降りそそぐかき氷・朝焼けのパンケーキ
前編 到着!
アタシの長所はすばしっこさ!
少なくとも
夜道を照らすランタンが震える。
今アタシの格好は、分厚い手袋にマフラー、内側がモコモコしたジャケットだ。
本当はズボンも着込みたかったけど、それだと動きにくくなるから履かないと、アタシはズーズーの背負う引き出し……じゃなくてリュックから出してくれた防寒用のズボンは断った。
だからなんて言うか……今のアタシの
でも、寒い。
いま進んでいる並木道の先に、アサの花はある。
花に向かう道のりを照らす灯りが細かく揺れて、アタシの影も揺れている。
足元を風が抜けて、履かなかったことをちょっと後悔するけれど、動いたら温まると思いたい。
それに、今回の花はハシゴなのよね。
アサの木に咲く花には、大樹のような丈夫なものも存在する。
でもほとんどのアサの花は、木に比べるとやっぱり細くて、過去の収穫者が造った花までのルートはハシゴが掛けられた足場式の、直接花に触れていないものが多い。
アタシは夜闇の先に目を向ける。
並木道よりも高い一本の花。夜の闇で暗く、雪が降る視界にも関わらずぼんやりとだけど光って見える、夜明けを望む花。
そんな花の茎の周りに、五階建ての、ドーナツを半分に切ったような形の
足場の一部に大人が通れるくらいの四角い穴があって、そこにハシゴが掛かっている。向かって右が二階までのハシゴなら、三階までは上るハシゴは左の端っこにある。
それがこのアサの花には五階分というわけだ。
「なんで手っ取り早く登らせてくれないのかしら? ハシゴが行ったり来たりしてるから、
「重さが偏らないようにじゃないかな。風の影響が少ないように網状だしね。茎に刺して固定することはできないじゃない」
「それはわかってる。でもそんなの関係ないくらいもっと丈夫で大きくして、階段状にしても良いと思わない?」
「うーん、必要なかったのかも。ここまで色んな街で収穫の遅れが重なっていることってあったの?」
「……ないわね」
「なら、今回のことが終わってから、考えてもらおうよ」
「それもそうね!」
「ふふ」
近づくと足場の大きさもそうだけど、花の高さも想像以上だった。
太い茎は、支えにすれば階段状の足場だって作れたように見える。
けど、ズーズーが言った通り、必要以上に傷つけないようにルートを作っているのが、もっと昔の収穫者のやり方だ。アタシも大賛成!
アタシからすれば、アサは本当に高い所で実をつけ花を咲かせるから、そこにたどり着くための道を作ることができたのが、信じられないくらい凄いのだけれど。
「あっ! ズーズー、ストップ」
花の根元が見える場所に着いたところで、アタシはズーズーに声をかけた。
草の陰にしゃがんで息をひそめたいところだけど、リュックが大きいから近くの木の陰まで戻って隠れる。
耳を澄ますと、呻き声。雪の先に影が動いている。
アタシは口元に指を立て、ズーズーに目配せしてから、一人でそろそろと草陰に隠れて近づいた。
「ドコ……ドコニイルノォ……?」
後ろ髪が風に揺れているから、多分女の人だったのね。伸びた影のように大きいけど、足は長くないから
「……片腕だけしかない、それも太くて長い。何て名前だったかしら?」
アタシはズーズーの隠れる木までまた戻った。
「ズーズー、やっぱり
「ちょっと待ってね、……はい」
アタシの言葉に、ズーズーはリュックに付けたアームが木に当たらないように器用に操作し、荷物から一冊の本を取り出した。
アタシが小さい時から、パパの収穫に付いてまわった間にまとめたノートだ。収穫のやり方や、暗幕の特徴なんかを書き記してある。確かこのノートに書いた中に、片腕だけの暗幕のこともあったハズ。
ページが開けないから手袋を外すと、風が刺すように冷たい! ズーズーがすぐに二人をすっぽりと包むくらい大きい、テントみたいな傘を広げて風を遮ってくれる。どうやってリュックに入れたのか、いつも不思議。
「ありがとズーズー。片腕、女の人、ドコって言ってた……。あった!
「バックハグ?」
「そう、背を向けると追いかけて抱きしめてくるの」
「えぇ……」
「でもアタシ達は二人いるから、足長の時より花まで向かいやすいかも知れないわ。決まった条件でしか追って来ないから、ズーズーの大きな足音でも関係ない。行きましょ!」
「ピッカ待って、はいこれ。さっきのよりは薄いけど、これなら道具も使えるし、滑らないよ。で、どうするの?」
ズーズーがさっきまでとは違う、薄手の手袋をアタシに渡してくれた。手のひらがガサガサのゴムみたいな手袋。薄いけど風は通さないから、指先がかじかんだりはしない。
アタシは何回か握り心地を確かめて、彼にニッと笑いかけた。行きましょうと、早足で花の根元まで向かいながら説明する。
「
「え? それでいいの?」
「
「お父さんが? 信じられない……」
「わざわざ戦うよりはってことなんだろうけどね。まっ! アタシ達が二人で来たことが勝利のカギだったわけね」
意気揚々と語るアタシに、戦わないじゃんとズーズーがいつもみたいに言うけど、アタシは背中合わせが楽しみで仕方がなかった。
「じゃあここから背中合わせで行くわよ!」
「わかった」
ドコ……ドコニイルノ? と、隻腕は五体、不規則にうろうろしている。太く長い腕は地面に下ろさずに、心細げに自分をぎゅっと抱いているみたい。
アタシの指示に、緊張した声でズーズーが頷くけど、大丈夫よと笑いかけた。彼もそんなアタシに笑みを返す。ハシゴまでまだ距離があるけれど、ここから背中合わせ。
ズーズーの背中の感触が……そうだった。あるわけなかった。
ゆっくりと進むアタシの背に、固くて冷たい感触が伝わってくる。
なんだか、そうね。荷物を運んでるみたい。引越屋さん?
「ねぇ、ズーズー」
「なに?!」
ぼやくアタシにズーズーが緊張した声を返してくる。
予想通り、隻腕は何もしてこない。念のため距離を一定に保つために二人でカニ歩き。
「あなたの背負った引き出し、背中なんか見えないんだから上に乗ってみて良い?」
「引き出しじゃなくてリュック! じゃなくて、いいわけないでしょ!? ピッカ何言ってるの?!」
「ふふ、冗談よ」
アタシはその反応で残念な気分をごまかした。イジワルかなとも思うけど、引き出しを背負ってるズーズーが悪い! ……ウソ。いつも道具に助けられてる。
「でも、ちょっとやっぱり気になるわ」
「ほんとにやめて」
隻腕の呻き声が聞こえるけど、アタシは不思議と緊張も怖さもなかった。ふざけ合っているからかしら? 違うわね、この
「ちゃんと戻せるかな?」
何かを感じ取ったのか、ズーズーもアタシに問いかけた。
「そのためにアサの花を咲かせるの。ポケットにもちゃんと教えてあげなきゃ」
五体も居るのは、街で過去に集団事故か何かあったのかも知れない。それはアタシには分からない。
けど隻腕は、母親だけでは足りないと悩んで、抱きしめたいけど抱きしめられずに子どもの背中ばかり見ていた姿だ。
「ポケットはママが自分を置いていったって思ってる。ちゃんと教えてあげなきゃ。ママもちゃんと抱きしめたいって、大好きだって思ってるって」
「……そうだね」
アタシ達は問題なくハシゴの下までたどり着いた。アタシが先に上ってズーズーを待っていたけど、彼のリュックは足場の穴につっかえて入らなかった。
「……本当のリュックにしたら?」
「……ゴメン」
リュックのアームで無理やり外側から登れるかもしれないけど、
「はい。フック付きのロープとヘッドライト。上着がゴワゴワしてるから、ロープ取る時に手間取らないようにね」
「わかってる。ズーズーもちゃんと背中隠してね」
「もう隠れてるよ」
「もう、ホントに気をつけてね」
締まらないと思ってたけど、道具を的確に出すズーズーに流石と思いながら、お互いの無事を約束してアタシは更に上を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます