中編⑴ 急降下!
ヘッドライトの視界は良好ね。ランタンはズーズーに預けたから、両手も空いている。
ベルトのホルダーにまとめたロープを固定した。ロープは釣り針みたいなフックがついていて、
前回のアサの木の時、木を傷つけるから使えないとアタシが言ったからロープにしたのね。いつの間に。ロープとしては通常の物よりは短いけれど、アタシには十分だとズーズーは考えたんだろう。
ノートもまとめて、道具も作り替えて、ちゃんと寝たのかしら? 大声で起こしたことを少し申し訳なく感じてしまう。
「……寒い」
足場も
足場はツルツルとまではいかないけど、雪でぬれている。
ただ、見上げる先にももう
そう考えながら、四階まで来た。あともう一つハシゴを上れば屋上だ。
周りの視界も、通ってきた並木の高さを超えて木の頭が見えるようになっていた。街の反対側は、花を囲むように木が茂っている。
暗闇には巨大なつぼみからぼんやりと染み出してくる光と、腰に下げたランタンの明かりだけ。ズーズーが待っている地上は見えない。一面の木々のてっぺんは、暗いせいもあって、まるでいまのアタシの恰好みたいな、カサが大きいキノコ頭。
「でも……なんだか変ね?」
アタシはその暗闇に広がる光景に違和感を覚えたけど、明るくなれば分かると視線を切った。最後の五階の穴の下には、あるはずのハシゴがなかった。
「ホント、さっすがズーズーね!」
上機嫌に鼻唄を歌いながら、アタシは彼が渡したロープを手に取る。網状だから、穴さえ通せば足場にフック引っかかるし、なんてことないわね。足元に当たらないようにフックをぶんぶん回転させて勢いをつけて投げる。
ヨシ! と、難なく成功してロープを上り、アタシはアサの花に対峙した。
巨大な茎の上に、真っ白な巨大なつぼみ。ぼんやりともれている光も、ここだと明るい。いま収穫が遅れていることは、本当に大変なことだと、この花を見てアタシはやっと分かったのかも知れない。
「凍ってる……」
長い夜で氷が覆い、花は開けないでいた。
「おはようございまーす!」
呼びかけると、光が少しだけ揺れる。花びらを動かそうとしているのかもしれない。でも、花が開くどころか氷が割れることもない。
「どうしよう……」
一度戻ってズーズーに相談する? でも彼は
じゃあパパを待つ? ダメ。いつ来るか分からないのを、寒い上に
でも、他に依頼が出ている収穫者も、まだ姿は見えなかった。
「やめて! 何してるんだーーー!」
考え込んでいると、風の音に混ざって下から声がした。アタシが聞き間違えるわけない! ズーズーだ!
何があったかは分からないけど、アタシは下へ急ぐ。
ハシゴで戻ると時間がかかる。そもそも四階へはハシゴすらないわ。
「ズーズーが出した手袋だから大丈夫!」
アタシはわざと声に出して、自分を勇気づけた。なんで? 四角のポールの一本を伝って一気に降りるから!
「――っ!」
勢いをつけて足場から跳び、ポールに両手をつく。アタシが腕を回せる太さでは到底ないから、少しでも手袋の摩擦で減速してくれれば、伝って降りて行けば良い。
――でも残念。
アタシの願いは叶わず、濡れたポールはツルツル。
「ズーズーのバカァ!」
滑りにくいって言ったのに! と、思わず叫ぶけど、そんな場合じゃない!
慌ててホルダーに戻していたロープを取ろうとするけど、ごわついた上着でよく見えない上に、ポールを触った手袋がびちゃびちゃになっていて上手くいかない。一度の動作での時間のロスに鼓動が早くなって胸が痛い。
視界の端で足場が通り過ぎる。
あと何階分時間が残ってる?!
今度は「コノッ」と、両方の手袋の指を噛んで引っ張り抜き、素手でロープを取る。素早く上下を確認。下に足場は一枚。その先にズーズーが見える。
やることは単純だ。
フックを足場の網に引っ掛けるだけ。上るときはできた。でもこれは失敗できない。出来ても落ちる勢いに手が滑ったら? 上手く投げられなかったら? 落ちるよりも早く緊張がアタシを駆け巡る。
「ピッカ!?」
耳に届いたのは、驚いたような声だった。
誰がだなんて、聞き間違えるわけない!
彼が大丈夫かは分からないけど、アタシに気付ける状態にあるなら……!
カッと気分が高揚し、視界がクリアになる。
こんな時こそ恰好良くよ!
「大丈夫! すばしっこいアタシは羽のように軽いんだから! いくわよズーズー!!」
叫ぶのは名前だけ。何とは言わない。
それで充分!
最後の足場と目線が揃って、アタシは背負い投げるようにロープを投げた。
フックが弧を描いて足場に叩きつけられ、大きい金属音を立てる。なんとか跳ね返ることなく、フックは網に引っ掛かった。
ロープが伸びきったその瞬間、グンと落下の勢いとアタシの重さがギュッと握った手にかかる。焼けるような痛みが走るけど、離さないように必死に握りしめた。
すぐに振り子みたいに振られた身体が浮き上がる感覚に変わり、上に振られた時に手を放し、膝を抱えて後ろ回りにクルクルと回転しながら合図を待つ。
「ピッカ、バンザイして!」
「なにそれ!?」
いまだ! とかじゃないの?
内心アワアワしながら、彼の声に反応する。
腕だけじゃなく足までピンとまっすぐ。
すぐにガシッと彼の腕、じゃなくリュックのアームがアタシを掴んで受け止めた。
知ってた。絶対アームだと思ってた。
でも、流石ズーズー。助かったわ!
「良かった。ピッカ大丈夫?!」
「えっと、どうしてバンザイ? ううん、違うわね。ズーズーこそ大丈夫?」
「やっぱり聞こえたから急いでくれたんだね。落ちてくるなんて無茶だよ。丸まってたら掴む時に危なかったから、バンザイだよ」
「落ちてない、降りたの! じゃなくて。その話は後で! どうしたの?」
アームから降りて並んだアタシに、ズーズーが申し訳なさそうにするけど、今は状況確認が先ね。
「あそこ!」
指さす先には、
「大変じゃない! 助けなきゃ」
「それが違うんだよ」
驚くアタシにズーズーは否定を返す。理由はすぐに分かった。
「ドラァッ」
野太いかけ声が隻腕の山から聞こえた。群がっていた隻腕がまるで風の日の洗濯物みたいに飛び、
大柄の男。
その男は両手にカブトガニのような
吹き飛ぶ
目的は同じだけど競合相手でもあるもう一人の収穫者。豪腕のルドルフは、こちらにはまだ気づいていないのか、ぼやく。
「こんなに居ると面倒くせぇなぁ……、破いて行くか?」
「コラー! なに言ってんのよ!」
アタシはズーズーのリュックに飛び乗り、ルドルフを指差して思わず怒鳴っていた。
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