清楚姫とヤキモチ

 しばらくして俺がトイレから戻ると、眞尋はまた資料を真剣に見ている。

 結構待たせちゃったしな。申し訳ない。

 

 にしても勉強熱心だな、なんて感心していると、俺はふとあることに気づいた。


 あれは俺の渡したマニュアルじゃない。


 前述した通り、マニュアルはタイミングによって3形態にわかれる。

 概要書、運営マニュアル、報告書の3つだ。


 どんどんページを付け足していくので、当然だが概要書よりマニュアルの方が、マニュアルより報告書の方がページ数が多くその分厚みが増す。

 

 そうなると、あの厚さはマニュアルじゃなくて報告書レベル。

 だとすると、俺が渡したのはマニュアルだけなので別のものを見ていると言うことになる。


「お待たせ。何を見てるんだ?」


「……おかえりなさい。今は一花さんからいただいた報告書を見ています」


 俺の問いに、やや不機嫌そうに答える眞尋。なぜ怒ってるんだ?待たせすぎたかな?


「待たせちゃったよな。ごめん」


「いえ、大丈夫です」


 その割には全然大丈夫じゃなさそうな顔しているが……


「ところでなのですが篠村くん。なぜこの報告書には、お二人の楽しそうなお写真があるのですか?」


「は!?何それ俺知らない」


「え?」


 なんだそれ初耳だぞ。

 疑問に思いながら、俺は眞尋の持っている報告書を覗き込むと、そこには俺と矢野が福岡の観光地を巡っている写真がずらり。


 この報告書は、入社して1年経ったかどうかくらいの時に俺と矢野だけで制作をした福岡のイベントのものだった。

 

 懇意にしていただいている会社の展示会ということで、先輩無しで独り立ちすらキッカケとして任された。

 その際に社長が「どうせなら有給取って観光でもしてきたら?」と言ってくれたので、お言葉に甘えて観光した時の写真だろう。

 

 確かに報告書には、設営時やイベント開催中の写真を記録として載せることになっている。


 だが、観光は完全に業務外。しかも報告書は先方に渡すので、普通は載せないし作った時も載せてなかったはずなのだが……


「それはね、会社の保存用のやつだから観光の写真も載せたら?って社長が言ってたからうちがやったんだよ〜」


 謎の答えは、いつの間にか後ろに立っていた矢野の口から明かされた。


「うわっ!?びっくりしたな、矢野か。何サボってるんだ?」


「サボってないわ!まひろんの様子を見にきたんだよ」


 ノリノリでツッコむ矢野に対して、眞尋はさらに不満そうな顔をしている。フグかな?ってくらい頬を膨らませている眞尋。


「一花さんありがとうございました。お返しします」


「あれ?もういいの?参考になった?」


 そう言って報告書を受け取った矢野は「また何かあったら声かけてね〜」と自分の席へと戻っていった。


「何がしたかったんだあいつ……」

 

 嵐のようなやつだな。そもそもマニュアルを作ろうと言っている段階なのに、報告書が何の参考ににるんだ。


「篠村くん」


 そんなことをぼんやり考えていた俺は、どこか冷たさを感じる眞尋の声でハッとする。


「あ、あぁ。すまん。気を取り直して仕事を始めるか」


 そう言って作業を開始しようしたが、どうやらそうにもいかないようだ。

「一花さんとの観光は楽しかったですか?」


 なんだその質問。関係あるか……?


「あ、あぁ。福岡は初めてだったし楽しかったぞ……?」


 実際、矢野がいちいちうるくさくはあったが、楽しかった。

 そう正直に伝えると、フグのような眞尋の頬が、さらに膨れていく。


「……ずるいです」


 そう呟く眞尋。


「私も観光したかったです」


 ……もしかしてヤキモチか?俺と矢野が観光していたのが羨ましかったのか?


「ず、ずるいって言われても、仕事の延長だったしな。眞尋も多分、初出張の時は観光できると思うぞ」


 そう言うと眞尋は、拗ねたように呟く。


「…そう言うことじゃありません。篠村くんと行きたいんです」


 え?


 え?


 そういうこと?


 観光が羨ましかったんじゃなくて、俺と行きたかったってこと?ヤキモチって言っても観光に対してじゃなくて俺に対して?


 い、いや。早まるな。


 勘違いをして痛いやつにはなりたくないからな。


 きっと言葉のあやでそう聞こえただけで、真意は違うのだろう。そういうことにしておこう。

 そうでもないと俺の心臓が持たない。


 スゥっと深呼吸をした俺は、動揺から声が震えないように腹に力を入れて言葉を紡ぐ。


「まあ、そうだな。眞尋が初めての出張の時は多分俺も一緒だろうから、その時は帰りに観光して行くか」


 我ながら上手く隠せたのではないだろうか。

 すかさずフォローを入れた俺の神対応により眞尋の顔に笑顔が……というわけでもなかった。


「……仕事のついで、だけですか?」


 上目遣いになりながらの眞尋の言葉。

 もうやめてくれ。俺のライフはゼロだ。

 いや、もはやマイナスだ。


「……仕事が落ち着いたらな」


 なんとか捻り出した俺の言葉を聞いた眞尋に、ようやく笑顔が戻った。


「本当ですか!約束ですよ、言質取りましたからね!」


 そう言うと眞尋は、鼻歌を歌い出しそうな勢いでるんるんとしている。

 

 ……この笑顔が見れたから、今日は良しとするか。

 

 散々振り回された俺だったが、眞尋の満面の笑みに満足して仕事を再開させることにした。



 ◇

 

 うちは矢野一花!今年で25歳のピチピチOL!

 最近の趣味は同期と後輩ちゃんをイジること!


 だって2人とも反応が可愛いんだもん。特にまひろん!


 あれ、バレてないと思ってるのかな?

 好き好きオーラダダ漏れだよ!あんなの気づかない人いないでしょ!


 ……いや、いたわ。クソ鈍感野郎が。


 好意を向けられてる張本人。気づいてるのかと思ったけど、そんなことなさそう。

 

 は?なんで?


 は?


 あんなに可愛い子が自分だけにやたらグイグイ来てるんだから気づけよ!焦ったいなぁもう。


 耐えきれないうちはつい、突っついてみたくなってしまった。だから導火線剥き出しの爆弾をぽいっ!


 そしたらものの見事に爆破。まひろんが。


 いやぁ、あのヤキモチはどんな男もイチコロでしょう。流石にあれで気づかない男はヤバいよ。

 ヤバいよ。


 とにかく、うちはこれからも2人を適度にイジりながら、近くで漏れた糖分を摂取していきます。

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