伝えてアタシは速度を上げて隻腕の群れに駆ける。なんだか声が裏返っていたけど、彼ならきっと大丈夫。
それからすぐ、金属音が聞こえてきていたけど、隻腕たちが吹き飛ばされた場所まで来ると風音に遮られて聞こえないし、夜闇に見えなくなった。
◇
アタシは隻腕に集中する。
隻腕はまだ一体一体少しずつ距離があり、全員に一斉に背を向けるには何体か引っ張って来なければいけないようだった。
「ドコ……ドコナノォ」
「まず一体ね」
アタシは隻腕の前に立ち、背を向ける。
「ミツ、ミツケタァァ、ハナサナァイーー!」
すぐに走り出すと、空振りした腕が地面を擦る音と、土が掘り返されたにおいが届く。雪が降ったせいで地面が柔らかいんだ。同じところは通ったら危ないかもしれない。
まぁ、失敗している余裕なんてないから、あんまりウロウロ走ったりできないだろうけど。チラッと追いかけて来る隻腕を確認して、アタシは二体三体と背を見せおびき寄せる。何度も振り回される腕に当たることはないけど、土のつぶてがビシビシと脚に当たって痛い。
けど、今のアタシは止められないわ!
順調に五体。
ドコ、ミツケター、と
ルドルフがこっちに来ないということは、ズーズーがなんとかしてくれているんだろう。ホント、さっすがズーズー!
「よーし。だるまさんがぁ、転んだ!」
距離をつけて振り返ると、隻腕達はアタシを見失ってオロオロと暗幕の閉まった顔で見渡す。
もし勝負だったら、止まってないからアタシの勝ち!
そんな軽い気持ちのまま、アタシの持ち場はクライマックスだ。ビシッと指差し告げる。
「アンタ達! みんな寂しがって待ってるんだから、朝になったらちゃんと暗幕なんて開けて、おはようって正面から抱きしめてあげなさいよね!」
また後ろを向くと、変わる様子もなく隻腕は群れで追って来る。今はそれで良い。きっと朝が来れば元通りだ。
「ズーズー!」
少し遠目に見える、二人分の明かり。
ズーズーのリュックに下げたランタンと、ルドルフのヘッドライト。
光は足場付近からあまり移動していない。今も動くことなくジッとしている。
「ルドルフが止まってる?」
近づいてシルエットがハッキリすると、ズーズーのアームが持つチェーンが、ルドルフの手甲に巻き付いて
スゴイ、ずっとこのまま持ちこたえてくれていたみたい。
あ、でも……。
「チェーン使ってるじゃない! この後どうするの?」
「大丈夫! このままこっちまで走って!」
ズーズーはこちらを見ないまま応える。なら、アタシは信じる。
止まらないことを感じ取ったのか、ズーズーは綱引きの状態から動き出した。
「サイドアーム
「うおっ」
チェーンを持っていたサイドのアームを切り離す。拮抗して状態が崩れて、ルドルフが後ろにバランスを崩した。
「いまだ!」
ズーズーが態勢を低くしながら器用にリュックの肩紐に付いたスイッチを押すと、肩紐がサスペンダーみたいに下から跳ね上がって外れる。
切り離したアームの一本を空中で掴み、ぎゅっと足に力を入れて、跳ぶように彼はルドルフとの距離を詰めた。速い!
「正面からとは、小僧は甘いな!」
「だから戦わないって言ってるでしょう! ちょっと向こうに行っててくださーーーい!!」
「なっお前、この馬鹿力がぁーーー!」
アームをフルスイング。
ズーズーは手甲でガードしたルドルフをアームに引っ掛けたまま、ハンマー投げみたいに自分を支点に勢いづけて、遠くへ投げ飛ばした。
断末魔みたいな声を上げて飛んでいく豪腕にポカンとなりそうになりながらも、アタシはズーズーに合流する。
「このままこっち!」
「わかった!」
息つく間もなくズーズーは行動する。
「サードアーム!」
肩紐が外れてすっかり棚になったことは秘密にしなきゃ。
彼は飛び出したアームを支えにして、棚、じゃないリュックをすべり台みたいに斜めにした。アームの方に回って開いている天井を支えるように握る。
まだその意図が分からないけど、彼は大きな声でアタシに呼びかける。
「ピッカ跳び越えてね!」
「何を!?」
「穴!」
「穴?! 分かんないけど分かった!」
「テイルドライバー!」
ズーズーがなんだかカッコイイことを叫んだ。リュックの下から
ウグッとズーズーが呻いたのが聞こえたから、すごい威力なんだろう。
「――ッ」
間一髪で飛び越える。穴というよりは溝。アタシの後に続いた
「また起きてくるわ!」
「ピッカ!」
飛んできたのはなわとび。思わずこの前のアサの木での活劇が浮かびクスッと笑う。彼に目を向けると、その手にお揃いでもう一本。
「いいチョイスね!」
「ありがと! でももう品切れ。街で貰ったマッチと着火剤くらいしかないかも」
「大丈夫よ! 外したアームで抑えてて。縛るわ」
「分かった」
アタシ達は一本のなわとびで二体の隻腕を拘束し、残りの一体をズーズーが更に深くした穴に閉じ込めた。無事に終わって、手を上げてズーズーに駆け寄る。
「やったわね」
「うん。でも、ハイタッチは痛そう」
「あー、そうかも。それに、まだこれからだわ」
「そうだなぁ……ワシともまだこれからだ」
「「!!」」
その声は少し疲れが出ている気がした。肩で息をしながら、ソイツは再び現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます