罪
あーす
罪
サトル君は、はっきり言って変わっていた。休み時間に他の子と話したり遊んだりせずに、一人でブツブツ何か言いながら絵を描いているような子だった。そういった様子が気味悪がられて、他の子からは少し距離を置かれていた。
ある日の給食が終わった後のことだ。クラスの悪ガキのハヤト君が、サトル君の体操服袋をわざわざ触った後に
「タッチー!」
とケイスケ君の肩に触れた。
すると、ケイスケ君は肩を拭うような動作をし、その手で別の子に触れ、その子はまた別の子に同様の手順を繰り返す。
所謂、"サトル菌"ってやつだ。
そして何人目かで、レンくんがおとなしい女子のユマちゃんに触れた。
ユマちゃんは驚いたような顔をした後、俯いて小刻みに震え出した。
「あー!レンがユマちゃん泣かした!」
ハヤト君が囃し立てる。
「いやぁ、そんなつもりじゃ...」
レンくんはバツが悪そうにしている。
周りにいた女子が大丈夫?とユマちゃんに声をかける。
段々周りも騒がしくなっていく。
と、騒ぎを聞きつけた担任の森永先生がやってきた。森永先生は新任の若い先生だ。
「何やってるの!?」
先生が声を張り上げる。
「レンがサトル菌をユマちゃんにつけて泣かせた〜」
「どういうことなの、山内くん、坂上くん、こっちきなさい。立花さんが落ち着くまでみんなで様子見てあげてね。」
「え〜なんで俺もなんだよ〜。」
レンくんとハヤト君は連行されて行った。
僕はふとサトル君の方に目をやった。初めて見る顔だった。怒りにも悲しみとも取れない複雑な表情で、泣いているユマちゃんのことをじっと見つめていた。
帰りの時間、森永先生は昼休みの出来事についての話を持ち出した。いつも先生が怒る時より深刻な雰囲気だった。
「サトル菌ゲームをやめるように。このゲームに参加してた人たち、サトル君の気持ちを考えてみなさい。自分がされたらどう思うか、人にされて嫌なことはしてはいけません。」
「そして松谷くん、もし辛いことがあったなら早く先生に相談してください。こう言うことは我慢してはいけません。」
「みんなもっとサトル君と仲良くして"あげましょう"」
流石のハヤト君も黙って聞いていた。
帰り道、サトル君が前を歩いているのを見つけ、声をかけてみた。
「サトル君、友達になろうよ」
なんとなく、可哀想だからそう言ってみた。
「むり」
呆気にとられた。
あなたは今まで友達になろうという提案を断られたことがあるだろうか。
一種の枕詞のように当たり前なこのフレーズはこの子には通用しないのか。
数秒の沈黙。
驚いて立ち尽くしていると、サトル君は続ける。
「君はギゼンシャだよ。先生がああ言ったからぼくと友達になろうと思ったんでしょ?」
図星だ。何も言い返せない。
サトル君は行ってしまった。
頭の中で反芻しているうちに、だんだん腹が立ってきた。なんで僕があんな子に話しかけて"あげた"のにあんな態度をとるんだ。だから嫌われるんだ。馬鹿野郎。そう思いながら帰った。
次の日からサトル菌ゲームはなくなっていた。
みんな昨日のことがなかったように普通の生活に戻っていた。僕は納得いかなかった。あんな奴もっといじめられればいいのに。僕の中の黒い部分がだんだんと大きくなっていく。
そして、僕は人生で初めて罪を犯した。
僕は誰もいない時を見計らい、サトル君のランドセルから大事な提出物を引っ張り出して、丸めて自分のポケットに突っ込んだ。
提出物を集める時間、もちろんサトル君は提出できるはずがない。サトル君は必死でランドセルの中を漁っている。僕は自分のポケットの中の丸まった紙をズボンの上から握りしめた。
サトル君が困っている様子を見て、バレてしまわないかという緊張と同時に得体の知れない快感を覚えた。
それから1週間程した帰り道。
「まって」
ドキッとした。サトル君の声だ。もしかしてこの前のことがバレた?
「どうしたの?」
緊張を隠そうとしたがうわずった声が出てしまう。
「実は、この前友達になろうって言ってくれたの嬉しかったんだ。でも素直になれなくて、ごめん。」
よかった。バレてなかった。。。え?
「今なんて?」
「だから、この前はごめんね。あと、友達になろうって言ってくれてありがとう。。それとさ、先生しか知らなかったんだけど、僕実は明日急遽お父さんの転勤で転校することになったんだ。だから君にだけは伝えときたくて。」
「あ、うん...」
僕があの提出物を隠したなんて、言えるはずなかった。僕はサトル君のことをどこか下に見ていたのに、今の僕はもっと最低だ。
サトル君は予告通り、次の日転校した。
償えない罪への後悔。
僕は罪人だ──。
罪 あーす @geni_earth
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